第18話 港町

潮の香り。溢れんばかりの物資。目まぐるしいほどの人混み。


久々に目にする、慣れない港町の喧騒に、リーシェは少々目を回しそうだった。


「相変わらず、活気があるな」

「そうですね、すごいです……」

「人酔いをしたか?まぁ、無理もない。普段は静寂と言っても差し支えないところに住んでるからな。そのうち治るだろうが、一度休むか?」

「いえ、お気になさらず。とりあえず、目ぼしいものを見てみましょう」


港町の活気は国にとって良いことである。貿易が盛んで物資の供給が豊かということは、それほど国が栄え、政局が整っていることを意味する。


(他国がこれだけ出入りしているということは、管理も相当大変なはず。しかし、それをやってのけてしまうのは、国王が相当な手練れなのだろう)


クエリーシェルの話しぶり的に国王とも仲が良いようだが、確かに彼が重用されているというところを見ると、貴族の社交場を大事にするより、政局や武の部分を重んじているのかもしれない。


もちろん、そのような部分を、私のような使用人に見せることはないが。


「問題ないか?」

「!ヴァンデッダ様!はい、本日は特に異常ありません」

「そうか、それはよい。だが、気を抜くでないぞ。いつ、何が起きるともわからんからな」

「は!」


領主が見回りの兵に声をかけると、喧騒に負けないくらい大きな声で返される。まだ若い新兵だろうか、声音を聞く限り緊張しているようだった。クエリーシェルもそれがわかっているからか、「何、もし何かあったとしても私がいるのだ。あまり気負いすぎなくても良い」とフォローも入れている。


「リーシェ」

「はい」

「この人混みだ、はぐれたら大変だ。なるべく離れないように」

「承知しました」


確かに、もし彼とはぐれたら大変だろうが、周りを見ても、頭1つ分抜きん出ている彼を見つけるのはそれほど難しくはなさそうだ。


とはいえ、反対に、まだ成長途中で小柄な自身の身体ではそうもいかないので、人混みに飲まれたら最悪迷子だ。


この年で迷子になるのは勘弁したいし、下手すると帰れなくなってしまう。


(集中すると、周りが見えなくなるところがあるから気をつけないと)


知識欲がすごく、興味をそそられると集中というか没頭してしまう自覚は、一応はある。


そのおかげで無駄な知識が豊富なのだが、ないよりあるほうが生きる上では楽なのだ、と自分で自分に言い訳する。


「とりあえず、一通り見て回るぞ」

「はい」


露店では様々なものを扱っている。


機織物や陶器、食材から装飾品まで、種々様々なものが各々の店前で並べられている。


やはり、港町というだけあって舶来品が多く、目に映ったどの品も興味深かった。


「まじまじ見たことはなかったが、こうやってよく見ると面白いな」

「そうですね。食材でも、こちらの国の品に比べて大きさや形が異なるのは面白いです」

「これは、どのようにして食すのだろうか」

「とりあえず買ってみましょうか。すみません、これは何という食材ですか?あと保存方法は……」


品物が多くて、ついつい目移りしてしまう。


今日は馬車で来ているからたくさんの物が買えると、つい余計なものまで買い込みそうになる。自分は物欲が少ないと思っていたが、案外それなりにはあるのかもしれない。


(あ、これ素敵)


パッと目に付いたのは、真珠やレースがついたバレッタだった。


装飾品など久しく身につけてなかったからか、今までさほど装飾品など気にしてなかったのに、小さいながらも人目を引くそれは、ちょっとだけ気になってしまう。


(この青みがかった髪にも映えそう)


自らつけているところを、何となしに妄想してしまう。


とはいえ、パーティーとかに出るわけでもなし、使用人である自分には意味のないものだ。持っていたところで宝の持ち腐れではある。


正直、値段もまぁまぁする。真珠で形も整っているものだから無理もないだろうから、内心でさすがに手が出せないと泣く泣く諦めた。


(……あれ?)


気づいたら領主がいない。


あぁ、しまった。つい、悪い癖で集中してしまった。キョロキョロと見回すが、焦れば焦るほど視野が狭くなる。


「リーシェ!」


グイっと腕を引かれる。視界外からにゅっと湧き出た大男に、思わず身体が強張るが、探していたその人本人だと気づいて、力を抜いた。


「迷子になるなと言っただろう」

「申し訳ありません」

「何か、気になるものがあったか?」


言われてチラッとそちらを見てしまったが、思い直して「いえ、ちょっとぼんやりしていて」と誤魔化した。


「迷子にならんよう、手を貸せ」

「はい?」

「それとも腕が良いか?」

「え、いえ、えっ、と……」


困惑してるリーシェをよそに、クエリーシェルは彼女の手を掴むとそのまま繋いだ。


「離れないようにな」

「は、はい」


(手を繋いだのなんていつぶりだろう)


久々に繋いだ手は大きくゴワゴワしていたが、嫌な感じはせずに、なぜだか少し、安心してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る