第67話 誇り

「あああああああああ!!」

「!」


 声を出す。音を出す。

 全て引き付ける気持ちで。

 文月と美裟は全力で墓地を駆け抜ける。


「(そもそも何故バレた!? ⇒スマホのGPS+飛行を見られたからだ!)」

「(赤橋が日本へ戻ってくるまでが勝負!)」


 文月はまず自らのスマホを踏み潰して投げ捨てた。こんな初歩的なミスをするなど情けない。

 だが後悔していても始まらない。ここから最速で駆け抜ける。美裟の実家まで走れば15分ほどだ。


「うぐっ!」

「文月っ!」

「大丈夫だ! 走れっ!」


 撃たれても。

 治る。

 即死しようが、蘇生が間に合うならば生き返る。それは文月も、共に居る美裟もだ。

 つまりこのふたりを、『狙撃で殺す』ことはできない。


「はっ!」

「うおっ!?」

「手えぐれた! 治して!」

「貸せっ!」


 ふたりは全力だが、やはり文月の方が足は遅い。彼に合わせる分、美裟には少し余裕ができる。


「(……狙撃手はふたりね。こいつらは無視で良い。必ず、直接確保する為の部隊が出てくる筈)」


 死ななかろうが、捕獲の危険性はある。そもそも文月自体が稀少種で研究対象だ。奴等の目的が『半魔』だろうが、次点で文月を求めていることは確定的に明らかである。


「止まれっ!!」

「!」


 急に、強い光を向けられる。瞳孔の調整が間に合わない文月は眩しくて止まりそうになる。

 敵の捕獲部隊だろう。


「文月走れ! あたしがフォローするっ!」

「……!!」


 だが美裟は『これ』程度は予想していた。スマホの光で目を『慣らし』、これに対処した。


「真っ直ぐ!」

「ああ!」


 目が見えない状態での全力疾走。夜道で、敵に囲まれている状況で。


「(文月は『あたしを信じてる』! 充分よ!)」


 美裟は改めて、『自己暗示』を掛ける。


「足を狙え!」


 敵は5~6人ほど。つまりまだ『赤橋の私兵』だ。国際問題には発展していない。

 銃口が向けられる。


「——当たらないわよ。当たっても治るし」


 文月を『守りながら』。

 美裟は敵に突っ込んでいく。


——


 銃声が轟く。兵士の怒号が木霊する。


「ど、どうなった!? 美裟!?」

「大丈夫よ。さあ急ぐわよ」

「敵は!?」


 徐々に目眩が治まる。文月は急に静かになったことに不安を覚えた。


「……全員のしたわ。さあ早く」

「お前の怪我は!」

「適当に触ってりゃ良いわよ。勝手に治るんだから」

「…………!」


 言わなかった。

 どこに被弾したかは。


「……分かった。行こう」


 文月は頷いた。


——


——


「お父さん! お母さん!」


 後詰めの伏兵は出てこなかった。やはり日本に残していた兵力は佐々原家監視用の少数で、赤橋の軍隊は殆ど『月影島』制圧の為に大西洋まで遠征しているのだろう。

 そうでもしなければ魔女の棲む島など襲えず、勝てなかったのだ。


「ちょっ……なんだい夜中に……って、美裟!?」


 つまり、この勝負は『ケイのブラックアーク』というカードを持っていた愛月が一手有利だったのだ。


「すぐ出るから用意して!」

「はぁ!? いきなりなんだい!」

「急いで!!」

「!?」


 大声で。

 必死に怒鳴る。

 『聞け』と。


「……おばさん」

「文月……!?」

「世界各地の異常気象……天変地異。やがて地球全土を飲み込みます。ここも安全じゃない。だから、避難を」

「ちょっと待ちなよ!」

「!」


 萩原婦人は突然、数ヶ月振りに帰ってきた娘とその恋人の話にパニックになりつつ。

 このふたりは冗談でこんなことをしない。それだけはっきりしている。

 まずは落ち着かねば話はできない。


「落ち着きな。急ぎだろうが、準備する時間はあるんだろ? その間に説明しな」


 理解があった。


——


「そりゃ無理だ。文月」

「なっ!」


 簡単に状況を説明する。天変地異と、『九歌島』、そして『敵』について。


「『置いていけないモノ』が多すぎる。神社はどうすんだい。自治会は、国は? そもそもそんな情報、どこから仕入れたんだい。あんたら、一体どこで何をしてるんだい」

「…………!」


 危ないから、避難する。

 言葉では当然だが。

 簡単にそれを信じられ、かつ行動に移せる人間が居るだろうか。


「神社より命よ。お母さん」

「!」


 美裟が説得を試みる。

 確かに、いきなりそんな話を聞けば子供の妄想、遊びであると思われて仕方がない。

 それも当然である。


「自治会より自分よ。国家より、家族よ。あたしはお父さんとお母さんを、『人質』になんてしたくない。迷惑掛けて、勝手で本当に悪いと思ってるけど。でもあたしは」

「分かった」

「え」


 理解がある。

 文月の『奇跡』は元より、自分達『萩原の巫女』が背負ってきた『呪い』を知っている。

 世界が終わると、この子達が言うのなら。

 あるいは本当なのだろう。


 婦人は美裟を、強く抱き締めた。


「お母……」

「あたしはお父さんと、『皆』の避難を呼び掛けるよ」

「え」

「あんた達はあたし達のことなんか気にせず、『やること』やりな」

「おばさん! 駄目だ逃げないと!」

「ああ。あんた達の『敵』がやってきてあたし達を人質にするんだろう? それはどうでも良い」

「なにを……!」

「元『巫女』嘗めんじゃないよ」


 続いて、文月を抱き寄せた。


「世界がこんな状況でも、顔見せに来てくれてありがとうね。素晴らしい、孝行息子と孝行娘だ」

「え……」


 そして離し、椅子に座った。


「さあ行きな。集合場所があるんだろう」

「お母さん! 逃げるのよ! お父さんも起こして——」

「行きな」

「!!」


 座ったまま。

 動く気配は無い。


 どこか笑っているようだった。嬉しそうに。

 懐かしそうに。


「どうして娘に『守られなきゃ』ならないんだい。逆だよ馬鹿娘」

「……! この……っ」

「美裟」


 文月は理解した。


「文月っ!」

「行こう」

「はあ!? なん——」

「お義父さんにも、よろしく伝えてください」

「!」


 この人は——夫婦は。

 『来ない』。


「——お義母さん」

「へっ。呼ばれたかった筈だが、いざ呼ばれるとこそばゆいね。さっさと行きな」


 梃子でも動かないと。

 話を理解して。ふたりの気持ちを理解して。それら全てを理解して、その上で。

 街を。国を。人々を助けると。


「えっ。なんでよ。文月? ちょっ。お母さ」

「行こう」


 文月に引っ張られる手を。

 美裟は振りほどけなかった。


——


——


「…………ぐす」


 理解した。

 理解、していた。

 だが納得したくなかったのだ。


「………………」


 美裟は、一度だけ鼻を啜り。


「……初志貫徹ね」

「…………ああ」


 呟いて言霊にして。無理矢理納得させた。


「向こうはどうかしら。佐々原家は」

「大きな音も無いよな。一応住所見たら近くだったけど」

「向かう?」

「いや、先に集合場所だ。俺達が部隊を引き付けられてたなら、もう連れ出せてる筈」


 切り替える。

 そもそも、日本へ来た理由は『佐々原家の保護』だ。

 集合場所——あの、4人で雪合戦をした公園へ。


「……楽しかったわね、あれ」

「そうだな……」


 美裟と出会ってから。

 文月の人生は『楽しい』ものになった。


 そしてアルテ、セレネが来てからは。

 『幸せな』ものになった。


「——もう、引き返せない」

「その通りね。『諸共』世界の敵よ」


 覚悟はあるか。何度も訊かれた。

 嫌なら止めても良い。何度も言われた。


 今更、『思っていたのと違うから止めます』など。

 彼らの誇りが許さない。


「結局神の奴隷なら。犠牲を払ってでも食らい付くか」

「それ、愛月さんが言いそうな台詞ね」


 この3ヶ月の被災者は。死傷者は。避難者は。スマホを見れば、1時間毎に増えていく。


 美裟はようやくそれを足元に捨て、踏み潰した。

 学校の友人や家族の、写真も履歴も全て。


——


 そうして、公園に辿り着き。


「……やあ、遅かったな」

「!!」


 男の声が聞こえたのだ。

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