16 赤玉の王



 すべすべとした頬はほんのりと赤く、唇もまた紅を引いたように赤かった。血の色をしたその唇のせいか、ひどく整った顔立ちは化粧をした女のものに見える。

 影の下にあった男の顔は腰が大きく曲がった姿からは思いも及ばないほど、年若く、美しかった。闇の奥底に潜んでいたその肌は日に焼けたような色をして、ろうそくの明かりに照り映えている。


 笑みをたたえた顔だけならば、だれもが見惚れる若者であっただろう。ただ、その顔立ちがきれいであればあるほどに、口元に浮かんだ笑みの血の気の通わぬ冷淡さが確かになって、見る者の心も寒々しくさせた。

 赤玉せきぎょくの王は冷たい微笑みを浮かべたまま、旅人に問うた。


「さあ、我に聞かせよ。ここでなにをしている。なんの望みがあって、ここへ来た?」


 ルクセルは表情の読めない陶磁器の人形のような顔を、ただじっと異形の王へ向け、その目の闇を見つめて言った。


「あの者たちは、人だったのだな」


 聞かれたことには答えずにただそうたずねたルクセルは、側の書棚から薄平べったい本を一冊取り出して、それを開いた。


 灰汁を吸ったような、くすんだ色をした本は、古い画帳であった。開かれた紙面には茶色の絵の具で一筆書きにも思える簡素な絵が描かれている。トカゲやヤマアラシ、サルにも見える数種の絵の回りには、びっしりと文字が書き込まれていた。

 なにかの記号にしか思えないような墨の字は、王女には一文字たりとも読めないものだ。しかしながら、そこで説明されていることは、その絵とルクセルの言葉で王女にも読み解けた。


 影絵のごとき動物たちを取り囲む字の渦は、くすんだ紙の中央で寄り集まって人の形を成している。文字で形作られた人の絵は、頭に角、いびつな手足、尻から下がった尾と、どこかで見たような様相をしていた。

 人とも獣ともつかない異形の者たちは、この画帳の夢想から生まれたのだ。何者かが描いたその絵から、この魔術師の手によって。


「その通りだ。あの者たちは、人であった」


 異形の王の言葉はその笑み以上に、炎の螺旋に閉じ込められた王女へ寒気をおぼえさせた。


「ある者は宝石を求めて迷い込み、ある者は追っ手から逃れてたどり着く。いずれも、やましき行いで陽の下を追われた行き場のない者だ。そのせいであるのか、みな一様に輝くものを求めていた」


 地の底の王は見えざる太陽を仰ぐように、顔を上げて言葉を続ける。


「最初は黄金、次は宝玉。それらのまばゆい輝きとその価値を前にすれば、心奪われぬ者などいまい。それではまだ足りぬとなれば特別に、我が手より命を宿した紅い輝きを与えて、その身の空虚を満たしてやった」


 冷たい笑みが一層に冷たく、その顔に影を作る。


「しごく簡単なことだ。我はあの者たちの求めに応じた、ただそれだけのこと。我は、あの者たちの望みを叶えた。あれらの求めるままに虚を埋めてやり、地の底では尽きるばかりの身に命を与え続けた。ただその果てに紅き輝きを裏切れば死を待つのみの、誠に忠実な者たちが、我がしもべが出来上がったに過ぎぬ」


 書架の合間を誇らしげな声が響く。戦場でのか細い声音がうそのように、赤玉の王の言葉は強く響いた。悪魔の魔術にまどわされ始めているのかと、王女は眉根をきつく寄せる。

 しかめっ面の王女を見やり、赤玉の王はさらに言葉を継いだ。自分の声に酔いしれているのか、話す間も笑みを絶やさずにいる。


「あの者たちは使い勝手が良くていいのだが、単純で困る。また別な新たな者を側に置きたいと、我もまた色々とやってはみた。だが、ここの書には古く不完全な術しか記されていないとなると、そう易々とは行かなくてな。結果、勝手気ままな獣たちがあふれるだけであったわ」


 どうやら、あの一つ目の大ヤモリとトカゲネズミは、失敗続きの創造主の試行錯誤で生まれ出たものらしい。化け物たちを見限って、赤玉の王がなにを側へと置きたがっているのか。それは、甲虫の光を見つけた化けヤモリを思わすような、異形の王の目つきでわかった。


「しゃべれぬ本と群れるだけの獣、戦いばかりで語ることを知らぬ我がしもべたち。物言わぬものだけが相手では、さすがにわびしいと思うてな。もっと精巧にして美しきものが我が側にはよく似合う。そうは思わぬか、王女よ?」


 そう言って向けられた輝くような笑みは、螺旋の炎に囚われた王女には強い嫌悪を覚えさせただけだった。王女はひどく顔をしかめ、問いかけを突っぱねる。


「あんな化け物にはならない! あの者たちをおとしめて、語ることすらできないような姿にしたのは、あなただわ!」


 人は時に欲で目がくらみ、己を見失うこともある。それは生まれも育ちも関係なく、だれの心にも起こり得るものだ。

 王女は、あれほど憎かった異形の者たちが元はただの人だと知ると、彼らが国を脅かす盗掘者や侵略者であったのだとしても、ただ憎むだけの相手には思えなくなった。

 それほどに今の有りようは、あまりにもむごい。野山を駆ける獣であっても、ただ怒り憎しみ嘲る以外の感情を、愛や誇りを持って生きることが許されているではないか。

 魔法の火が映る己の瞳を怒りで燃え上がらせ、王女は赤玉の王をにらみつける。異形の者たちの王は絶やさぬ笑みを怒れる王女へと返し、その笑みに宿る闇へと誘った。


「なにが不服だ? あれらとは違うと言ったであろう。私のように、永遠の命を持つ完璧な者にしてやろうというのだぞ」


 そう言って異形の王は、衣へ手をかけた。肩についた留め具に手やり、それをひねって外すと、頭からかぶった長い衣を後ろへと落とす。


 そこにあった姿に、王女は宿敵の顔をその目で見た時よりも、心底驚いた。いや、その異様な姿を目にしたとたん、王女は恐怖に凍り付いてしまったのだと言ってもいい。

 魔術師の服の下にあった赤玉の王の体は、外のしもべたちよりも遥かに異形の、異形というその言葉でしか表わせぬような姿であった。




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