幕間8

「じゃあな殺し屋、もう会いたくない」

「……私もだ、探偵」


 クロガネの足音が遠ざかり、やがて消えた。

「……行ったか」

 立ち上がった佐藤は振り返り、誰も居ない通路を見やる。

「結局、決着つかず……いや、私の負け越しだな」

 初戦は引き分け、二回目は己の慢心と油断を突かれ降伏、三回目は共闘の果てに卑怯な騙し討ちで勝利を掴み、四回目は真っ向勝負で完敗。

 そして命を取らずに見逃してくれたことは敗北としてカウントしよう、感謝と敬意を込めて。

「あの、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ、私たちも行こう」

 心配そうな顔を浮かべる少女を連れ、クロガネが去った方とは反対側を進む。

 もはや獅子堂玲雄を護る手立ても義理もなかった。

(……あの強さ、やはり彼は)

 一介の私立探偵がゼロナンバーである自分と互角以上に渡り合う事実と異常性、ずっと感じていた疑問が今ようやく氷解した。

 これまでにヒントは幾つもあったのだ。

 獅子堂玲雄を前にして物怖じしない豪胆さ。

 玲雄の報復を読んでいち早く対策と準備を済ませていた立ち回りの良さ。

 人質交換の取引に応じたその裏で人質の奪還と敵の制圧を画策していた強かさ。

 二年前まで獅子堂家やゼロナンバーの内情を詳細に把握していたこと。

 新型オートマタ〈ドッペルゲンガー〉と正面から殴り合い、圧倒する並外れた戦闘力。

 探偵業の稼ぎでは購入が難しい筈の高価な軍用義手。

 即興とはいえ効果的なトラップ戦術。

 獅子堂玲雄の根城に単身で攻め込むことに適した装備の数々。

 土壇場での勝負強さと巧みな心理的駆け引き。

(……割と多いな)

 を振り返ったことがきっかけで、ここまで手掛かりが湧いてくるとは思いもしなかったと自虐する。

(……あの時、黒沢が邪魔だったから〈ドッペルゲンガー〉は奴も抹殺対象と見なして攻撃してきたのだとばかり思っていたが、


『――あはっ。ワタシの、最優先目標、は『アルファゼロ』の抹、殺殺殺殺殺――実行』


 、そう宣言して〈ドッペルゲンガー〉は。偶然あの化物と佐藤を結ぶ直線上に居たために巻き添えを喰らったとばかり思っていたが、実際は違ったのだ。

 

 反乱防止策として〈ドッペルゲンガー〉には現役のみならず引退した元ゼロナンバーのデータも登録されてあったのだろう。そうとは知らず(あるいは忘れていた)獅子堂玲雄がプログラムを書き換えた結果、アルファゼロ=佐藤とクロガネの二人が抹殺対象に設定されてしまった。

(そして『奥の手』である奴の義手……)

 一撃で〈ドッペルゲンガー〉を機能停止にしたあの義手があれば、否、その気になれば佐藤の力を借りずとも単独で〈ドッペルゲンガー〉を破壊することも可能だった。

(だというのに、わざわざ私を救ったのがずっと不可解だった……)

 敵対していた佐藤を助ける義理も理由もなかった筈なのに、わざわざ拘束を解いて共闘したのも、自身がゼロナンバーであったことを悟られないよう隠れ蓑として利用したのだと考えれば辻褄は合う。

 だが、傍らに居る少女を玲雄から救おうと不意討ちを仕掛けた後になって初めてクロガネの真の意図に気付いた。

 安藤美優。

 彼女自身のせいで死人が出れば、彼女は一生後悔を背負いかねない。人間に近い感情を持つガイノイドを想って佐藤を救ったのだ。現に、クロガネはこのホテルを襲撃してから佐藤を含め誰一人として殺していない。

 名うての暗殺者でありながら一人の少女、一体のガイノイドに肩入れして己の利にそぐわない行動に打って出た。それが二人の唯一の共通点であり、無意識の内に佐藤はクロガネに共感していたのだ。

「……まったく、本当に大した奴だ」

「? 何ですか?」

 思わず口に出てしまい、少女が不思議そうな目を向けてくる。

「いや、何でもない」

 適当に誤魔化し、少女と共に出口を目指す。

(……若旦那に一泡吹かせてやれ、

 当代の〈アルファゼロ/アサシン〉は、クロガネに向けて声なきエールを送った。

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