第17話 恋の戦略・一

「今年も賑わってるねー」

「そうだね。その上今年も気合い入ってるよね。あの鶏とか」


 二階にあるコスプレ喫茶の窓際の席から見下ろし、倉本くらもと君は窓の外を指さした。

 真彩まやや倉本君の演奏が終わったあと、練習棟の裏手でさっきミスしたところを中心に練習してると、さすがにお腹が空いてきた。だってもう一時過ぎてるし。腹が減っては戦はできぬ。適度にお茶を飲んではいたけど、さすがにそろそろ何か食べたい。


 というわけで、模擬店が並ぶ普通科校舎へ来てみると、同じくお昼ご飯を求めてやってきた倉本君と偶然会って。で、彼の友達のクラスでサンドイッチを御馳走になることにしたわけだ。


 ジュースを飲みながら、倉本君の指につられて見てみると、彼の視線の先にいるのは鶏の着ぐるみを着た人。看板を背負った隣の女子にアルトサックスで流行りの曲を吹いてもらって、それに合わせて踊ってる。かなりキレッキレだ。相当練習したんだろうなあ。あの着ぐるみも、どこから調達したんだろう。お手製とか……?


 まあそんなことを言えば、このコスプレ喫茶も大概だけど。

 ヨーロッパの宮廷貴族に中世の庶民に中国のお姫様、時代劇の同心。かと思えば、どっかの映画に出てきそうな海賊さんが口笛を吹きながらメニューを運んでやってくる。無節操を通り越したカオスとしか言いようがない。古代エジプト風のコスプレなウェイターは、割れた腹筋ももちろん衣装の一部だけど、いいのかなそのチョイス。よく先生が許可したよ……。

 他の衣装も結構凝った感じだし、お店からレンタルしたなら結構お金かかったんじゃないかな。まさか全部、クラスの人で手作りしたとかないだろうし。……まあそれはそれで、何故そこまで文化祭に力を入れるんだって感じだけど。色々とツッコミが生まれてくる模擬店だ。


 それはともかく、ドーナツは素直に美味しい。他のメニューは可もなく不可もなくな味だというのに、このドーナツだけは別格だ。外はかりっとしてるのに中はふわふわしていて、程よく甘い。どこのお店で仕入れたのか、あとで聞いてみようかな。

 ネタとしか思えない味のたこ焼きを宣伝する出店や、かなり気合が入ったフランケンシュタインを見下ろしてると、道化師みたいにカラフルな服を着た男の子がやってきた。絆創膏をほっぺたに貼ってあるあたり、見るからにやんちゃな男の子って感じだ。

 倉本君はにっこり笑んだ。


「やあ坂口さかぐち。そのコスプレ、似合うね」

「だろ? お前も着てみるか? つか何か着ろ、そして看板持って歩いて回れ。割引にしてやっから」

「広告塔になれって? 僕はこのクラスの生徒じゃないんだけど、いいのかな」

「そんな決まり聞いたことねえから、大丈夫だろ。さあやれ」


 倉本君の肩に手を置いて、爽やかに坂口君は言う。でも命令口調なあたり、断らせるつもりはこれっぽっちもないらしい。

 倉本君、教室へ来てくれって坂口君に熱心に頼まれてたらしいけど、もしかしなくてもこれのためなんじゃ……。

 そんな疑惑しかない友達の一応は頼みに、倉本君はそうだねえ、と口元に手を当てた。


「タダにしてくれるなら考えるよ。このドーナツもくれると嬉しいな」


 と、倉本君はもうあと一口で食べちゃいそうなドーナツを示す。なんてしたたかな! 報酬を要求する倉本君に、私は呆れた。タダどころかドーナツも要求なんて、コスプレ代にしちゃ高くない? ほら、坂口君だって渋い顔だ。

 でも――――


「うおっ倉本お前何してんの?」

「いやー倉本君何っ? 何その恰好!」

「お願い写真撮らせてー!」


 コスプレ喫茶を出た途端、驚く男子の声やら女子の黄色い声やらが私たちを包んだ。

 皆さんお願いだから、もうちょっと静かにしてちょうだい。というか、どっからそんな声出してるのよ。


 ……まあ、わからなくもないけどね。

 何しろ坂口君が倉本君に渡したのは、金の房飾りと小さな勲章が揺れる、白い軍服だったんだもの。手には白い手袋をはめ、頭は白い帽子を被り、腰にはレプリカのサーベルを佩いてる。靴はもちろん、黒の軍靴だ。どこからどう見ても、近代日本の青年将校にしか見えない。

 ほんとにどうよ、この違和感のなさは。女子のはしゃぎっぷりといい、倉本君がドラマの撮影で休憩中の芸能人のような気さえしてくる。……手作り感満載の看板を持ってついていく、私とのミスマッチ感が半端ないけどね。


「でも倉本君は模擬店にいないんだから、詐欺だよねある意味」

「そうだねえ。まあ、そこは僕たちの管轄外だよ。僕らは食べ物で釣られたボランティアだし。客寄せ以外は考える必要ないと思うよ」


 しれっと詐欺の放置を宣言し、倉本君は写真をねだる女子たちを上手くあしらう。すれ違う女子の視線はさっきから皆、倉本君に釘付けだ。つまり、私が持ってる手作り感満載の看板の注目度も大幅アップのはず。坂口君が考えたとおり、宣伝効果は絶大だった。

 中庭を回ったから、あとは普通科校舎周辺を軽く歩いて坂口君のクラスへ戻れば、ボランティアは終了。ジュースとドーナツ代がタダ、ついでにドーナツもゲットだ。

 うーん、なんかなあ……来月にコンクールの地方大会の本選があるっていうのに、余裕かましてるよね私。ちょっと気分転換にお昼を食べてから、練習に戻るはずだったのに。なんでこんなことにしてるんだろう……。

 や、楽しいんだけどね。去年はそれこそコンクールに向けての練習に没頭して、文化祭を楽しむ余裕なんかなかったし。どうせ来年は、受験で必死だろうしなあ…………。


 そんなとき、倉本君は何に気づいたのか、ポケットからスマホを取り出した。うわ、すごい違和感。ようやく違和感が仕事した。

 スマホの画面を見下ろした倉本君は…………うわー、見なきゃよかった。


「……タノシソウダネ」


 私が思わず棒読みで言うと、うん、と倉本君は楽しそうな笑顔を深くした。


「実は、斎内さいうちに君のコスプレ写真送ったんだ」

「っ!」


 はいいっ!?


「何やってんの倉本君!?」

「だって君も着替えたんだから、これは見せないと。あ、天崎あまさきさんにも送っといたよ。すごく喜んでるみたいだ」


 いやそれないでしょ!? 私、許可してないよ!?

 文字なら音符マークでも語尾につきそうなノリで爽やかに倉本君は言うけど、冗談じゃない。私は真っ赤になるしかなかった。


 当たり前でしょ。こんな格好をしてるのだから。

 矢絣文様の黄土色の小袖、濃緑の袴。結った頭には黄土色のリボン。当然のように編み上げブーツを履いて、手には小袖と同じ黄土色の巾着を持ってる。

 まあ要するに、誰もが大正ロマンと聞いて真っ先に思い浮かべそうな女学生スタイルになっちゃってるのだ、私は。


 倉本君と坂口君の交渉がまとまったあと、坂口君は何を思ったのか、私にもコスプレを頼んできた。午前中は広告塔をしてくれてた女子が、午後になってとんずらしたらしい。で、倉本君のついでに女子のボランティアもドーナツで釣ろうとしたわけだ。着付けは、剣道部所属の女子がやってくれた。


 自分のスマホでは着替えたときに写真を撮ったけど、倉本君はいつ私のコスプレを撮って送ったんだろう。ちょっと倉本君のそばを離れたときがあったから、そのときかな。油断した…………。

 真彩はもちろんのこと、どうして桃矢とうやにまで送ったのかなんて倉本君に尋ねる必要はない。どうせ私をからかうために決まってる。人をからかい倒すことが好きだよね、倉本君は。


 送られてきた写真を見て、なんだこれと意味不明そうな桃矢の顔が想像できる。……うう、地味にダメージ受けるなあ……でもきっとそうだ。演奏会に集中してる途中で私のコスプレ写真なんて、邪魔なものでしかないに違いない。

 ああもうやだ。なんで私、食べ物で釣られちゃったんだろう…………。


「それで、桃矢はなんて……?」

「いや、返事はなし。だから次はどうしようかと」

「何もしなくていいから」


 このお節介王子、誰か止めてよ!


 かくなる上は練習棟の大練習室へ行って、直前練習の真っ最中だろう桃矢に写真をスマホから完全削除するよう迫るしかない。桃矢のスマホに私のコスプレ写真なんて、冗談じゃない……!

 倉本君はくすくす笑った。


「いいじゃないか。好きなんだろう? 文化祭なんて彼と二人きりになれそうなチャンスは活かさないと。これで斎内が来たら、手を繋いでデートすれば?」

「いや、チャンスと言われても……文化祭だよ? 手を繋いでデートなんて、桃矢のやばいファンに見つかったら悲惨なことにしかなんないって」

「ああ、午前中もそういうのに絡まれたんだっけ? 天崎さんから聞いたよ。じゃあ、斎内もコスプレに巻き込むかい? 坂口はきっと喜ぶだろうし」

「桃矢はお菓子で釣れないと思うよ。桃矢は大食らいで食べるの好きだけど、お菓子は好きじゃないから。トンカツとかステーキとかなら、一発だろうけど」


 釣るなら食堂のトンカツ定食何回か分くらいで釣らないと、あの大型犬もどきはきっとやる気になってくれない。でも、そこまでして文化祭デートにこだわるのもなんだかなあ。デートするなら、他の人の目を気にしないでいられるところでしたいよ。遊園地とか水族館とか映画館とか。……全部、中学のときに行ったけど。


 ……なんですか倉本君。そうもじろじろと人のこと、意味ありげな目で見て。

 私がねめつけると、倉本君はああいや、と苦笑した。


「君が彼に大事にされてるのは間違いないんだから、前向きに考えなよ。文化祭デートが嫌なら、コンクールが終わってからでもどこかへ誘ってさ。君が健気に誘うところを見たら、彼も心が動くんじゃないかな」

「そういうものかな」

「そうだよ。男は割と単純で、女の子が弱ってるところとか健気なところを見たら、すぐくらっとくるものだから。可愛い女の子に好意を向けられたら、それだけでつけ上がるしね?」


 男の子はチョロいとにっこり笑顔で暗に断言する軍服コスプレの王子様は、大体、と両腕を組んだ。 


「君は幼馴染みだからって、斎内と友達付き合いをしすぎなんだ。たまには女の子っぽく弱ったところを見せて彼を頼りにして、男心をくすぐってきなよ」

「いやあの、そんなあざとい高等テクニック、私には無理だよ……」


 むしろ、不自然にならないやりかたを教わりたいくらいなんですけど。指を一本立てて、それこそ中世の昔話とかに出てくる悪魔みたいに私をそそのかしてくる倉本君に、私は心の中で返した。そんな高等技術と度胸があれば、とっくにやってますって。

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