第66話勇者の見極め
「どういうことか、聞いてもいいですか?」
アキラはセリスの言葉が気になって問いかけるが、セリスの後ろにいる他のメンバーも理由が分かっていないようで聞きたそうにしている。
セリスは突き出した剣を下げる事なく、また、警戒も緩めることのないままアキラの言葉に無表情で答える。
「いいよ。……ここはね、魔境なの。それも銀級のね」
「そうですね。それは知っています。ですが俺は銀級の冒険者ですよ? おかしくはないですよね?」
魔境に入るには冒険者組合の許可がいる。許可といっても、いちいち組合に行くのではない。ただ魔境ごとに決められた危険度以上の階級を持ったものしか入ることが許されていないというだけだ。それでももし規定以下の階級のものが侵入しているのが分かって仕舞えば、最低でも数十万の罰金を取られる事になる。
だが、アキラの今いる魔境の設定は銀級だ。アキラも銀級なので入っている事に問題はないはずではある。
「分かってないようだから言うけど、普通魔境には単独でなんてこないの。銀級の魔境なら、銀級の冒険者が|何人か(・・・)でくるもの。組合も、初めから複数で来ることを前提に設定してるの。複数の銀級冒険者が来るところに銀級冒険者が一人で来たら死んでるよ」
確かに冒険者組合の規則にはそのように載っており、それはアキラも知っていた。だが、ことここに至るまですっかりと忘れていた。元々それほど熱心に冒険者として活動したかったわけではないので仕方がないのではあるかもしれないが、この状況ではそれは致命的だった。
「なのにあなたは一人でここにいる。おかしいでしょ?」
セリスの言葉にアキラは答えることができない。
「もう一度聞くけど、あなたは何者なの?」
「……さっきも言ったけど、冒険者ですよ」
「そう。言う気はないの」
「単なる冒険者、っていうのは取り消しますね」
アキラの言葉にセリスは構えていた武器に力を込めたが、その手に持つ刃が振るわれる前に、アキラはにこりと笑いかけながら口を開いた。
「実は、俺商人もやっているんです」
「は? 商人?」
「ええ。その伝手で魔法具を色々持ってるんですよ。ここまでこれたのはそのおかげもありますね」
アキラの答えは想定外だったのか、セリスは今までの張り詰めていた警戒に隙を作ってしまった。
そしてアキラはその隙をついて腰をポーチから「ほら」と言いながら色々な魔法具を取り出してみせる。
「あなたみたいなのが商人? どう見ても嘘じゃない」
「酷いですね。人は見た目で判断してはいけないんですよ。もう成人してますし」
疑うセリスに対してアキラはそう反論するが、それでも信じることができないのか、剣がアキラの首から動くことはない。
だが、そんなアキラの言葉を聞いて誰もが最初から否定してかかるというわけでもない。
「あっ、そういえばさっき十五歳って言ってたっけ」
「でも、その見た目で十五っていうのはちょっと無理がありません?」
セリスの背後ではアズリアとソフィアがそう話しているが、ソフィアの疑問を魔術師のダスティンが首を振って否定する。
「いや、あり得ぬ話ではない。人の成長は魔力によって遅らせることができる。端的にいえば、魔力を多く持っているものほど老化、成長速度が遅いのだ。その者は魔法を使えるのであろう? であれば、その見た目も不思議ではない。……もっとも、その年齢で成長が止まるほどの魔力量となると、驚異であるのは確かだがな」
未だ警戒を解かない勇者一向に向かって、アキラは微笑みかける。
「さあ、誤解も解けたようですし、少しお話ししませんか?」
誤解は解けたとしても、警戒を解けてはいないのだが、それでもアキラは既に自分が受け入れられているかのように振る舞う。
「……話しっていうのはなに?」
未だに警戒をしているセリスの背後で、残りの四人が顔を見合わせると代表として勇者であるアズリアがアキラに問いかけた。
「実はですね、俺、勇者様に会いにきたんです」
「……私に?」
アキラの言葉を訝しげにしながら聞くアズリア。
そんな彼女の返事とも言えないような呟きに、アキラは頷きながら言葉を返す。
「はい。……ところで一つお聞きしたいのですが、貴女は『剣の勇者』で、あっていますか?」
「……ええ。そうだけど、それがなに?」
「ああいえ、特にどうこうってわけじゃないんですけど……まあここにいるのが貴女でよかったって感じですかね」
「私でよかった? ……いいえ、『剣の勇者』でよかった?」
アキラの言葉から、アキラが『|剣の勇者(・・・・)』に会いたがっている事を察したアズリアは、わざわざ言い直してアキラがどう答えるのか、その様子を伺った。
「そうです。剣の勇者である貴女に一つお願いがあるのですが、よろしいですか?」
アズリアが気付いたことを理解したアキラは、にこりと笑いかけながら問いかけるが、アズリアはこんな状況でアキラが頼んでくることなど思いつかない。
「……内容によるわ」
「まあそうですよね。……俺と試合をしてもらえませんか?」
「……え? 試合? 貴女と?」
アキラがどんなお願いをしてくるのか分からず、アズリアは緊張しながら話を続けたのだが、言われたことが予想外すぎて思わず聞き返してしまった。
「ええ。俺は貴女と戦うためにここにきたのですから」
若干混乱しているアズリアにアキラは頷き答える。
だが──
「ふっ!」
突如アキラの目の前で剣を構えたままだったセリスが、短い呼気とともにアキラの首に向かってその剣を振るった。
「危ないですよ。まだ話の途中なんですから、そういうのはやめていただけませんか?」
「えっ!?」
しかし、容易く命を刈り取ると思われたその一撃は、アキラの首に届くことなく難なく防がれる。アキラの持っていた防御の魔法具が発動したのだ。
防がれたことを理解したセリスは、即座にその場を飛び退くと、変わらずに武器を構えたままアキラを睨みつけ問いかける。
「……アズリアと戦うって事は、やっぱり殺しに来たって事ね。どこの者か教えてもらえるとありがたいんだけど?」
「殺すってなんですか。違いますって。少し邪魔なんで寝ていてください」
ただ単に女神の生まれ変わりかどうかを確かめるために勇者と戦いに来ただけのアキラとしては、殺すつもりなど全くなかった。それなのに暗殺者のように言われることは心外であった。
そして、自身の目的である勇者との対話を邪魔されるというのもまた、アキラにとっては不愉快なことだった。
故に、アキラの目的の邪魔をしたセリスは、アキラの魔法によって強制的に眠らされることとなったのだった。
「セリス!」
「セリスさん!」
「待て! セリスは眠っているだけだ。落ち着きなさい」
アキラの魔法で眠ってしまったセリスだが、はたから見れば死んだようにすら見える。倒れたセリスを心配するようにアズリアとソフィアが叫び、駆け寄ろうとするが、その動きは側にいたダスティンによって止められた。
「さあ、話の続きをしましょうか」
「あなた、私たちの仲間にそんなことをしておいて、まだ話が出来ると思っているのかしら?」
「ええ。思っていますよ」
アキラの魔法によって眠らされたセリスだが、アキラは懐から短剣を取り出し、その刃先を倒れ込んだセリスに向けた。
そして笑顔を浮かべたアキラは、油断することなく勇者達に語りかけた。
「そっちの人が言ったようにこの人は眠ってるだけですが、どうです? これで話をしたくなったでしょう?」
(我ながら悪役っぽいない。ぽい、っていうかまんま悪役だけど、まあ目的さえ果たせれば問題はないからいいか。どうせこれから関わることなんてないんだし)
人質をとり、相手に言うことを聞かせるアキラ。その姿はまさに悪役だったが、確認さえ終わって仕舞えばもう用はないのだから、どう思われようとも構わない。そう思っての行動だった。
もしこれが女神の生まれ変わりなら怒るかもしれないが、その時は謝れば許してくれるだろうと思ってのことだった。
「貴様っ!」
「……いいわ。私が戦えばセリスは見逃してくれるのよね?」
「アズリア!?」
アキラの行動に激昂するチャールズだが、アズリアはそれを止めるように一歩前に出て、アキラの言葉に了承の意思を示した。
「ええ、もちろん。ただ俺と戦ってくれればいいだけです」
「そう。なら戦ってあげるからセリスから離れてもらえないかしら?」
勇者が自分と戦ってくれさえすれば、アキラとしてはそれでよかった。戦うことができさえすれば、それで生まれ変わりかどうか見抜けるはずだから。
勇者が了承したのならもう用はないと、眠っているセリスを抱きかかえて勇者達の元に近寄った。彼女の容態が気になって存分に戦えないということがないようにというのと、戦いに巻き込むことがないようにという二つの理由からだ。
アキラとて、目的のためなら誰がどうなろうと構わないと思っているが、だからといって殺す必要がない人を自分から殺しに行ったりはしない。助けられるのなら助けたいと思っている。それが自身の邪魔にならないのであれば、ではあるが。
だが、アキラが人質を抱えたまま勇者達に近寄ったので、勇者達は各々が武器を構えて警戒をあらわにする。
「待って! 大丈夫。大丈夫だから、みんなは手を出さないで」
が、その中で勇者だけは近づいてくるアキラに何かを感じたのか、他の仲間達に制止の声をかけた。
アキラは勇者の目の前までセリスを運ぶと、眠っている彼女をそっと地面に下ろし、ゆっくりとその場を離れアズリアのことを見つめた。
(魂を分けた存在なわけだし、こうして近づいてみればわかるかと思ったけど、特になにも感じないな。これはハズレだったか? ……いや、若干反応があるか? かなり薄いから期待はできないけど……)
アキラが移動した場所から自分のことを見ていると理解したアズリアは、セリスの介抱を仲間達に任せて自分はアキラに向かって歩いていき、ある程度まで近づくとスッと武器を構えた。
「準備はいいですか?」
「ええ。いつでも」
二人が居るのは、森の中にポツンとある少しばかり開けた場所。この場所であれば二人が動き回ったところでそれほど動きに制限が出ないだろう。もっとも、あまり派手に動き回れば制限が出る程度のものではあったが。
(まあ戦ってみればわかるだろう)
そんな場所で武器を構え、ついに勇者と対峙したアキラは、一度目を瞑ると以前に戦った女神の姿を脳裏に思いうかべ再び目を開いた。
「では、行きますよ」
宣言と同時にアキラは前に駆け出し、アズリアに斬りかかる。
「──フッ!」
「っ!」
身体強化はしているが、それは一般男性程度の──剣を振るうのに十分な程度の力しか強化していない。
(重い!? この子、こんな見た目なのに詐欺もいいとこだわ!)
であるにも関わらず、アズリアが受けた剣は、彼女が今まで対峙してきたどの剣士のものよりも遥かに重い、芯に響くような一撃だった。
アズリアが今まで戦ってきた敵の中でもあまり早いとはいえないアキラの動きによって、彼女の警戒心は若干薄れていた。だが、その油断せいで動きとはかけ離れた一撃を受けたアズリアは姿勢を崩してしまった。
「ッ、ヤアア!」
だが、多少姿勢が崩れたと言っても、アズリアは勇者である。アキラの一撃を弾きそのままアキラに斬りかかる。
が、アキラはその攻撃を後ろに跳ぶ事で難なく避けた。
「……むう。まだ行きますよ!」
それから二人の攻防は続く。アキラが走って近づき剣を振り下ろせば、その攻撃は避けられ今度はアズリアが斬りかかる。それを防ぎ距離を取れば、さっきとは逆にアズリアから近寄り剣を振るう。
そんな事を何度も繰り返していく二人。周りにいるアズリアの仲間たちは、そんな二人を見ていることしかできなかった。当初は途中で乱入しようと思っていたチャールズでさえ、二人の戦いに無意識に拳を握り締めながら呆然とただ見ているだけだった。
「──くぅっ!」
アキラの振り下ろしを正面から受け止めたアズリアは、受けることはでき傷は負っていないものの、苦悶の声を上げててしまった。
図らずも戦闘開始時と同じ状況になってしまった二人。
(やっぱり違うな。確かに勇者ってだけあるけど、あいつの生まれ変わりならこの程度じゃない。俺だって記憶を取り戻す前にそれなりに転生前の動きと同じように動いてたんだから、あいつだって同じだろう。でも、この勇者はあいつの戦い方とは根本的に違う)
戦う前に思い出していた女神の姿とはかけ離れた様子から、勇者は女神の生まれ変わりではないと見切りをつけたアキラ。
そして、もういいと戦いを終わらせるためにアキラは追撃を仕掛けた。
「まだ……ヤッ、アアアア!!」
だが、アズリアはまだ諦めてなるものか言わんばかりに叫び、剣を振りアキラの剣を弾いた。
「はあはあ……なるほど。流石勇者、と言ったところでしょうか」
優位に立っていたとはいえ、それでも自身と同格の相手と戦っていたアキラはだいぶ疲労していた。この世界において、一般人であるアキラが『勇者』と戦って疲労程度で済んでいる事が、そもそもおかしいことではあったが。
(今の一撃は凄いと言えるけど、それだけだな。無駄足だったか。まあ勇者は違うと分かっただけでもいいとするかな)
「はあ、はあ……そんな勇者相手に互角に戦う貴方は、何者なのかしらね」
「さっきも言ったでしょう? 貴方と戦いに来ただけの冒険者ですよ」
アキラはそう言ってからふぅ、と息を吐き出して構えを解くと、剣をしまい両手を上に上げた。
「……なんのつもり?」
「俺の負けです。参りました」
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