第49話クラリスの想い

「そんでさあ〜、あの時は驚いたぜ。なあ?」


 アキラ達は今冒険者組合ではなく、食事に来ていた。食事といってもアキラが普段使うようなちょっとお高めの場所ではなく、酒場も兼用しているような下町のものではある。


 アキラ達はあのまま組合で話すのは邪魔になると言うことで場所を移すことになったのだが、その際アキラが迷惑をかけた詫びということで夕食を奢ることにした。そこには酒が入れば口も軽くなるだろうというアキラの思惑があったのだが、気づいたものは誰もいなかった。


「そうだね〜。いかにもお嬢様って感じの子がいきなり私たちのチームに加えてくれっていうんだからね〜」

「最初は断ろうと思ったんだけどすごい必死だったからな。そのままじゃ一人でも活動しそうだったから、それよりは俺たちで色々教えてやったほうがいいだろうって思ってな」


「クラリスが迷惑をかけたようで申し訳ありません」

「いや、確かに素人ではあるが役に立たなかったわけじゃないから」

「そうそう。私たちが怪我をした時とか休憩したいって時は活躍してたし」

「獲物を売るときなんかもすごかったよね〜」


「そうですか。役に立ってるようなら良かったです」


(休憩と回復は魔法具によるものだろ。獲物を売る時は当然だな。クラリスは俺なんかよりも承認としての才能があるんだから。その上親から英才教育を受けてるんだから役に立たないなんてことはないだろう)


 だが言ってしまえばそれだけのことだった。冒険者として一番重要なのはなによりも力である。敵を倒して生き残ることのできる力。それがクラリスには決定的に足りない。アキラはそう考えていた。


「…あの、アキラ。あなたは私が冒険者になるのを応援してくれる?」


 クラリスは恐る恐るアキラに尋ねた。聞きたいけど聞きたくないというような顔をしながら。拒絶されたらどうしよう。そんな不安を隠し切ることのできていない様子に、アキラは少し目を閉じた後真剣な表情でクラリスに向き合った。


「それに答える前に、聞いておきたいことがある」

「…何?」

「クラリスはどうして冒険者になりたいんだ?クレストさんから聞いてはいるけど、クラリスの口から直接聞きたい」

「冒険者になりたい理由……」


 アキラはその理由を既に父親であるクレストから聞いている。だが、それだけでは不十分である。全員からしっかりと事情を聞いて全てを詳らかにしたうえで判断しなければならない。アキラは母にそう教えられてきた。

 だから今回もクレストの言葉だけではなくしっかりとクラリスの言葉を聞いてから判断しようと思っていた。


「…私は誰かを助けたいの。困ってる人を助けてみんなに喜んでもらいたい」

「それは冒険者じゃなくてもできるんじゃない?クラリスは俺なんかよりも才能があるんだから商人として活動して困ってる人を救えばいい。そっちの方が救える人は多いはずだよ」

「…それは……」


 言葉に詰まるクラリス。


 事実その通りだ。クラリスは大商会の跡取りであり、その全てを継いだとしたら単なる冒険者などよりもはるかに強力な『力』を手に入れることができるだろう。そしてその『力』で人を救えばいい。その方が遥かに多くの人を救うことができるのだから。クラリスの言葉通り、「誰かを助ける」というのならそうした方がいい。


 クラリス自身もそのことには気がついているのだろう。アキラの問いに答えることができずに俯いてしまった。


「その様子を見ると自分でもわかってるんだろ?誰かを救いたいっていうのはただの建前で、冒険者を続けたいからそう言ってるに過ぎない。冒険者として活動した結果、誰かを助けることができたとしても、それはただの自己満足でしかない。だって商人として活動した方がもっとたくさんの人を助けることができるんだから」

「……」

「それにクレストさんもお祖父様も心配している。冒険者なんていう危険なことをさせていればそのうち死んでしまうんじゃないかって。今まで愛情を込めて育ててくれた親の期待を裏切って、祖父を心配させて、それでもやりたいことなのか?そんなにも冒険者をやりたいのか?」


 クラリスは俯いたまま答えることができない。ただ膝の上で手を握りしめて震えているだけ。


「クラリス。お前は冒険者としてやっていくためにそれ以外の全部を捨てる覚悟があるのか?両親の期待も愛情も今までの自分も、そんなもの知ったことかと全てを捨てて生きていくことはできるのか?…どうなんだ、クラリス」

「…………」

「答えられないようならそれが答えだよ。お前には実力どころか願いも覚悟も何もかもが足りない。そんなんじゃ俺はお前を認めることなんか──」


 パンッ!


 認めることはできない。そうアキラが言おうとした瞬間にアキラの頬が勢いよく叩かれた。


「うるさい!君みたいな子に何がわかるっていうのよ!」


 叩いたのはクラリスが入ったチームのメンバーの女性。

 アキラが名前すら知らないその女性はアキラの言葉に怒り心頭といった様子で怒鳴りつけている。


「君が言ったようにクラリスは実力は足りないわ!でもね、願いも覚悟もないなんてことはない!何も知らない君みたいな子が賢しらにしてクラリスの思いを馬鹿にするなんて許さないわよ!」

「…そうだね。家の事情と思って黙っていたけど、ちょっと言い過ぎじゃないかな。君はクラリスが冒険者としてやっていくためにどれだけの努力をしているのか知らないだろ?」


 その女性だけではなく他のチームメンバーもクラリスを庇う。

 そのことにアキラは少しだけ驚くが、一瞬だけ誰にもわからないように笑顔になるとすぐにそれまでと同じように冷たい表情になり話し始めた。


「…冒険者に限らず自分の願いを叶えるのに努力するのは当たり前ではないですか?努力の量なんて気にする必要があります?全ては結果ですよ。努力した結果死んでは意味がない」


 その言葉にはメンバー達も思うところがあったのだろう。いくら努力をしたところで死ぬ時は死ぬ。「死んでは意味がない」。それを誰よりも理解しているのは他ならぬ冒険者達自身なのだから。

 そして、その言葉でアキラが今まで言ったのは何もクラリスの親に言われたからだとか、クラリスをいじめたいからではないということを理解した。アキラは真にクラリスのことを心配しているからこそ、ああも辛く当たったのだと。


「でも!──」


 言い募ろうとした女性をリーダーであるケインが止める。そして代わりにケイン自身が口を開く。


「君がいうこともわかるよ。君がクラリスのことを心配してるからこそそんなことを言っているっていうのも。…でも、もう少しクラリスのことを信じてあげてもいいんじゃないかな」


 アキラは一度目を瞑る。その場にいたもの達は全員、メンバー以外のアキラ達の話が聞こえていた周りの客の全てが静まり返りアキラに注目する。だが、


「……無理ですね」


 アキラの言葉は変わることなく「認めない」だった。


「あなたね──」

「だってまだクラリスの口から聞いていない。俺はあなた方に聞いたのではありません。クラリスに聞いているんです」


 そんなアキラの言葉に再び怒りが再燃した女性は怒鳴ろうとしたが、それを無視してアキラはクラリスに正面から向き合う。


「もう一度聞くぞ。お前は親を捨てても、今までの自分を捨てても冒険者としてやっていきたいのか?それだけの覚悟があるのか?」


 冒険者として生きて行くのも、冒険者を捨てて生きて行くのも、どちらもクラリスにとっては辛い道だろう。だがそれでも、あの時もっとちゃんと選んでおけば……。なんて後悔をさせないためにもアキラは問う。


「……ないよそんなの」


 商人としても生活を捨てることはできないと、家族は大事だと言う。それはつまり冒険者を捨てることを意味する事になる。


 それを聞いた周りのものは「ああ、やっぱり」と思った。チームメンバーでさえそうだ。それは当然の考えだろう。命の危険がある割に大して儲からない冒険者と、安全に儲けることができて安定のする大商会の後継ぎ。どちらがいいのかなんて言ったら、そんなものは決まっている。


 だが──


「私は、どっちも捨てたくない。お父様もお祖父様も好きだし、商人としての活動も好き。…でもそれ以上に冒険者として生きたいの!」


 そんな子供じみたわがままをクラリスは言った。


「そんな都合のいいことがあるとでも?クレストさんは認めないぞ?」

「説得してみせる」

「その結果死んでも?」

「死なないわ」

「どこにそんな根拠がある?実力の足りないお前が生き残れると、本当に思っているのか?そういうのはせめて俺から一本取ってから言え」

「実力がないのなら強くなればいいわ」

「無理だ。クラリスには戦いの才能がない」

「なら商人として戦ってみせるわ。商人として稼いで魔法具を揃えて、どんな状況でも生き残ってみせる」

「商人として生きながら冒険者もやると?できると思ってるのか?中途半端になって終わるのが目に見えている」

「そんなことないわ。…だって目の前にお手本がいるもの」


 アキラは苦虫を噛み締めたような顔になった。まさか自分の存在がクラリスに道を示してしまうことになるとは予想外だったのだろう。


 アキラには試練でも経験があるからこそ出来ているのだが、そんなことは周りは知らない。だからそれを理由に否定することはできなかった。


「私は貴方みたいになってみせる。強くて賢くて憧れた貴方みたいに」

「…俺に憧れた?お前が憧れたのは一年前にお前達を助けた冒険者じゃないのか?」


 アキラはクレストからそのように聞いていた。自分を助けてくれた冒険者に憧れて自身も目指したのだと。


「それはきっかけでしかないわ。私は本当はもっと前から冒険者になりたいと思ってたの。そうすれば貴方に近づけると思ったから」

「なんで俺なんだ?そんな風に思われる事なんてしてないだろ?」

「そんな事ない。貴方はいつも私を助けてくれてたわ。貴方に助けてもらってから私の目標はいつも貴方だった」


 それはほんの些細なことだった。幼い頃祖父と父に連れられてアキラの家にやってきたクラリスははじめての他の街ではしゃいでいた。祖父と父親と叔母と従兄弟と一緒に街を歩いていたのだが、クラリスは一人はぐれてしまった。はじめての街。右も左もわからない、知り合いが誰もいない状況がとても怖くてクラリスは泣いてしまった。それをアキラが見つけてくれた。そして笑顔で励ましながら家族の元へと連れて行った。それだけ。ただそれだけの子供にはよくある出来事。

 だがそんなありふれたことでもクラリスにとっては唯一の宝物の思い出。


「私は冒険者になるわ」


 まっすぐ。最初の言葉とは違う。ただひたすらにまっすぐな想いを込めて放たれたクラリスの言葉。アキラはそれを否定することができなかった。


「……応援はしない。でも冒険者になるのを止めもしない」


 ついにアキラはクラリスが冒険者になることを認めた。


「アキラ!──」

「ただし!冒険者として活動するのはクレストさんを自力で説得してからにしろ。それまでは冒険者として活動しているのを見つけた場合は力ずくで家に連れて行く」

「ありがとう!やっぱり貴方は素敵よ!」


 そう言いながらクラリスは喜びが爆発したようにアキラに抱きついた。

 だがこの時クラリスは気がついていなかったが、アキラにとっては気が気でならない状態だった。アキラは新人式を終えた直後、つまりは十歳程度の見た目をしている。それに対してクラリスは年相応。どちらかというと発育が良い方だろう。…端的に行ってしまえばアキラはクラリスの胸に埋もれる事になったのだ。


 そして周りはそんな二人を見て我が事のように喜び歓声をあげて喜んだ。中には子供に対して大人気ないと思うかもしれないがリア充を呪う怨嗟の念を送るものもいた。だがそういう者はどこにでもいるものだ。それを気にするものなど誰もいない。


「…離れろ。淑女がそんな風に男に抱きつくもんじゃない。今まで教育を受けてきたはずだろうに…。はあ…」


 アキラはクラリスを無理矢理に引き剥がすと、そう言ってため息を吐いた。

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