第4話扉の向こう側
少しづつ動く死者の列は、晶のいた場所、いるはずの場所を空けたまま行進を続けていた。
あてもなく歩き続けた晶は、気づけば元々自分がいた場所に…いや、自分の居るべき場所に戻っていた。
彼には既に何かをしようという気は無く、ただ自分の内から湧く感覚に従って行動した結果ここにたどり着いた。
たどり着き、晶自身が人形と称した者達と同じように列に加わり少しづつ前へと進んでいた。
ただ、はたから見ればその光景に違和感を感じただろう。
ほぼ全ての者が最低限の動き以外微動だにしないのに対し、晶はふらふらと揺れながら覚束ない足取りで歩いていた。
既に人間では無く、人形にすらなりきれない。
そんな中途半端な状態で前へと進んでいく。
どれくらいの時間が経っただろうか。
不意に晶は何か音が聞こえた気がして辺りを見渡す。だがこの場所は音のするようなものなど何も無く、周りの死者達ですら物音一つたてずに進んでいる。
(あまりにも長くこんな場所にいたためにおかしくなってしまったのか…)
辺りを見渡したがやはり何も無く、晶はそう結論づけると自嘲気味に笑う。
が、またも何処かから音が聞こえてくる。
どうせ幻聴だ。と無視して晶は前へと進んでいく。
しかし、その後も定期的に音が聞こえ、その音は前に進むほどに大きくなっていき、晶の耳にも既に誤魔化しようがないくらいにハッキリと聞こえた。
音の正体は何か分からないが聞こえてくる限りでは金属製の物、おそらく鈴やベルの類のものだろう。
晶は再び辺りを見渡すがやはり音の発生源のようなものは何もない。
何もやる事がなく、出来ることもない晶は気が狂わないように、その音の発生源について考える事にした。
だがいくら考えても所詮は想像の域を出ず何も分からないままだ。
晶は何もない真っ暗な空を見上げ、ふぅと息を吐き体から余分な力を抜く。そして視線を正面の戻すと何処か違和感を感じた。
「…なんだ?何か違う?でも、なにが…」
その違和感の原因を探すため周囲を見回してみるがわからず、仕方なく晶は自身の周囲にいる死者達を観察し始めた。
しかしそれでもなお分からず、晶は先ほどと同じ状況にしようと空を見上げてからゆっくりと視線を正面へと戻す。
「…前にいた奴らがいない?」
今までは前を向いても人の背中しか見えていなかったが、見れば前方の列の向こう側が薄っすらと光っている。
この空間において『光』というと一度列から逃げ出したときに見た光景が思い浮かぶ。
「ッ!……何もない?」
何か起こるのではないかと晶は警戒したがしばらく待っても何も起こらなかった。
(仮にあの時と同じ事が起こっても何か出来るわけでもないのにな。そもそも、もう諦めたってのに警戒するなんてな)
晶は警戒を解きフッと自嘲げに笑い、またも空を見上げ瞑目した。
目を開き正面の列の間から光を見据え、再び自嘲げに笑う。
「…行くか」
そうして晶は一度は手放したはずの生への執着を手に、列を抜けて前へと歩き出した。
列の前方には光を放つ扉があり、晶は現在その扉の前にいた。
「扉、だよな」
言葉にするまでもなくどう見ても扉である。
高さは3メートル程だろうか、質素な両開きの扉で薄っすらと光っている。
ただ、その扉には本来ならあるはずの建物が無く、扉だけが立っていた。
(こんな所にあるんだからもっと豪華なやつでもいいんじゃないだろうか)
晶がそんな場違いな事を考えていると、扉は音もなく開く。
扉なのだから開いてもおかしくはないのだが、何の予兆もなく開いた扉に驚いた晶はその様子をただ見ていることしかできなかった。
すると、列に並んでいた男が晶の横を抜け扉の向こうへと消えていった。
男の姿が消えると扉は閉じていくが、そこでやっと動き出す事ができた晶は慌てて手を伸ばすが扉は完全に閉じてしまい、どれだけ押しても開くことはなかった。
しばらくの間扉の観察していて分かったのは、列に並んでいた奴らが消えたのは扉の向こうに行ったこと。扉の向こうに行った奴はこっちに戻ってこないこと。後は閉じた後は再び開くまで何をしても開かない事ぐらいだ。
(まぁ、確かめるまでもなく分かっていた事だけど)
列が前に進むごとに人が消えていき、消えた人がどこかに現れた様子がないことから既に分かっていたことと言える。扉にしてもこんな不思議な所にあって不思議な効果を持っているのだから普通の扉であるわけがなかった。
もっとも、晶としてもここまでは単なる確認に過ぎなかった。
問題はここからだ。素直に列に戻って自分の番を待つか、他のやつの時に割り込むか。
結局は扉の中に行く事になるので単なる気持ちの違いしかないのだが、晶にここに残る気がない以上どちらかしかない。
「…次開いたら行くか」
また一人扉の向こうに消えていくのを見送ってそう呟く。
もしかしたら割り込む事ができず入れないかもしれないが、そのときはその時だと思い晶は扉の前に立つ。
遂に扉が開く。
閉じてしまう前に早く行こう、と晶は扉が開ききる前に扉の向こうへと進んでいった。
扉の向こう側に行って晶が最初に見たものは一面の白だった。
雪景色などの比喩に使われる意味ではなく、言葉通りの意味の白。
床も壁も天井も全てが白くその境目すらわからないほどであり、もしかしたら壁も天井もないのかもしれない。晶が立っている以上床はあるのだが、それすらも晶自身が本当にあるのかとあやしくなってしまうほどの白。
「貴方の名前と死んだ理由を教えてください」
突然そんな言葉が正面から聞こえた。
晶が慌てて声のした場所を見ると、そこには恐らく女性だろうと思われる人物がいた。
恐らく、というのはその人物の顔が見えないからである。背中に伸びる銀色に輝く髪、決して体格が良いとは言えない見た目と中性的だがやや女性よりな声から恐らくは女性なのだろうと晶はそう判断した。
何かを書いているのだろう。その女性は部屋と同じくらいに白い机の前に座り視線を手元に固定しながら手を休める事なく動かしていた。
しかし、晶は混乱と緊張から口を開くだけで女性の発した問いに答える事ができずにいた。
今までいた黒い空間とは真逆の白だけで造られた空間に変わった事と女性の発した質問に対する混乱。
そこにいた今までの#死人__しびと__#達とは明らかに違う人物に対する緊張。
他にも様々な事が晶の頭の中に浮かんでは消えていく。
「うおっ!」
そうして答えずにいると、不意に自身の横を通って行く人物に気がつき女性の方に集中していた晶は驚きに声を上げる。
晶の声を聞きやっと目の前の人物は手元に向けていた視線を此方へと向けた。
そうして見えたのは人形のように端整な顔立ちに髪と同じく銀色に輝く鋭い瞳の女性だった。
その鋭い瞳で晶ともう一人の人物を見据えると手元に視線を戻して手を動かし始める。
晶はその様子に何か言おうとしたが何を言えばいいのかわからず何も言えなかった。
言いたい事、というよりは聞きたいことは沢山あったはずだ。
けど、いざ言葉にしようとすると何から聞けばいいのか、何を聞きたいのかが分からなくなってしまった。
そうして晶が悩んでいるうちに女性から声がかかる。
「あなたの名前と死んだ理由を教えてください」
それは最初に晶が聞いた言葉と同じだった。
「田中 実。車の運転の不注意による衝突事故」
「えっ、お、俺は…」
女性はもう一人の方に聞いたのだろうがそれが分からず、答えようとしたが言葉にならない声しか出せなかった。
「貴方には後程伺いますので少々お待ちください」
そんな女性からの言葉に晶は「はぁ…」と気の抜けたような返事をすることしかできなかった。
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