第22話 悲観論の毒


さて、ファミレスと聞いて人々は何を想像するだろう?

ガスト、サイゼリア、ココス、ジャンルは違えどバーミヤンや少しお財布に優しくないロイヤルホスト、その種類は実に多種多様である。

が、この近所にあるのといえばそう。


...joyfulである。


ここは比較的シンプル、ザ・ファミレスといってよいレベルなまであるファミレスだ。

しかし、全国に展開はされていないため、よく某ホームセンターと間違えることがあると思うけど...あっちはジョイフル本田、覚えておこうね。


そんな感じで俺たちはとりあえずドリンクバーを注文した上で、俺一人、向かいに秋乃と古市といった構成になるように向かい合って座った。


でも...あれ?なんで店員さんもう一回来てんの?

あれ?なんで熱々のドリアが運ばれてくるの?



「...あのさぁ...。」

「ん、何?」

「何じゃないよ君さぁ...。」

いつの間にか古市はスプーンいっぱいにすくったドリアを口に入れていた。今から話そうかと悩んでいた矢先にこうリズム狂わされるとなるとやってられないよほんと...。


「秋乃もなんか言ってやれよ。ほら、状況的にさ。」

「そのドリアおいしいですか?」

「...うん、おいしいよ。」

「そりゃここのは大体いいからな...。って違うだろ!ボケるな!」

「えへっ。」

「お前後でしばきまわすぞ...。」


俺は毎度のごとく盛大にため息をついた。ほんと、なんでこんな奴らに話そうだなんて思ったんだろうか自分を恨みたい。

「んむ...別に、食べながら聞くから...問題...ない。」

そう言って古市はスプーンをカチャカチャ鳴らすのを続ける。これ以上反応しても仕方ないので秋乃にそれじゃあとアイコンタクトを取って俺はやっと自分のペースで話を切り出した。


「まずさ、秋乃。さっきの話どこから聞いてた?」

「公園のですよね?」

「そうそう。」

「んーっと、急に何の用だ~ってところからですね。」

「全部じゃねえか...。」


話の全貌を聞かれていたとなるとまずい話持ち出さなくてほんとよかったっと俺は胸を撫で下ろした。...違う、そうじゃない。


「じゃあさっきの話、全部聞いているという認識でこっちも話すぞ。」

「はむ...了解。」

古市は一瞬手が休まったタイミングで了解のサインを出した。器に入ったドリアがもう半分なくなっていたことに恐怖を覚えたが。


「...いや待て、まずは古市に中学のときの話を話さなきゃだめか。」

「あ、私にもちゃんとした説明お願いします。何しろ他学年の話だったので詳しいことはあまり知らないんですよ。先輩が割りと色濃いところで関与していたのは知ってたんですけど、いろいろあって聞けなかったんですよね。なにせ先輩は受験期真っ最中でしたからね。邪魔するのも迷惑かと思いまして。」

「お、おう...。そうか。」


秋乃が真顔でこう真人間みたいなことを話す事が驚きで俺は曖昧な返答を送るほか無かった。

とりあえず、もう一度リセットするために俺は手元にあるコーヒーを一口啜った。

俺は元来あまりシュガーやミルクを入れるたちではないので、当然その味にはしっかりと苦味が刻まれていた。

...最も、今から話すことはそんなことよりももっともっと苦いものなのだが。


「んんっ...。そうだな。どこから話そうか。」

「中学校の話からしておきます?」

「そうだな。...俺と秋乃が通ってた中学校は、素行が悪い奴が別段多いわけでもないが...いじめが起きていることはあったんだ。...秋乃の学年はどうだった?」

「えーっと...いや、無かったですよ。なんせ学年主任がこの学年はここ数年で1番優秀な学年だ!なんて言ってましたし。...まあ、仲がいいってわけでも無かったですけど、いじめ等はなかったかと。」

「ああそう...。んでそれで、俺の学年ではいじめがあったんだが、その対象になっていた生徒が、当時俺が好意を抱いてた人だったんだ。名前は河佐葵。何を取っても優秀と言って過言じゃない人間でな。...当時何も知らなかった俺は、そんな河佐に恋心を抱いてた訳なんだよ。」

「なるほど...。あっ。」


秋乃のほうは何かを察したみたいで、そこから先は何も喋らなかった。一方の古市はというと、なにやらまだ分からなそうな顔をしていたが、手に持っていたスプーンは止まっていた。


...いや、ただ食べ終わってただけだった。何を見てたんだよ俺は。


「それで俺は河佐に告白をしたんだよ。...はっきりと思い出したくない分、詳しい日付は少し忘れてしまったが、三年の夏の話だ。...その日は晴れていてな。俺は河佐について何も知らなかったんだ。いじめられていることでさえ。でも、彼女はよく屋上にいたことから、こんな晴れた日ならきっといるのだろうと思った俺は迷わず階段を駆け上がっていった。そして河佐はいた。けれど、俺の告白を受けるや否や、そのまま屋上のフェンスを登り、向こうにたどり着いて、そこから飛び降りたって訳だ。...以上が、前提の話。」


俺は言葉を進めるたびに痛くなっていく胸をなんとか押さえながら全てを話した。その雰囲気が出ていたかどうかははっきりとは知らないが、場にふざける人は流石にいなかった。

秋乃は神妙そうに頷き、古市はどこか悲しそうな目で俺を見ていた。

その瞳は何が映っていたのだろうか、俺は知らない。

けれど、その悲しい目は決して同情ではないことだけは一瞬で判断できた。


場に沈黙が流れる。落ち着かなくてまたコーヒーを一口啜るも、その落ち着きの無さは変わらなかった。


そんな状況を察してか、最初に口を開いたのは秋乃だった。

「詳しいことは私も知りませんでしたがそこまでだったとは...。」

「ああ、公になるとまずいからな。秋乃はどこまで知ってたんだ?」

「三年の先輩の一人が、屋上から飛び降りて自殺したとだけ。...まあそれこそ、風の噂でいじめだったんじゃないか?みたいなのは入ってたんですけど。」

「なるほど。...ただ、今のも真相の七割くらいでしかない。俺は最後の部分においての当事者でしかないからな。」

「...それで、さっきの女の子と、何の関係が?」

「あぁ、そうだ。本題はそっちか。」


古市に示唆されて俺はようやく本題を思い出す。そうだ。美春のことだ。それも話すためにここにいるわけなんだから。


俺は二三度咳払いをして話を続けた。


「さっき俺と一緒にいたのは瀬野美春。簡単に言うとまあ...幼馴染だ。期間で言うともう小学校前からの付き合いになるな。...ただまあ、幼馴染って言っても中学生なんかになるとその距離が離れていってな。...あいつは河佐と友人だったみたいだが、そのことを知ったのもついさっきなんだ。」

「...だから泣かせたの?」

「いや話し飛びすぎな。...」

そこから後の言葉が出てこない。理由は簡単、実際俺自身が何を考えているのか分からないため、そこから先を知らないからだ。

だから俺は口元で数回甘噛み。その様子にいち早く反応したのは秋乃だった。


「まとめるとこうですね。先輩は中学のときに同級生だった河佐先輩が好きで、先輩の幼馴染である瀬野先輩はその河佐先輩の友人で、分け合って拗れているという訳ですね。...それで、泣かせた要因としては?」

「話をまとめてくれたのは非常にありがたいんだが...待ってくれ、俺自身が思っていることを整理できてないんだ。」

そう言って俺は頭を抱えた。全く、言うだけ言って何なんだと思ってしまう。


しかし、ふつふつと想いは湧いている。俺はそれを取り留めのないままポツリポツリと話し出した。


「あいつは...河佐がいないことを、多分ずっと引きずってるんだと、思う。」

その第一声にどこか気に食わないところがあったのか秋乃がすかさず食いつく。


「思うって...先輩は、そんな大切だった人のことをすっぱり切り捨てられるんですか?」

「違う、そうじゃないんだ。...確かに俺も後悔しか残っていない。...けどな、少しだけ、前を向く術を知ったんだよ。立ち止まってただ何かを後悔しているだけの行き方じゃだめなんだと、教えてくれた人がいるんだよ。...けれどあいつは、そうじゃない。簡単に言えば...あいつは今までの俺とそっくりなんだ。」


言い切って始めて分かった。多分、これが答えだ。

だから俺はあいつにあんな言葉を言ったのかと、自分で分かって、だんだんと後悔の念が浮かび上がってくる。

そんな類のものは欲しくない。いつもなら首を横に振って忘れようとしたが、俺は何もせずにいた。

そして、どこかしら察しのいい秋乃は何かに気づいたようで。


「でも先輩、それって...。」

「分かってる。分かってるんだ。」


分かっている。俺の生き方が少しだけ変わったことを、それを誰かの人生に押し付けているだけなんだって。

でも俺は美春に気づいて欲しいんだ。後悔に支配されるだけの生き方には、何も無いことを。

けれど、その資格が俺にあるのだろうか?


俺の決意は一旦そこで止まった。


そして、全てを聞いて古市はおのずと少し弱弱しく口を開いた。

「どうしたいの?」

「え?」

「須波君は、彼女のことどうしたいの?」

「それは...。」


古市のほうに目を向けると、真っ直ぐな瞳を持った古市がいた。

その圧に少しばかり気押され、俺は息を呑んだ。

「昔のことは分かった。須波君の、彼女への気持ちも分かった。...けど、どうしたいかは、聞いてない。須波君は、どうするの?」

「俺は...、俺は、ちゃんとそんな美春に向き合いたい。もう一度、あいつが心から笑えるように、向き合えたらって...そう思う。」

「...そう。」

古市は慈しむように微笑んだ。その一方で少し黙って話を聞いていただけだった秋乃は少し肩を揺らして笑っていた。


「先輩、くさいっすね、台詞。」

「うるせえよ。...これくらいしか出てくる言葉が無いんだよ。」

「...まっ、先輩らしくてよかったです。私たちも、こう関わった以上責任、取れる範囲でちゃんと取りますよ。ねっ、古市先輩。」

「...うん。」

秋乃が古市に確認を取ると古市は一度しっかりとうんと頷いた。


ここまで話して、ようやく肩の力が抜けた。

抱え込んでいたものが一瞬で楽になるように。


ただ、それは変わりに誰かに責任の共有をさせるというものであって、当然、リスクもある。

それを負わせてしまっていることは重々承知して、俺は少し甘えることとする。


「...ありがとな、本当に。...それで、これからどうするんだ?俺は元々帰るつもりだったわけだからいいんだけど二人はどうなんだ?一応荷物は持って出てるみたいだけど時間的には学校に帰れないことは無いぞ。それにあれだろ。古市の場合学校を無断で出てるんだろ?」

「そこは...大丈夫。」

ぐっと親指でグッドサインを作り俺に向ける。その顔には少しばかりのドヤが浮かんでいる。


「まっ、私が口実になればいいんじゃないですかね?どうせあの先生、そんなに細かいことでは怒らないでしょ。」

「ははっ、だと良いんだがな...。」

俺はもたれかかっている椅子の背中の部分より後ろに目を向けて、乾いた笑いを飛ばした。いやだってさ、俺だったら絶対しばかれるからね。


まあいい、そんなことは。

とりあえず今どうするのかは決まったみたいなので今日のところは一旦帰り、もう一度家でよく考えることにしよう。


「じゃあ、俺は言ったとおり帰るわ。あと、ここの金、俺が持っておくから。」

「あ、ありがとうございます~。」

「うん、ありがとう。」

俺はとりあえずてきぱきと支払いを済ませ、外へと出て行った。


空はまだ青い。少しオレンジが混ざっているが空は青いという本質は奪われていない。

このオレンジが毒だとするならば、空はまだ侵食されてないと言えよう。

俺も、今はこんな感じなんだろうか。











俺は一度、似たり寄ったりの空に手を伸ばした。



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