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 衆人環視の中、ジョゼが「では読む」と一言おいて、バザックの書状を読み上げる。


『大罪人、ルーシエ。


 貴様のような性悪に詫び状などと、本当は嫌でたまらないが、父上が出せとうるさいので仕方なく書いた。

 慈悲深いわたしが閨に誘っても無視するくせに、父上と母上に取り入るのだけはうまいな。』


 そこで、アレンが「うわ……」と引いたように呟き、アマンダ以外のこの書状の内容を知らなかった者達が息を呑んだ。そして、マリエルが「サイテー」と吐き捨てる。


『ずる賢い公爵の策略で、どうやら王女になったらしいが、たかが小国、わたしの国とは比ぶべくもない。

 それとも、わたしに少しでも釣り合おうと、公爵に独立を願ったか? 実に浅ましいな。だが、そんな努力は無駄なことだ。

 わたしはアマンダを愛している。貴様のような女狐とは違って、アマンダは心根が優しく、実に可愛らしい女性だ。未来の王妃には、彼女こそがふさわしい。』


 そこで、マティアスはふっと皮肉な笑いを零した。

 まさか、この愚か者もこのような場で、それが大いなる勘違いであったことを知ることになるとは思わなかったに違いない。

 周りを見れば、マティアスと同じように吹き出したり、笑いを堪えている者もいる。


『しかし、そんな愚かな貴様にも機会を与えてやろう。

 慈悲として、王宮付きの娼婦として貴様を雇ってやる。もちろん給金はないがな。卑しき罪人の貴様が、貴族と交われるのだ。嬉しいだろう?

 貴様は薄汚い内面とは違って、容姿だけは優れているからな。たまには、わたしも抱いてやってもいい。嬉しくて涙が出るだろう?

 寛大なわたしにせいぜい感謝するのだな。


 オランディア王国王太子 バザック・オランディア』


「うわあ……、信じられないクズ……」


 呆気にとられた空気の中で、アレンが呻いた。マティアスとしても同意でしかない。

 断罪する側のみならず、アマンダ以外の取り巻き達は非難するようにバザックを見つめている。


「く、クズとはなんだ! わたしは王太子だから許される!」

「一国の王女にこんな書状送ったら、普通戦争になるよ? ……というか、これが詫び状なの? これで? いろいろとありえないんだけど」


 呆れたように言うアレンに、愚かにもバザックはなおも噛みついた。


「それがなんだ! たかが小国相手、オランディア王太子のわたしなら許される!」


「──そうか。そこまで言うなら、そろそろ引導を渡すとするか。心して聞け」


 マティアスは手にしていた二つの書状のうち、一つを開いて重々しく読み上げる。


『オランディア王国国王、アイディン・ファイサル・オランディアは、王太子バザックを廃嫡し、王族の身分を抹消することとする。

 今後、オランディア王家は、バザックと一切関わらない。』


「な……っ」


 しんと静まった場の中で、バザックだけが身を震わせて叫んだ。


「そんなものはでっち上げだ! わたしが廃嫡だと! 父上がそんなことをするわけがない!」

「では、ここにあるサインもでっち上げとでも言うのか? いくらなんでも、国王の手蹟しゅせきくらいは分かるだろう」


 マティアスがバザックの目の前にその書状を突きつけると、みるみるその顔が青くなる。


「そ、そんな馬鹿な! わたしはオランディアのために良かれと思って……!」

「国王の命に背き、詫びに行くと言いながら侵攻しようとしていたのだから、切り捨てられるのは当然のこと。もっとも、ルーシエとの婚約破棄の時点で幽閉していれば、オランディア王家も他の貴族に一斉に見限られることもなかっただろうに」


 そこで、取り巻きの宰相子息が口を挟んだ。


「それでは、わたし達の家はもうオランディアの貴族ではないということですね」

「……そうだ。さすがに有力な貴族を捨てるには惜しい。問題ないと判断した家は、我がルシリエ王国に迎えた」

「では、わたし達を家に帰してください。なかなか帰ってこないわたし達に、家の者もさぞかし心配していることでしょう」

「そ、そうです、そうです!」


 取り巻き達とアマンダが必死に頷く。

 ……これほどまでのことをしておいて、なぜ無事に帰ることが出来ると思えるのか、その思考が謎である。見れば、他の者も呆れ果てている。


「それは無理だな」

「な、なぜですか!?」


 すげなく答えたマティアスに、宰相子息が食い下がる。


「そこの者達全員、それぞれの家から既に勘当されているからだ。だから、先程問題ないと言ったのだが? そうでなければ、我が国が受け入れるわけはない」


 マティアスが冷酷に告げると、取り巻き達とアマンダが絶句した。

 すると、今まで放心していたバザックが彼らを嘲笑った。


「はははっ、いいざまだな! わたしを裏切ろうとするからそうなるのだ! おまえ達は父上に言って、相応の罰を受けて貰おうか!!」


 アマンダはともかく、バザックに追従していたからこそ、取り巻き達がこうなったのだが、未だに彼はそのことを理解していないらしい。


「……おまえはオランディア王家から縁を切られたはずだが?」

「ち、父上は耄碌しておられるのだ! だから、これはなにかの間違いだ! 間違いは訂正しなければならない!」


 どの口がそんなことを言うのかと内心呆れかえるが、マティアスは愚か者達を断罪すべく、次の書状を開けた。


「それは既に手遅れなようだな。さすがにこのような者、王族として再び迎えるわけにはいかないだろう」

「そんなことは……っ!」

「──さあ、次の書状だが、大神殿からだ」

「だ、大神殿? なぜ……」


 訳が分からないというような様子のバザック達を無視して、マティアスは高らかに読み上げる。──さながら宣言するかのように。


『──平民バザック、アマンダ、ロトフィ、アーセン、ザカリー。


 以上の者、神が唯一定めし巫女姫に対する度重なる侮辱の数々、神を愚弄することと同じと心得よ。

 ご託宣により、破門の上、賤民とす。


 大神官 ユーロジ・トレゾア』

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