チート過ぎるご令嬢、国外追放される

舘野寧依

1

「ルーシエ・ローゼス、貴様は公爵令嬢であることを笠に着て、男爵令嬢のアマンダを虐めた! そんな女を婚約者になどとんでもない。貴様との婚約は破棄する!」


 舞踏会の最中、茶色の髪の可愛らしい少女の腰を抱いて、この国の王太子であるバザック様がそう叫びました。……婚約破棄は一向に構わないですけれど、破棄する前から不貞の証明をしているのはどうなんでしょうか。

 二人を取り囲むようにして、宰相様のご子息、近衛騎士団長様のご子息、魔術師長様のご子息もわたしを憎々しげに睨んでいます。……なんですかこれ。吊し上げですか?


「……虐めるもなにも、わたしはその方とは初対面なのですけれど。それにわたしにはその方を虐める理由がありませんわ」

「なにを言う! わたしの寵愛を受けるアマンダに嫉妬したのだろう! 潔く罪を認めろ!」


 ……嫉妬どころか、婚約破棄されて喜んでいるのですけれど……。それは言わない方がいいんでしょうね。


「ですから、やっておりません。神にかけて誓えますわ」

「貴様は神の名においてまで虚言をするか! このような罰当ばちあたり者を許してはおけぬ。ルーシエ・ローゼス、貴様を国外追放する! 誰かこの無礼者を引っ捕らえよ!」


 王太子様とアマンダ嬢、取り巻き以外の方がひっと息を呑みました。近衛騎士達はあまりのことに動けないようです。

 すると、騎士団長様のご子息が前に出て、わたしを拘束しようと腕を伸ばしました。


「この慮外者が、どなたに向かってそのような真似をするか」


 わたしの護衛が騎士団長様のご子息の腕を捻ると、ご子息はその痛みのあまり呻き声をあげました。……わたしの護衛は精鋭ではあるけれど、こうも易々と反撃に遭うなんて、普段あまり鍛錬をされていないのかしら。


「……そのように捻り上げてはお可哀想だわ。もう離してあげて」

「はい、ルーシエ様」


 わたしの護衛は騎士団長様のご子息を王太子様の傍に突き飛ばしました。


「なっ、無礼な! なぜ貴様はわたしの命令を無視してルーシエをかばう!」

「なぜもなにも、わたしはルーシエ様の護衛ですから。ルーシエ様をお守りするのがわたしの使命です。ルーシエ様を害するというなら、排除するのが筋でしょう」


 さ、行きましょう、と言って、護衛はわたしを促しました。


「それでは皆様、ごきげんよう。……あ、それから最後に王太子様」

「なんだ!」


 憤懣ふんまんやる方ないというふうに王太子様は返します。この方と離れられて本当に良かったわ。


「わたしがあなた様に好意を持ったことは一度たりとてありません。ですから、嫉妬などありえないのです」

「……負け惜しみを!」


 ……真実を申しただけなのに、なぜ負け惜しみ? どこまで自信過剰なのかしら。

 まあ、この方からようやく解放されたのだから、とりあえず良しとしましょう。

 わたしは護衛を引き連れて、舞踏会の会場を意気揚々と後にしました。


   * * *


「この大馬鹿者が! なんてことをしてくれたんだ!!」


 ルーシエとの婚約破棄後、バザックは父である国王に呼び出された。その剣幕にバザックは一瞬怯えたが、すぐに尊大に胸を張った。


「いいえ、わたしは正しいことをしたのです。あの女は公爵令嬢という身分を笠に着て、アマンダを虐めました。それに、神に虚言を誓ったのですよ。あの処分は当然だと思います」

「……どこまでも愚かだな。ルーシエ嬢が神に対して虚言などありえん。こちらがルーシエ嬢とローゼス家に頼み込んで成し得た婚約をおまえは台無しにしてくれた。いわば、これは王命。おまえはこの責任をどう取るつもりだ」


 厳しい目で国王はバザックを射抜く。それにたじろぎながらバザックは言い返した。


「しかし、あの女はことあるごとにわたしに纏わりつきました。あの女がわたしに惚れていたのは間違いありません。そしてあの女がアマンダを虐めて……」

「そのようなことはないと言ったであろう! 纏わりつくというのは、おまえにルーシエ嬢が幾度も諫言したことか? それならば理由がある。わたしがルーシエ嬢におまえの教育を頼んだからだ。わたしが付けた教育係の言うことを聞かないおまえに対する苦肉の策だったが、本当にルーシエ嬢には申し訳ないことをした。おまえはルーシエ嬢に今すぐ詫びを入れろ! そうすれば、最悪の事態を免れる!」


 国王の言葉に、しかしバザックは嫌そうに顔をしかめた。


「しかし、罪人に王太子であるわたしが詫びを入れるなど……」

「おまえはなにを聞いていたのだ! ルーシエ嬢はれっきとした被害者だ!」


 あまりの話の通じなさに、国王は憤って玉座から立ち上がり、次の言葉を紡ごうとした。だが、その時。


「陛下! ローゼス公爵が辺境伯と手を結んで独立を宣言しました! 周辺諸国はすぐさまかの地を王国として承認したということです!」


 血相を変えて飛び込んで来た近衛騎士の報告を聞いて、国王は昏倒した。

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