第15話

 いつもより早く終わった誰もいない店内で、本を読み魔法屋さんが来るのを待っていた。

 今日のカリダ食堂のお昼は唐揚げ定食。


 ニンニクと生姜と醤油で漬け込んだ、大きめな鶏肉に、小麦粉をまぶしてカラッと揚げ。

 熱々をそのまま食べてもおいしい唐揚げに、大根おろしと醤油、タルタルソースをかけた唐揚げが三つずつ乗り、大盛りご飯と豆腐と揚げの味噌汁とお漬物。


 カリダ食堂特製唐揚げ定食、お昼になると店はお客さんで満員。飛ぶように出て用意した分はすぐに完売した。


 終始、唐揚げを揚げていた大将さんとニックは、疲れたと、港街にある温泉施設に行ったらしい。


 残ったご飯と唐揚げを女将さんに貰い、今日の夕飯はタルタル唐揚げ丼と唐揚げを具にしたおにぎり。残っていた洗い物も終わらせた。



「ふわぁ、そろそろ来るかなぁ?」



 時刻は三時を過ぎた。読みかけの本の上で、うとうとしかけた時に店の扉が開く。


 来た? 子犬ちゃんと魔法屋さん? 

 妄想の中では魔法使いのように転送で、店の中に現れるかと期待したのだけど、普通に入り口が空いた。


 少し残念。


「キュ」

「すまない、遅くなった」


「おかえり、子犬ちゃんと……あれっ?」


 この声と感じは昨日会った魔法屋さんじゃない? 薬指に赤色の石がついた指輪が見えた。



(え、嘘)



「もしかして、もしかして先輩なの?」


「久しぶりだな、ルー」

 

 深く被っていたフードを脱くと、銀色の髪がさらりと落ちて、赤い瞳の変わらない先輩がいた。


「頼まれた氷を届けに来たけど、冷蔵庫はどこ?」


 先輩は持ってきた氷を見せた。


 え、どう言うこと?


「どうして先輩が? 魔法屋さんに頼んだ氷を運ぶの? それに子犬ちゃんも一緒?」

「あぁ、それはな。魔法屋は俺の双子の弟がやっている店なんだ」


「ふ、双子、弟? 先輩には弟さんがいたの?」


「ルーに言ってなかったっけ?」

「うん、聞いていないわ」


 学園で一年以上も先輩と一緒にいたのに、先輩に双子の弟さんがいるなんて初めて知った。


「キュン」


 足元で鳴いた子犬ちゃんを抱っこしようとすると、横から手が伸びて、先輩が奪い子犬ちゃんを抱っこした。


「キューン」


「ルーは疲れてるんだから我慢しろ。子犬は俺がみてるから、氷をしまっておいで」

「そうするね、ありがとう」


 調理場に入り、木製でできた冷蔵庫に氷を袋から出した。

 

 こ、これが魔法で、できた純度の高い氷。


 透明で艶々ピカピカ、これ絶対にかき氷にしたら美味しいわ。苺とかレモンの蜜をたっぷりかけて……くぅー食べたい。


(ゴクリ)


「ルー、いくら氷が美味そうだからって。冷蔵庫を開けっ放しだと魔法の氷でも溶けるぞ」

「キュン」


 え、振り向けばカウンターから、先輩と子犬ちゃんが調理場を覗いていた。

 先輩にいたっては「美味しそう」って、今の独り言、丸聞こえ……恥ずかしい。


 氷を専用棚に置き、冷蔵庫を閉めてカウンターの先輩に声をかけた。


「先輩はこのあと時間がある?」

「んーっ、少しならあるよ」


 じゃー上の私の部屋に行きましょうと先輩に言うと「俺がルーの部屋に入っていいのか?」驚いた顔をした。

「先輩は特別ですよ」と返すとしばらく黙り込み。困ったように微笑んでお邪魔するよと返ってきた。


 嬉しい、久しぶりに先輩といれるんだ。


「先輩! 早く来て、こっちです」


「わかった、わかった」


 トレーに作った料理を乗せて、店を施錠したあと、二階の部屋に先輩を案内した。


 私の部屋はベッドとタンス、食器などを入れる棚だけのシンプルな部屋。先輩はそれを見渡して息を一つ吐く。


「お邪魔する」


「どうぞ、先輩。何もないけど好きなところに座って、いまお茶菓子を出すから」


「ああっ、少しは落ち着け」

「もう、落ち着いてますよ」


 私はタンスの一番下の段を引っ張り出して漁る。そこからはチョコにクッキーなど港街で買い込んだお菓子が出てくる。


「また、たくさんの菓子をため込んだな」

「そうですか? 夜食でけっこう食べちゃったから、いつもよりは少ないですよ」


「キュ」

「それでかぁ⁉︎」


 驚く先輩と子犬ちゃんの前に、山盛りのお菓子のカゴを置いたけど、大切なものがないのに気付く。


「そうだ、お茶を入れないと」

「こら、落ち着けと言ってるだろう」


 先輩が床をトンと叩く。その手のひらの下に魔法陣が浮かんで、カシャンと音を出してティーセットが現れた。


 魔法だわ⁉︎ わたしはその魔法に目を奪われ、心を奪われて先輩の前に座る。


「やっと落ち着いたのか……まったく、ルーは魔法が好きだな」


 魔法が好き? それは先輩もだよ。


 だって、魔法を使うときの先輩だって、いつも楽しそうに口角が上がってるくせに。

 先輩は指をパチっと鳴し、ポットとティーカップを浮かばせた。


「わあっ」

「キュ」


 そしてパチっともう一回、指を鳴らすとポットから、温かい紅茶がカップに注がれる。


 その紅茶の入ったカップを取り。


「ルー、砂糖とミルクにレモンどれが欲しい?」

「レモンが欲しいです」


 そう答えると、先輩は輪切りのレモンを出して紅茶の中に落とした。

 次に空いているカップにも紅茶を注ぎ、自分の前にと


「ほら」


 わたしの隣に座る、子犬ちゃんの前にも紅茶を置いた。

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