第46話 宿題
『先ほどの救援要請を受理しました。時空管圧壊事件の犯人ジョン・マーフィがいるのはそちらの《ファイヤー・バード》という船ですか?』
「そうです! こいつがテロリストです。早く逮捕して下さい」
不意にマーフィが慌てだす。
『待ってくれ! 私がテロリストだなどという証拠がどこにある? すべてはその女の狂言だ!!』
それを聞いた巡視船の船長が呆れ顔になる。
『ジョン・マーフィ。もしかして君は何も知らないのかね?』
『知らないって? 何を?』
『一週間前から君の逮捕状が出てるんだよ』
『なんだって!?』
『十六年前のカペラ系第四惑星で起きた時空管圧壊事件の犯人としてね』
え?
『なぜ、それを……』
『証人が現れたのだよ。十六年前に圧壊寸前のワームホールステーションを抜けてカペラを脱出した人が、漂流の末に地球に帰りついたのさ』
その人って、まさか!?
『その人が帰ってきたのは二ヶ月前だ。それ以来国際警察がずっと内定を続けていた。一週間前にようやく証拠が固まったので逮捕状が出たんだ』
『そんな馬鹿な!?』
『それと逮捕状が出たのは君だけじゃない。君に命令した上司も、君らが隠蔽しようとした地球外知的生命体虐殺事件の関係者も全て逮捕された。それとさっきから艦隊を呼び出しているが無駄だよ。CFCの私設艦隊は全て武装解除された』
『そんな……私は……今まで……なんのために……』
マーフィは混乱状態に陥った。
数人の部下が慌てて駆け寄りマーフィを取り押さえる。気を利かせた部下が通信機のスイッチ切り、あの不愉快を撒き散らす男の映像はディスプレイから消えた。
「あの……ちょっといいですか?」
巡視船の船長があたしの方を向く。
『なんでしょう?』
「その漂流から帰ってきた人の名前は、教えてもらえないでしょうか?」
『申し訳ありませんが、それは教えられない事になってるんです』
「なぜです?」
『マルタイという言葉をご存知でしょうか?』
「護衛対象者を意味する、警察用語と聞いてますが」
『彼は極めて重大な事件の証人なので、常に命を狙われる危険があるのですよ。ですから名前も顔も一切公表できません。名前がばれれば家族にも危険が及びますので』
「そうですか」
『不憫なものですよ。十六年ぶりに帰ってきたというのに、奥さんや娘さんに会うこともできないのだから』
やはり、そうだったのね。
この前はこっそり、あたしの顔を見に来たのね。
お父さん。
「美陽。その人って?」
慧も気がついたようだ。
あたしは無言で頷く。
「十六年前にカペラを脱出した人って!?」
サーシャがあたしの元に歩み寄る。
「美陽! 頼めば会わせてもらえるわよ。会ってきなさいよ」
「今は……いい」
「どうして!? お父さんに会いたかったんじゃなかったの?」
「お父さんは、この前会いに来てくれた。サーシャと飲んだ帰りに……」
「ええ!?」
「チラッと姿を見ただけだけど、話もできなかったけど……今はそれで十分……」
「いいの? それで」
「うん。お父さんがどんなに、あたしに会いたがっているか分かったから……今は」
「なあ船長。そんなに強がりを言わなくても、会わせてもらえれば」
あたしは教授を見る。
「強がってなんかいません。それに、今父に会っても、あたしは何を言えばいいのか分からないんです。全ての裁判が終わって、父の身が完全に安全になるまで、それをあたしの宿題とします」
そう。まだ父は完全に安全ではない。
今、感情に負けて会いに行けば父だけでなく、横浜にいる母にまで危険が及ぶ。
相手は巨大企業コズミック・フロンテァ・カンパニーだ。さっき巡視船の船長は、すでに解決したような事を言っていたが、あれはマーフィを逃がさないためのはったりだろう。
武装解除された艦隊も《楼蘭》の部隊だけだろう。今でも、国連の力が及ばない宙域では奴らは動き回っているに違いない。
そして今も逮捕を免れて、動き回ってる者もいるはず。奴らは仲間を助けるために証人を消そうとやっきになっているはずだ。
それに、あたしはまだ感傷に浸ってる場合ではない。
やらなきゃならないことが山ほどある。
今回の調査の報告をしなきゃならない。
カペラとのワームホールを復旧しなきゃならない。
崩壊寸前の浮島で待っている猫達を助けなきゃならない。
ああ、それとマイク君の就職先を世話してあげなきゃね。
でも、それは慧がやってくれるかな。
その前に今、やるべきことは。
「あーあ、エアコンの利きが悪いのかな? 汗かいちゃった」
あたしは目の周りについている「汗」をぬぐう。
見ると巡視船群はすでに《リゲタネル》の周囲に到着していた。
《ファイヤー・バード》は巡視船に取り囲まれ拿捕されていた。
あたしは巡視船の船長にお礼を言って通信を切りみんなに向き直る。
「さあみんな出発よ。地球に帰るまでが調査活動よ」
《リゲタネル》は《楼蘭》の港に向かって動き出した。
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