第9話 重力波
通信機がマーカーの発するビーコンを捕えた。ビーコンのパターンから見て、それが《楼蘭》へつながっていたワームホールのものだと判明。
「慧。マーカーを見つけたわ。ビームの照準を合わせて」
「了解」
慧は慎重に狙いを定めていく。
結局 《リゲタネル》が月に戻ってきたのは、ワームホールの圧壊から四十時間が経過してからだった。
そんなに時間がかかったのは八王子のドックで《リゲタネル》に高精度の重力波検出装置を装備していたから。
教授はそんなの物をなんに使うつもりか分からないが、ワームホールを抜けたらすぐに重力波に気をつけろと言っていた。
「照準セット完了。ビーム発射十秒前」
慧はそのままカウントダウンをゼロまで読み上げていく。
ゼロと同時にビーム発射。
眩く輝くワームホールの中に《リゲタネル》は突入していった。
特異点を越える。
そして《リゲタネル》は《楼蘭》から十万キロ離れた宙域に出た。
「先生! 重力波です」
慧が叫んだ。
あたしもディスプレイで確認する。
確かに、微弱な重力波が出ている。
発生源は、そんなに遠くない。
レーダーを向けると、千キロ先に何か物体があった。
「慧。映像を出して」
「うん」
映像が出る。
なにこれ?
明らかに人造物だった。
直径十メートル程の球状物体が、クルクルと回転している。
「先生。スペクトル分析によると、球体の材質は高純度のオスニウムです。でも、質量が特定できません。どうやら、あのオスニウムはエキゾチック物質のようですが、球体内部に高密度の物質があって、お互いの質量を打ち消しあっているようです」
「やはりな」
教授は一人納得したようにつぶやく。
という事は、あれを知っているのか?
「教授、あれは一体なんです?」
「一種の重力波発生器じゃ。エキゾチック物質の球体の中に、マイクロブラックホールが入っている」
「マイクロブラックホール?」
「あの球体には小さな穴がいくつも開いていてな、そこからブラックホールの重力が漏れている。それをあのように回転させる事によって、重力波を人工的に生みだしておるのじゃ」
「先生はあの装置を知ってるんですか?」
「二十年ぐらい前に、ワシの研究室にいた一人の学生が考えた装置じゃ。まさかあれをまた見る事になるとは」
「重力波通信にでも使うのかしら?」
「本人はそのつもりだったらしい。これは普通の重力波通信に使うのでなく、時空管に共鳴を起こさせる事によってワームホールの反対側に信号を送るというものだった」
「だった?」
という事は、うまくいかなかったのかな?
「シミュレーションでは上手くいった。しかし実際に小型の時空管を使った結果は惨たんたるものだった。何度やっても時空管は圧壊してしまい、とても通信に使えるようなものではなかった」
「じゃあ、今回の時空管圧壊はこれが原因なんですね! うちの時空管の欠陥じゃないんですね」
慧の顔がパッと輝く。
「ほぼ間違えない。こいつが原因じゃ」
「よかった。よかった」
「お嬢……いや、船長。早速この事を地球に知らせよう」
「ええ」
あたしは、この事をレポートにまとめる作業にかかった。その間に、慧には船を《楼蘭》に向けてもらう。
十分後、あたしはレポートをレーザー通信で地球に送った。ここから地球までは八十天文単位。十一時間後には届くだろう。
ついでにあたしは《楼蘭》の日本基地にもレポートを送った。
「ところで教授。その学生はその後どうなったんです?
「失意のうちに、ワシの元を去ったよ。その後の消息は知らん。だが、アメリカやロシアの宇宙機関にそれらしき人物が研究を売り込みに来たという噂を聞いた事がある」
「諦めてないんですか?」
「本人は失敗したのは時空管の強度が足りなかったからだと言い張っていた。まあ、確かにワシは安物の時空管しか用意してやれなかったがな」
「ケチねえ。頑丈なのを用意してあげればいいのに」
「いや、時空管に十分な強度があったとしても結果は同じじゃ。例え最初は成功したとしても時空管に余計な負荷をかけ続ければ劣化を早めてしまう。どっちにしろ、使い物にならん」
「そんなものですか?」
「ああ。だが、他の使い道ならある」
「え?」
「通信機ではなく兵器としてならな。実を言うとワシは彼がそれに気がつくのをずっと恐れていた」
「恐れていた事が現実になってしまったんですね」
「そうじゃ」
この人、思ったより、マトモだったんだな。
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