ファースト・ドロー 機械仕掛けの神 1-1

「……おおー! 結構いい街じゃないですかー! マスター!!」

 仕事を辞め、山を下り、バスと電車を乗り継ぐこと数時間。

 アキトとキャロは、この周囲でも特に栄えている街……鉱石車の街〝トヨマ市〟にたどり着いていた。

 れいに舗装された道、行き交う沢山の人々、立ち並ぶ高層ビル、そして道路を通り過ぎていく多数の自動鉱石車。人口も数十万に上る大規模な都市だ。

 自動鉱石車、とは内部にエネルギー鉱石を組み込んだ四輪車両のことで、それと反応する液体を補充することでエネルギーを生み出し走行する仕組みになっている。

 この世界で一般的に車と言えばこの自動鉱石車のことで、今日では世界中で製造され何億という台数が存在し、それなりの収入があれば個人でも購入が可能な値段で製造されている(とはいえその新車は一台何百万GPという値段で、アキトレベルがそうやすやすと買えるものでもないが)。

 アキトが採掘していたエネルギー鉱石〝シルヴァメタル〟を組み込んだモデルも多く、このトヨマ市には採掘されたそれらの鉱石を買い取り車を製造する企業が多い。

 特にトヨマ・カーズという現地企業は世界でも有数の自動鉱石車メーカーであり、この国の車、実にその半数をこの企業のものが占めるほどだ。

 このトヨマ市は、そのトヨマ・カーズの関連企業やその家族、そしてそれを当てにした外食産業などが入り乱れる、周辺でも特に栄えた土地なのである。

「ふんふん、道路はちゃんと舗装され、建物も多く、外食産業も盛ん……うへへ、こりゃあ金を絞りがいがありそうな街ですなぁ……!」

 周囲をキョロキョロと見回しながら、キャロがよだれを垂らしそうな顔で言う。

 どうやら、彼女にとって世の中は金を引き出すための金庫のようなものらしい。

「久しぶりに来たが、また随分と印象が変わったな。さすがに都会は移り変わりが激しい」

 見なかったふりをして、アキトが独りごちる。返事を求めたわけではないが、キャロは横合いから顔をのぞかせ、ちっちっち、と指を振ってみせた。

「やだもうマスターってば、そういう言い方、田舎者っぽいですよぉ? まーカード化技術のおかげで、建物を建て変えるのは簡単ですからねえ」

 カード化技術。それも女神がもたらした奇跡の一つだ。

 ガチャから出現する品は、カードの形で出てくる。ならば、品をカードに封じ込める技術も当然ながら存在するのである。

 と言っても、それを人が己の力だけでできるわけではない。一定の水準を超えた企業が申請をすることで、女神から専用の装置が与えられ、それを使うことでカードに様々な品を封じ込めることができるのだ。

 たとえばそれを使って料理を封じ込めればコールされるまでそれは腐ることがなく、それどころか温かいまま取り出すことすら可能であり、家を封じればその後好きな場所にコールすることでその場所に建て直すことができる。

 わざわざ土地に人が行きそれを建築する必要はない、工場などで組み上げてカード化して持ち運び、建設予定地でコールすればいいのだ。

 とは言え、それには相応のコストがかかる。家や車といった高級品なら良いだろうが、日用品にまでやっていてはとてもではないが採算が合わない。故に、食料や日用品の大規模輸送というもの自体はきちんと機能している。

 もしかしたら、それも女神が人の仕事を奪わないために配慮しているのかもしれないが。

 ……ついでに言えば、この装置では生き物を封じ込めることはできない。

 それができるのは、女神たちだけだ。

「で、マスターとしてはこの街でスタートを切るつもりなんですか? カンパニー経営者として」

「ああ。そのつもりだが……どう思う?」

 無邪気な表情で訪ねてくるキャロに返す。アキトとしてはこの土地にこだわっているわけではないのだが、他にこれといった土地があるわけでもない。

 俺の秘書が(そう考えてアキトは若干照れた。まだ〝俺の秘書〟という表現には照れがある)反対するのならば、別の土地を捜すこともやぶさかではない。

「うん……悪くないと思いますよ。上がってくる収益も十分でしょうし、逆に良すぎてあまりにも競争が激しいってこともなさそうですし。まあ、そのあたりはこれから調べてみることになるでしょうが」

 思案顔で、キャロが答える。おそらく彼女の頭の中では、この市レベルならいくらぐらいのもうけを期待できるか、といった計算が忙しく走り回っているのだろう。

「でも、その前に……やらなきゃいけないことがありますよね? ま・す・た・ぁ」

 ぼうっと彼女の横顔を見つめていたアキトに、突然こちらに向き直ったキャロが妙に甘えた声で言う。

 やらなければいけないこと? なんのことだろう。

 思いつくことはいくつかあったが、どれのことかいまいちピンとこない。

「……何の話?」

 だからアキトは素直に尋ねることにした。するとキャロはフリフリとお尻を振りながら、

「やだっ、もうっ……マスターったら、私に言わせるつもりですかっ! この、スケベッ!」

 と赤い顔をしてアキトの背中をバンバンたたいてきた。……意味がぜんぜんわからない。

「もう、だったら言っちゃいますからねっ!? でも、言ったからって私のこと、イケない子だって思わないでくださいねっ! だからね、……その、ねっ……私、見たいんです……マスターの……〝アレ〟を……」

 言いながら、モジモジと身をよじる。……なにを言うつもりだ? アキトに動揺が走る。

 まさか、この子……。

「そう、アレ……マスターの、いちばん大事な物……、禁断のアレ……人には決して見せない、秘密の花園……マスターの……」

「おっ、おい待て、街中だぞ! なにを言おうとっ……」

 周囲の道行く人々を見回しながら慌ててアキトが止めに入る。だが、キャロはそんなことお構いなしにアキトのおなかを指で軽くつつきながら、ほおを染めたまま言った。

「よ・き・ん・つ・う・ちょ・う……見せてください」

「……はい?」

 ……預金通帳。預金通帳と言ったか。

 ……なんという紛らわしい言い方を……。

「キャッ、言っちゃったあ! もうやだ、私ったら! いえ、そうそう見せられるものじゃないのは分かってるんですよ、でもほら、今後一緒にやっていくにはやはり残高を把握しておく必要があるというか、なんていうか、その運用も一緒に考えなきゃいけないじゃないですか? それにそれに……!」

「いいよ、通帳を見せるぐらい。秘書に確認してもらうのは大事だろうし。はい」

「ヒャッハー!! 預金通帳だああああ!」

 どんよりした目で通帳を差し出したアキトの手から、キャロがそれをひったくる。

 そうして勢いよく退くと、ハアハアと荒い息をしながら、アキトに背を向けてそれをぎょろぎょろと興奮した様子でめるように確認しだした。

「おおおおっ……。結構、持ってんじゃねーか、アキトさんよぉっ……。はあっ、はあっ……へへっ、エロい通帳しやがってっ……。たまんねぇなあ、中身パンパンじゃねーかっ。ああっ、使ってやりてぇ……このあふれるような金を一気に散財してやりてぇなぁっ……」

(……大丈夫かなあ、こいつ……)

 その様子を見ながら、アキトが胸中でこぼす。なんなのだろう、この異様なまでの金への執着は。言っていることもやってることもどこの変態だとまがうばかりだ。

 しかも、それを愛らしい外見と声でやるのだからなんとも言えない。……秘書カードとは、全部こんななのか?

「はー……たんのうしました。ほんと、よくそのとしでここまでめましたねぇ! 相当我慢したんじゃないですか? 正直、鉱夫の仕事もそんなお給料よくないでしょうに」

「まあね。働き始めて、ほとんど何かを買った覚えはないよ。目標が、あったからな」

 少し照れて、そう答える。今まで人に貯蓄のことを話したことはない。笑われるのが怖かったからだ。「いつか起業するために貯金しています」なんて、なかなか鉱夫の身で人に言えるものではない。

 身の程知らず、と言われるのが関の山だ。

「ええ~? とか言って、ここで一回がばっとお金を落としてるじゃないですかあー。何を買おうと思ったんですかぁ? しかも、その後同じ金額戻しちゃってえ! 何かを買おうとして思い直したんでしょ? ええー、おい、はっきり言えよぉ、オラオラ!」

「あっちょ……やめて!?」

 上気した顔のキャロが、がばっと背中からへばりついてきて、アキトの腹をわさわさりながら言う。なんだこれは。完全にセクハラではないか。

 気恥ずかしくなって、アキトが少女のような恥じらいの言葉を上げる。まさか世の中に通帳ハラスメントなどという行為が存在するとは夢にも思わなかった。

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