第8話 宿題
図書室を出たあとネヴィリス伯爵に再度御礼をして、私とゾフィー兄様はコルベーナ邸に戻ってきた。
「ふぅっ⋯⋯」
ゾフィー兄様が珍しく険しい顔をしている。
「どうしたの? ゾフィー兄様」
「あぁ、ネヴィリス伯爵がね、魔界を封じている魔法陣が最近弱くなってると言っていたんだ。魔界から人間界に出没する魔物が増えているらしい」
「たしか、魔法陣を管理している守り人がいるんだよね。魔界にいるんだっけ?」
「そうだよ。その守り人に何かあったのかもしれない。だから今度、調査に行くことになったよ」
守り人とは血の選別によって決まる。
血の選別とは、守り人が亡くなると各国の中で選ばれた強い魔法使いが特殊な魔法陣に血を一滴たらし、魔法陣がその血を受け入れれば新しい守り人になる。
また守り人はその国に莫大な利益をもたらす。
なぜなら守り人は魔界にいるドワーフと鉱物の取引を行うことによって、その自国に専売特許をもたらすからだ。
そのため自国の中で守り人が出ることは、国にとって喜ばしい。
守り人は魔界に住むことになるが、ゴブリンのメイドもいたりして、お屋敷の中は快適らしい。
そんな守り人に、私は憧れを抱いていた。
「魔界の調査に行く日って、昼と夜の長さが同じになる日? 確かメデオ日って言うんだよね」
「そう、アンナは物知りだね。そのメデオ日は魔法陣の力が極端に弱まるから、こちらからも魔界に行けるんだよ。また家を留守にしてしまうね。ごめんね」
「ゾフィー兄様、私、大丈夫!」
気丈に振る舞う私を、ゾフィー兄様は私の頭を優しく撫で、抱きしめてくれた。
そのメデオ日は魔物がすごく増える。
私の実家の領地でもその日は、スライムが出没して大騒ぎになってた。
普段は魔物なんてほとんど見ないのに。
「ところで、アンナ。セイフィードと仲良くなったようだね」
「え、ええ⋯⋯うん」
流石に、私はセイフィード様の奴隷になったなんて言えない。
「それは、よかった。セイフィードは癖のある子だけど、根は優しいから」
ゾフィー兄様、誤解してる。
あいつ⋯⋯、セイフィード様の根は腐ってると私は強く思う。
それにしても、近々また、セイフィード様と会わなければいけないのが
今までは腕輪の魔力がなくなると、メイドさんがセイフィード様のお屋敷を訪れ魔力付与をお願いしに行っていた。
今後は私自身で行う。
その際に、私はセイフィード様の奴隷業務に取り組む。
そして、その日はすぐに訪れた。
腕輪の輝きがなくなってきたのである。
魔力がなくなるにつれ、腕輪の輝きも徐々に失われる。
だいたい10日前後で魔力がなくなるので、以前は1週間毎にメイドさんがセイフィード様のお屋敷に伺っていた。
「あ~ぁ⋯⋯。私、セイフィード様の所に行ってくる」
一緒に勉強していたシャーロットに私はため息混じりで声を掛けた。
「アンナ、わたくしも一緒に付いて行ってあげたいけど、怖ろしくて⋯⋯ごめんなさいね」
「怖ろしいって何が?」
「それは闇の精霊よ。セイフィード様は闇の精霊に祝福されていらっしゃるの。だから彼の周りにはいつも闇の精霊がいるのよ」
シャーロット曰く、精霊に祝福されることは非常に珍しいらしい。
ただ、闇の精霊は呪いなどの魔法に力を貸すため、忌み嫌われている。
「へ~。私も闇の精霊を見てみたいな~」
「アンナ⋯⋯、あなたって本当に、能天気だわ」
闇の精霊って、どんな姿なんだろう。
前世のRPGゲームの闇の精霊を思い浮かべてみたけど、いまいち現実味がない。
シャーロットが恐ろしいって言ってたしな⋯⋯、死神みたいなのかな⋯⋯。
私も、見られることができたらな。
「ご機嫌よう。セイフィード様」
前回お会いした時と同様、セイフィード様は図書室にいた。
「あぁ。アンナか」
セイフィード様は、私をチラッと見ると、唐突に、呪文を唱えた。
『ブルーム・イ・ベントス』
またもや、私の腕輪が瞬時にセイフィード様の手のひらに移動した。
そしてセイフィード様は腕輪を見つめ呪文を唱えた。
『ヴィエコレジェンス』
腕輪を軸に一瞬、魔法陣が浮かび上がり風が舞った。
「魔力付与できたよ。どうぞ」
まるで婚約指輪をはめるように、セイフィードは私の腕に、腕輪をはめた。
私は恥ずかしくなり、赤くなっているだろう顔を隠すため、うつむいた。
それを見た、セイフィード様はニヤニヤ笑う。
前世からの年齢を合計すると28歳なのに、たかが11歳児のセイフィードに振り回されるなんて、どうかしてる。
「それじゃあ早速、始めてもらおうか」
宿題を指差しながらセイフィード様が言う。
魔法中級講座の宿題らしい。
エレメントの文字のような記号をそれぞれ20回書き写す。
これって⋯⋯エレメントって前世の元素記号と類似している。
すいへいりーべぼくのふね、と覚えたあの元素記号。
物質の元素って異世界でも原理は一緒なんだ。
私の頭の中が珍しくフル回転した。
ということは、前の化学知識を応用すれば、もしかしてもしかして、私、天才になれるかも!
私がこの宿題をすることは、とてもラッキーかも。
だって魔力がない私では、学校の魔法基礎講座も、魔法中級講座も受けられない。
セイフィード様のところに来れば、宿題を通して学べる。
それに、セイフィード様のお父様は魔法長官だし、その図書室は魔術書の宝庫だ。
もしかして、セイフィード様はそれを見越して私にこの宿題をやらせたのかな。
案外、本当にいいやつかもしれない。
私は嬉しくなって、つい顔がにやけた。
「アンナ、なにヘラヘラ笑ってるんだ。気味が悪い」
ニヤついた私を見て、セイフィード様は私をバカにした。
私は、一挙に現実に戻される。
よく考えると、魔力がない私にとっては、いくら魔法を勉強しても
ふぅ⋯⋯⋯⋯。
とりあえず、今は宿題を早く終わらせなければっ。
宿題が終わり、私は、ぼーっとセイフィード様を見つめた。
どこに闇の精霊がいるんだろ。
全然見えない。
私の周りにもいたりするのかな。
私は精霊がいるのかもと、空を掴んだりした。
「⋯⋯アンナ、おまえ、頭大丈夫か? 頭が悪くなったら何も良いところないぞ」
「闇の精霊を捕まえられたらと思って」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「闇の精霊って、なんか素敵ですね」
私は前世のアニメでも、ゲームでも、好きになるキャラは悪役とかダークな魔物とかだった。
だって、前世の悪役ってイケメンが鉄則だし、ゲームの中の闇の精霊ってレアキャラで強いし。
「アンナ、おまえの頭の中はいつもお花畑だな。まぁ、いい。終わった宿題見せてみろ」
「はい、確認お願いします」
セイフィード様がパラパラと宿題を確認した。
「まぁ、いいだろ。お疲れさん」
セイフィード様はそう言うと、私の頭をポンポンと軽く叩いた。
喪女にとって、あの憧れの“頭ポンポン”を軽々しくセイフィード様はしてきたのである。
またもや不覚にも顔が赤くなってしまった。
毎回、私がセイフィード様のお宅を訪れると、セイフィード様は、私をからかい、その反応を見て楽しんでいる。
また宿題が良くできたりすると、セイフィード様は私の頭ポンポンし、お菓子をくれたりする。
そんな日々を過ごしていくうちに私はあろうことか、セイフィード様と過ごす時間がとても楽しくなり、心待ちにするようになった。
完璧に私は飼いならされてしまった。
私はMなのかもしれない。
こうして、私にとっては有意義で楽しい日々を過ごしていたが、浮かれ気味の私はまたもや事件を起こしてしまった。
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