第36話 道の駅の美女

 翌日からは道の駅で再びアルバイトが始まった。


 昨日の検証?でも分かったけど、コンタクトだと目が大きく目立って人目を惹くらしいから、今日はお母さんに新しく作ってもらった眼鏡をかけていくことにした。


 前に愛用していた眼鏡は母からもう使わないようにしなさいと言われた。ただもしも壊れた時に困るだろうから予備として一応置いておきなさいとも言われたのだ。確かにそういうの大事、さすがお母さんだと思う。




 あまりにじろじろ顔を見られるのはとても恥ずかしいし、いきなり可愛いとか言われてもピンと来ないものだ。


 三つ編みはやめて髪の毛は首の後ろで黒ゴムを使ってひとつに括った。


 これはお母さんには不評で、ハーフアップが良いのではないかと言われたけど暑いので却下。


 お母さんは地味だというけど、アルバイトに行くのだから地味でもなんでもいいと思う。野菜を運んだり並べたり、動き回るので髪を下していると暑いし邪魔なのだ。


「まあ、麻ちゃん、眼鏡変えるとどえらい別嬪さんじゃね。いいねえ、若い子は」


 いいねえ、若い子は・・・って謎の言葉だ。


「三つ編みだと中学生みたいだったけぇ、そうしとると、えらいお姉さんにみえるよ」


「おお、麻ちゃんか、別嬪さんじゃのお」


 なんて、職場で皆がいうので、なんだかやっぱり目立ってるようで恥ずかしかった。


 眼鏡や髪型でそんなにも違うのかと驚いてしまう。



 道の駅には契約している農家や近くの個人的に野菜を作っている人達から夏野菜が続々と運ばれて来た。とても瑞々しい。スーパーで並んでいる野菜より色鮮やかでハリがある。


 トマトを軍手でそっと触っても、トマトの香りが付いてしまう程新鮮だ。ああ、なんて良い匂いなの、思わずかぶりついてしまいたくなるよ。完熟トマトは本当に美味しいのだ。


 家でも畑にキュウリ、トマト、ナス、ピーマン等を少しずつ作っているけど同じ野菜でも色々な品種がある。


 ハーブは、バジルとアップルミント、イタリアンパセリにシソも植えている。それらは全部、道の駅で私が苗を買ってせっせと植えたものだ。


「おっなんじゃ麻美もやるもんじゃの、農家にでも嫁に行く練習か?」


 なんて、お祖父ちゃんはとんちんかんな事を言っていたけど・・・。


 最近ハマっているのが、ピーマンを生で細切りにしたのと、ザックリ切ったトマト、キュウリを一緒にして、オイスターソースで和えるサラダだ。これ、すごい簡単だけど、ものすごく美味しい。ピーマン独特の苦味とかあまり感じない。しゃくしゃく歯応えもよく、いくらでも食べられる感じがする。オイスターソース自体の味が美味しく整えてあるので混ぜるだけで良いのがいい。


 野菜の食べ方を教えてくれるのは道の駅のおばさん達だ。ここに来る様になって、色々知識が増えた。


 やはり外に出て働く事も知識を増やすのには必要だなと思った。


 さて、種類や値段を張り付けて並べていく。今日のお昼はパンを買って帰ろうと思った。


 これといったトラブルも無く、順調に今日の仕事が済んだ。バタバタしていたので、注意していなかったのだが、今日はお兄さんを見ていない。パンを買いに行くと、高崎さんというおばさんがパンの売り場で仕事をしていた。


「麻ちゃん、もう仕事上がりだね、今日はお試しパンのソーダあんパンがあるから入れとくよ」


「わあ、ありがとうございます」


「冷たくしてあるんだよ、私にはよく分からんけど、生クリームとソーダ餡が美味しいらしいよ。わたしゃ普通のアンパンが好きだけどねぇ」


 高崎さんは首を傾げていた。


「あら、美味しそうなパンがたくさんあるわ。お土産に買っていこうかしら」


 とつぜん後ろから気を惹かれる女性の声がして、お金を払い終えた私は邪魔にならないようにそっと横にズレてその人を見た。


 すごい、目を見張る程の麗人が立っている。高崎さんもぽかーんと口を開けていた。


奄美あまみ、ちょっと、バッグもっていてくれる?トレイに自分でパンを取りたいから」


 連れの人に声をかけて、それから私を見たその人は動きを止めて、次に突然ガン見してきた。


「まあ、貴女・・・斜陽の?・・・」


 そういった女の人は百家くんによく似た面差しをしていたのだ。


 はっきりと百家くんの名前が聞こえた。


 ああ、この人は百家くんのお母さんだ。それに、急にきょわーん、きょわ~んと出現して飛び跳ねはじめた白狐は、どうやらパン屋さんの肉じゃがコロッケをこの人にせがんでいるようだ。


「あの・・・肉じゃがコロッケが欲しいらしいです」


「そう、貴女、なかなかね。ちょっとそこで待っててね」


 私にそう言ってから、トレイ三杯にパンを盛って買ったその人は、根こそぎそこにある肉じゃがコロッケも買ってから、連れの人にパンの入った大きな紙袋を二つ渡した。


「私、この子とちょっと話をしてから車に戻るから。あっちで待ってて」


「分かりました」

 

 連れの奄美と呼ばれていた人は軽く頭を下げて駐車場に去って行く。


 それから、私は彼女に誘われてそこにあるベンチに二人で座った。


 ベンチに座ると早速紙袋の中からコロッケがザクザク入っている袋の口を彼女が広げた。揚げ物のいい匂いが周りに広がる。ああ、お腹すいた。


 きゅわわ~ん、きゅわきゅわ、白狐が袋に一斉にたかり、広げた中身のコロッケは完売していた。


「・・・食いしん坊め」


 思わず思っていることが口からこぼれた。




「こんにちは、私は斜陽の母のゆかりよ。会えてうれしいわ。白狐とも仲良しなのね」


 コロコロ笑いながら紫さんは言った。


「はじめまして、塙宝 麻美です」


「麻美ちゃんね。斜陽のパートナーでしょ。聞いているわ」


 それについてはなんと返事を返したらいいのか分からない。


「あの、いつも百家くんには色々とお世話になっています」


「貴女にも、家の子色々お世話になっているって聞いているわ。昨日の件も手伝ってもらったそうだし。ありがとう、感謝してるわ」


 昨日というのは万年筆の事だろうか?私は特に何もしていませんが・・・?


「えーと、貴女が傍に居てくれるだけで斜陽は色々助かってるの。こっちにあの子を送って本当に良かった」


 紫さんは私の心が読めたのか?と思うような事を言った。まあ、雰囲気からだろうけど。


「私も百家くんが居てくれてすごく・・・えーと、気持ちが楽です」


 そう、そうなのだ。


「うふふ、ありがとう。貴女いい子ね。よし、じゃあまた会う事もあるだろうけど、またね、麻美ちゃん」


 紫さんは、抱えていたパンの袋をそのまま私にくれた。


「お近づきのご挨拶にしては特別感がないけど、召し上がれ」


「え、あ、ありがとうございました」


 袋を押し付け、さっと立ち上がると手を振って紫さんは駐車場でも一際目立つ大きな黒塗りのベンツに歩いて行った。鮮やかな動きにポケーとしていたら軽トラでお祖父ちゃんが迎えに来てくれた。



「遅うなったわ、麻美」


「大丈夫、さっき出て来た所」


「ほーか、帰ろう」


「うん」


 直ぐに軽トラに乗り込んで、さっきの話をお祖父ちゃんにしたのだった。


 




 


 






 


 

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