第34話 坂上くんに会う

 長い時間電車に乗っていると、お尻が痛くなる。赤字路線の古い車両なので快適とは言い難かった。トイレも一応付いているけど、あまり使いたくないような代物だった。ないよりはマシだけど。


 そして、やっと目的のh駅に到着した。新幹線の駅があるH駅まであと二駅だけど、無人駅で学校が休みの日は人の乗り降りが少ない様だ。さすがに終点近くで車両内はぎゅうぎゅう状態で、ボックス席の私の横には途中で肥えたおじさんが座って来て密着度が気持ち悪くてたまらず、駅に降りた時にはホッとした。


「おい、降りるぞ」


 百家くんが声をかけてくれて、その声でおじさんがよっこいしょと通路に避けてくれた。そのまま彼は私の腕を掴んで、「すいません、降ります」と言いながら、押し合いへし合いしている人を割って外に出してくれた。


 尾根山くんは、それがいつもの事なのでわりとケロっとしていた。


「すごいだろ、学校ある日はもっとすごいんだ」


 何自慢だとおもいながら、「へー」と気の抜けた声が出てしまったのは仕方ないと思う。


「今日はさ、坂上の祖父ちゃんが退院して家に帰ってるから、そっちに行く予定」


「その友達は?」


 百家くんが駅のホームを見回す。


「あ、来た来た」


 少し坂になっている住宅地の間を抜ける曲がった狭い路地を、体格の良い男子がやってきた。手を上げて走ってくる。


「あ、尾根山、友達も来てくれてありがとう!」


 とても大きい。身長は百家くん位ある172~3センチ以上ありそうで身体の厚みがあり、全体的な風貌がちょっと熊さんみたいだとこっそり思った。顔は優しそうで、眉毛は太くて下がっている。そして、髪の毛が天然パーマらしくふんわりとウエーブがかかっている。


 育ちの良い熊さんて感じだ。


「うわ~何?尾根山の住んでるM村って、美人が多い村なの?」


 百家くんと私を交互に見ながら、頭に手をやり口をぽか~んと開けて坂上くんはそう言った。


「村じゃないよ、市だから!。それに、この二人は特別なのっ」


「そうだっけ?いっつも田舎自慢するから、ついつい。それにしても、すごい綺麗な友達だなあ、なんか近寄りがたい感じがするよ。え~と二人とも来てくれてありがとう。坂上 瑠那るなです」


 人懐こい笑顔で、坂上くんは言った。ここでまさかのきらきらネームだとは思わなかったが、優し気な響きが彼に合っていると思った。


「百家斜陽です。よろしく」


 百家くんはいつも通りのそっけなさでそう言いながらも坂上君にむかって手のひらを出した。


「よろしくお願いします」


 ふたりは握手をして、今度は私の方へ視線が移った。


「塙宝麻美です。よろしくお願いします」


 私は手は出さずにペコリとお辞儀をした。


「わ~なに、超絶可愛い、いや綺麗?こんなお人形みたいな女の子初めて近くで見るから緊張するなあ。今日は来てくれてありがとう」


 それでも坂上くんの持つほんわかしたムードで、その場は和んでいて、四人でそのままお祖父さんの家に向かう事になった。


 前を坂上くんと尾根山くん、後ろが百家くんと私で歩いて行く。


「お祖父さんの調子はどう?」


 百家くんの言葉に坂上くんは振り返った。


「ありがとう。今は落ち着いてるよ。本人はわりと体調に気を付けている人だったから、倒れた時は大騒ぎだったよ。実際、基礎疾患もない人だったから・・・」


 どうやら、原因不明の様だ。体調の方は倦怠感が抜けないという話だった。


 そして、駅からゆっくり歩いて25分位の所に、平屋建ての落ち着いた感じの和風モダンな家に到着した。有名なホームセキュリティー会社のプレートが玄関にあり、監視カメラが二台見えた。


「先に家の周りを見てから中に入らせてもらっていい?」


「うん、案内するよ」


 坂上くんは快く返事をして屋敷の塀の外側を見れる範囲で周る。団地にあるので他の家と塀を挟んで隣接する場所は通れないからだ。それが終わると門を開けて家の庭を周った。とても手入れが行き届いた家だった。


 こじんまりとした家には濡れ縁が作られ、計算しつくされた和風の庭。そして外からは見えない屋敷の作りだけに、防犯には気を使ったのだろうと思えた。団地の中だとは思えない程、緑が溢れた静謐な空間がそこにはあった。


 庭を周ると死角が出来ない様に何か所か他にも見えにくい場所にカメラがあった。坂上くんによると、彼の父親が老夫婦を心配しての配慮だそうだ。それに関してはお祖父さん側は大変面倒だと言っているらしい。いわゆる『ありがた迷惑』との話だった。


 私が住んでいる場所は田舎なので、めったにお目にかかる様な事がない景色だなと思った。百家くんはそういうのを目にしても、いつも通り普通だった。そういえば彼がM市に住む前にはどこにいて、家族がどうで、どんな生活をしていたかなんて考えたこともなかった事に気づいた。


 他人に興味がないのでそれが私の通常仕様だったのだけど、それが気になったという事実に驚いた。


「家の中にどうぞ」


 重厚な造りの玄関の木のドアが開けられ、玄関の中に入るように勧められて、ふと、奇妙な視線を感じた。


 百家くんがそっと私の手を握って、目配せしたので何も言わずそのまま勧められたスリッパを履いておじゃました。



「まあまあ、皆さん、今日は来てくださってありがとう。主人も喜んでいるんですよ、書斎でお待ちしているのでどうぞこちらにいらして下さい」


 品の良い綺麗な白髪のおばあさんが迎えに出てくれていた。坂上くんのお祖母ちゃんだ。坂上くんは大きい人だけど彼女は小柄で可愛い感じのおばあちゃんだった。


 でも先ほど感じた視線は彼女ではなかった。




 




 


 




 


 

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