第22話 百家くんと私1

 今日はアルバイトの後、バスで百家神社に行く。


 百家くんに相談があるのだ。彼は一つ返事で私が相談に行くのをオッケーしてくれた。


 


 お兄さんに渡した護符も、百家くんに頼んで手に入れたものだ。


 農協のバス停の次で降りて、タナカの婆ちゃんのコロッケを10個買った。


「麻ちゃん、一人かい?おじいちゃんは?」


「今日はお祖父ちゃんはシルバーの仕事。私は今から神社に行くの」


「ひょっひょっひょ。男前がおるけ~のぉ」


「確かにね。でも友達なんだよ。友達」


「ハイハイそうですとも」


 タナカの婆ちゃんは神妙な顔をして頷いているが、口元が笑いそうになっている。



 コロッケ2個は私と百家くんの分、他は白狐にあげるつもりだ。


 お兄さんのお札が霊験あらたかなのは、お狐サマのお陰だと思っているので、お供えのつもりだった。


 これくらいの出費はアルバイトをしているので大丈夫だ。


 そこから炎天下の中徒歩で二十分位歩いて神社に移動した。途中沢を横切り、山の木陰で涼を取りながら歩いた。


 ちゃんと縁の広い麦わら帽子を被っている。木陰はブヨとかが寄ってくるから手で顔のまわりの虫を追う。


「暑~い」


 はあはあ言いながら、神社の階段を数段上がった。


「おう、来たな。冷たい麦茶があるぞ」


「わ~い、嬉しい」


 鳥居の下で百家くんが待っていてくれた。


 そこだけ切り取られた別空間の様に、汗だくの私とは違い、涼し気な様子だった。まさに王子様って感じするわ。


  

 


 神社の裏手にある東家で優雅な雰囲気だが蝉が煩い。足元には蚊取り線香が置いてあり、蚊取りブタさんの口から煙が漂ってくる。


 うちわでパタパタしながら自前のタオルで汗を拭いた。


 大きいガラスのグラスから麦茶を飲み干すと、百家くんが麦茶のおかわりをついでくれる。


 カランコロンとグラスの氷が音を立てた。


 タナカのコロッケの包みを開けると揚げ物のいい匂いが漂った。


「塙宝、良かったらこれも食えよ。しかし、女の子がタオル首に下げるとオジサンくさいからやめたら?」


「自分だって同じことしてるじゃん。あ、もうコロッケない!」


「えっ、やられた。俺は男だから別にいいんだよ」


「私は気にしないから」


「だろうな」



 百家くんの所はお供え物が多いので、おやつが豪華だ。大きく切り分けられたスイカがドーンとお盆に乗っている。他にも豆大福が盛られている。大きくて柔らかい塩味の黒豆が入ったやつ。


「んま~い」


 柔らかくて、甘い餡と豆の塩味が絶妙で美味しすぎる。


「口の周りに白い粉が髭みたいについてる」


 いいんだよ別に、あとでタオルで拭くから。うんうん頷きながら食べる。


 水分補給にシャクシャクとスイカにかぶりつく。


 さきに大福を食べたのにそれでもスイカが甘い。至福の時を満喫した。


 百家くんは、呆れ顔だけど何も言わずに見ている。


 狐達はスイカには興味がないらしい。


 周りを走り回る白狐の気配が良くわかる。最近時々見えたりもする。


 不思議だ。



「コロッケ全部食われたな」


「まあ、いいよ。お札良かった。そのお礼だから」


「東神様んトコのか。確かにあそこはヤバいみたいだからな」


 彼の薄い色の瞳は、東神様のお屋敷のある方向を見ていた。と言ってもここから見えるわけじゃないけど。


 百家くんも東神の奥様が黒い物を憑けていたのを知っているので、お札は直ぐに用意してくれた。


 ただ、私と東神のぼっちゃんが、ちょっとした顔見知りだというだけなのに、どうしてそこまで気にするのかと聞かれたけど、「気になるから」としか言いようがなかった。



「ヤバい?狐が言ってるの?」


「そう。お前がメールしてきた井戸もどうやら東神様がらみのようだし」


「えっ、やっぱりそうなんだ・・・なんか嫌な感じがしたんだよね」


 汗をかくと眼鏡の鼻の押さえの所に汗がたまるので、前髪をかき上げて眼鏡を外し、顔をゴシゴシ拭いた。


「・・・塙宝」


 タオルが汗まみれになったけど、スッキリだ。


 眼鏡をかけようとした手を百家くんに突然掴まれて、びっくりした。


「えっ?何?」


「・・・お前、コンタクトにしたら?」


 そっと手を外された。


「ああ、お母さんにも言われるけどラーメン食べる時と、冬に眼鏡が曇るのが面倒なだけで、今の所は別に眼鏡で困ってないからいいよ」


「ふ~ん。眼鏡外すと、お前めっちゃ可愛い顔してたんだな」


 なんかすごいガン見されてる。人前で眼鏡を外す事はほとんどないので、家族以外に可愛いなんて言われたことはない。


 余談だけど、私の顔は父親似だ。しっかり者のお母さんがダメ父と結婚したのは、父の顔が良かったのが原因の様だ。


 顔が良くても生活力のないだらしないダメ父だった。だから顔が良いとか悪いとかは私には意味がなかった。


 でもまあ、百家くんを見ていると、美しい物を見ていると、気分が和らぐというのはあるかも。と思うくらいだ。



「はあ?百家くんに言われるとなんか揶揄われてるような気がするんだけど」


「いや、作りもんのカラコンのでか目じゃなくて、天然ものは迫力が違うな。絶対いい。すごい可愛い」


 変な褒められ方をした。


「そう?ありが・・・とう?」


「お前、今年の年末は巫女さんのバイトしたら?」


「バイト!するする。絶対その時は声かけてね」


「おう。えっと、東神様の話だったよな。祖父ちゃんから聞いたんだけど・・・」

 


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