第6話 道の駅

 学校から家に帰る時には、歩いて15分のJRのM駅に行き、そこからK温泉行きのバスに乗る。マイクロバスに毛が生えた様なバスだけど、あるだけマシだとお祖父ちゃんが言っていた。但し、2時間に一本しかない。


 私はいつも村の近くにあるK温泉までそのバスに乗って帰る。そこは道の駅と一緒になっていて、温泉と並びの物産館でパンや地元の野菜を売っているのだ。


 物産館は森の木小屋みたいなイメージで、特にパンの販売所は別の三角屋根の小さい建物が造られていて、物産館の前に建てられている。


 三角屋根のパン屋さんの中は狭く人が1人通り抜ける幅の通路の左右がパンを置く棚になっている。出口でお金を払う様になっている。


 黒豚肉の旨唐カレーパンや、超長くてお得感あるロングツイストパン、今流行りの塩バターパンなんかもある。塩バターパンもよそで見るより大きいんだけど、やっぱり食べると中が空洞で損した気分になる。やはり中身は詰まっているパンが好きだ。ロングツイストパンは、きな粉とシュガーの二種類あった。


 私の月々のお小遣いはこのパンを食べる事に使われる事が多かった。


 物産館の中にパンを焼く工房があるので、運が良ければ焼き立てが食べられる。焼き立てパンってホントに美味しい。フカフカで、カリッとしていて、調理パンなんかも、チーズや玉ねぎが使ってあるパンの焼き立ての美味しさはたまらない。


 そして、そのパン売り場に最近新しくお兄さんが配属された様だ。私が言うのもアレだが、表情筋の死んでいるお兄さんだ。


 ごつい黒ぶち眼鏡に、すごく糸目で、髪は脱色された変な色をしていて、天然パーマなのかパーマをちゃんとかけているのか分からないけど、どうでもいい感じのモサッとした頭に、黄色いバンタナを三角巾の代わりに巻いている。マスクはアレだ。黒マスク・・・。そんで、背が高くてめっちゃ痩せている。猫背だ。


 最初見た時は、ちょっと引いたけど、トングでパンを入れてくれる時、意外に指先の爪の形が綺麗で、爪が短く整っていた事や、手際が良かったので、別に悪くないかもと思った。人は見た目だけじゃないからね。


 お祖父ちゃんが軽トラで迎えに来てくれるまで、私は物産館の建物とパン屋さんの間に置いてあるベンチに座っていつも待っている。だいたい学校の図書館で借りて来た本を読んで待っていた。


 今日はきな粉のロングツイストパンを二つ買い、店先でたまらず袋からはみ出ているツイストパンに『はむん』と食いついた所で、例の黒マスクのお兄さんと目が合った気がした。ロングツイストパンは、お値打ち価格、一個120円だ。


 お兄さんは糸目なので、眼鏡で良く見えなかったので、気がしただけで本当はどうなのか分からない。でもお兄さんは私に言った。


「・・・旨い?」


「うん」


「俺は、きな粉のが好き」


「どっひも好き」


 私は、はむはむもきゅもきゅしながら答えた。なんかこう、不思議と居ても空気みたいに気にならない人だ。


 お兄さんは、それだけ言うとお客さんが来たので仕事をしはじめた。


「おーい、麻美、迎えに来たぞ」


 今日は人が多く駐車場がいっぱいなので、少し離れた所からお祖父ちゃんが軽トラに乗って声を掛けて来た。


「お祖父ちゃんありがとう」


 私は軽トラの方に走って行く。ちょっと気になって振り返ると、あのお兄さんはお客さんの買ったパンを袋に詰めていた。灰色と青を混ぜたようなサバの切り身の何処かの色に似た髪色が目に残った。


「どうした?」


「ううん、なんでもない。実はお祖父ちゃんにロングツイストきな粉パンを一個買ったんだよ。いつも迎えありがとね」


「ほおっ!そりゃー楽しみじゃわい。麻美が美味しい言いよった奴じゃの?帰ったら喉に詰まらせんようにほうじ茶淹れて食べるわ」


「私が淹れるよ。お漬物も切って出すね」


「うんうん、楽しみじゃなあ」


 お祖父ちゃんはニコニコしながら運転している。


 私は思う。友達って言うのはお祖父ちゃんみたいに心のキャッチボールの出来る相手の事じゃないかな。でもお祖父ちゃんは人生経験が私なんかよりずっと多いし、何て言ってもお祖父ちゃんだから、私みたいな子供の面倒を嫌な顔をせずに見てくれる。色んな面でお祖父ちゃんの負担が多くて、それを友達なんて言うのはだめなのは分かってるけどね。


 でも、お母さんと田舎に帰って良かったなと思う。


 11月に入ると寒くなった。お母さんは電気ストーブを二つ買って来て、自分の部屋と私の部屋に一つずつ置いてくれた。大体毎年、12月に入ると一度は積もる程ではないけど雪が降って、年末から一月にかけて本格的に雪が降り始めるそうだ。だけど昨年辺りから暖冬らしく、今年もあまり降らないかも知れないとお母さんが言っていた。


 それに雪が降り積もると、家から道路まで雪をかかなくてはならないので大変らしい。道路はs市の管轄道路なので雪が降ると除雪車が朝早くから出るそうだ。雪が降り続けば融雪剤を撒く車も出動するんだって。一度も見た事無いのでどういう車なのか見てみたい気持ちはある。

 


 どの程度の人が知っているのかは分からないけど、この辺りでは雪や雨で夜に気温が下がり道路が凍る時は、市から請け負っている地元の人が、カーブや坂道に置いてある塩の入った袋を撒くのだ。おじいちゃんの知り合いのおじさんが、その仕事をしていて、家にお茶を飲みに来た時にその話をしていた。


「明日の朝は凍結するけ、夜から袋を撒きに行かんといけんわ」


「おお、大変じゃのお。まあ、あんたあワシらよりだいぶ若いけ、頼むの」


「おし、頑張るわ」


 私の淹れたほうじ茶と、お母さんの漬けているいろんな漬物をつまようじで口に入れながら、おじさんとお祖父ちゃんは話していた。最近お母さんは、仕事仲間から漬物の漬け方を習い、ハマっているのだ。


 浅漬けだけじゃなくて、ぬか漬けの美味しい漬け方も習っては、家で試している。ぬか床を混ぜるのが面白くて私も一緒に習って漬けている。美味しいけど、お祖父ちゃんには塩分に気を付けてもらわないといけないと思っている。私は人参の漬物がとても好きになった。


 帰りにそのおじさんの乗って来たワゴンの傍を何かがうろついているのが視えた。おじさんのワゴンにぶつかって行っては通り過ぎ、それを繰り返している。それは、私にしか視えていない。


「そおいやあ、こないだシシを撥ねてしもうたんよ。車軸も歪んで買い替えた方がええくらい全部やり替えた様になったんじゃが、新しいの買うんは馬鹿らしいけ、保険で直したんよ」


「そりゃあ大変じゃったのお」


「まあ、撥ねとうて撥ねたわけじゃないけえの。でもありゃあ逃げて行ったが死んどるじゃろうな」


 そうみたいだよおじさん。


「わりかったの、死んどったら成仏してくれとしか言いようがないがの。そういうもんじゃけ」


 おじいちゃんのその言葉に、そうだよなと思った。早くこの猪が成仏出来る様に祈る位しか出来ない。


「そうなんよの。しょうがない思うとっても気になるけ言うて、バアさんが時々線香焚いてくれとる」


「それじゃあ直ぐに彼方さんに行くよの」


 それを聞いて、私も、猪は天に逝く道をすぐに見つけられるだろうとほっとしたのだった。


 こういうふうに道路で動物を撥ねて殺してしまう事を『ロードキル』と言うそうだ。


 道路での一瞬の判断で大事故に繋がる話だ。田舎では起こる事が多いので、大人になって車に乗る様になったら色々気を付けなくてはならないと、お祖父ちゃんにはその後いろいろ教えてもらった。


 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る