第7話 ノンモラルタッチ

 助手席にゆーちゃんが乗っている。こんな光景を目にするのは随分と久しぶりだ。そもそも車に乗って遠出するということ自体がめちゃくちゃ久しぶりだから仕方がない。

 相も変わらず後部座席の二人は気まずそうにしてるし、その空気を感じ取ったゆーちゃんが気を使って周りに合わせようとしてるし。何もしてないのに何かしてしまったような顔してるし。可愛い。


「ちょっとコンビニ寄るぞ」


「あ、うん」


 休憩がてらコンビニに入って飲み物を適当に探す。さっきみたいな空気が続くようなら夏海に後輩を気遣ってやる大切さを教えてやらないといけない。


「どれにする?」


 夏海とゆーちゃんが飲み物を選んでいる。立花はどこ行った?


「立花さんカフェラテが大好物だからコンビニに着いた瞬間にレジ向かったよ」


「そうなのか」


 カフェラテが好きなのか。それならコンビニじゃなくてコメダ珈琲とかスタバに行けば良かった。もう飲んでるだろうけど、立花にカフェラテ買ってやるか。ペットボトル飲料の方のカフェラテだけど。


「立花」


「はい?」


 カフェラテを二つ抱えてすごく幸せそうな笑顔の立花に確認しておく。こだわりが強かったりしたら飲めなかったりするし、気遣いの押し売りはあまり良くないし。


「これ、飲めるか?」


「え? はい。良いんですか?」


「おう。夏海がいつも世話になってるし」


「ありがとうございます!」


 本当にカフェラテが大好きなんだな。一応コンビニに売ってるカップのカフェラテが飲み終わるまで待とう。うちの車はドリンクホルダーが付いててもペットボトル用だからコンビニのカップは不安定だから怖い。


「お待たせしました!」


 さっき買ったカフェラテのペットボトルを大事そうに抱きしめながら走ってくる。もう立花の印象がカフェラテで固定されてしまった。どうにか他の強い印象を探さないと、本人もカフェラテが自分の印象や象徴だと嫌だろうし。


「すいません。お待たせしました!」


「後でスタバでも行くか?」


「良いんですか!? ありがとうございます!」


 いや、まだ飲めるんだ。標準体型より少し細いくらいの立花だけど、どこにそんな容量が入るのか。


「じゃあ行くぞ」


 車に乗り込んでリバースギアへと入れる。サイドを落とした時に、この気まずさの原因に気付いた。音楽を流してないことに。そりゃ気まずい訳だ。とは言っても年代的に聞いてる曲が合うかどうか。そういえば、夏海やゆーちゃんと出かけるときは電車とかだったから聞いてる音楽が分からないんだ。いやいや、年代的に考えればそこまで離れてるわけでもないし、俺が聞いてる曲は大体知ってるだろう。


「あ、これお父さんがいつも聞いてる曲だ!」


 ゆーちゃんが何故か嬉しそうにそう言った。何故か俺は心に深い傷を負った。そっか、そうだよな。ルビーの指輪は少し古いよな。でもすごく良い曲だから好きだ。

 無言で曲を切り替えた。正直言ってこのCDにどんな曲が入ってるのか覚えていない。


「これ、うちのお父さんがカラオケでよく歌ってる曲なんですよ」


 後ろから悪意のない槍が飛んできて俺の心を二等分に分けた。浪漫飛行もダメなのか。最近の子は何を聞いてるのか分からない。なんで俺の聞いてる曲はお父さん世代ばかりなのか。その後も、クリスマスキャロルの頃に、大都会、ラブストーリーは突然に、と立て続けに流してみたけど、どれもこれも年代違いらしい。俺の大好きな曲なのに。そんな俺を見ていられなくなった夏海がスマホで音楽を流してくれた。どうやらこの車についてるカーナビはスマホと連動させて曲を流すことが出来るらしい。そういうのに疎い俺からすれば全然分からんけど。

 それにしても、さっきからゆーちゃんが一言も喋らない。いつもはもっとお喋りするのに、今日はやけに大人しい。もしかして、立花がいるから教師としての威厳やイメージを崩さないようにしてるのか? だとしたらもう手遅れだ。かなり早い段階でアウトになってたし。


「どうかした?」


「え? ううん。久しぶりに海くんとお出掛け出来るのが嬉しくて、ちょっと考え事してただけ」


 なんて眩しい笑顔で言うもんだから思わず照れてしまいそうになる。ふとバックミラーで後部座席を確認すると二人とも顔を手で覆って恥ずかしそうにしている。顔を隠していても耳が真っ赤だから隠れていない。

 お前たちの気持ちはよく分かる。だって俺が言われてるんだもん。なんで言われてないお前たちが俺よりも照れてるんだ。それはなんか違うだろ。よく分かんないけど。


「結愛先生」


「はい」


 さっきまで照れていたはずの立花が真剣な顔でゆーちゃんに話しかけている。今のやり取りで何かやらかしてしまったのか? その真剣な表情にゆーちゃんも緊張してるし。このドライブが始まって以来、一番の緊張が流れている。


「結愛ちゃんって呼んで良いですか?」


「え? あ、え?」


 そりゃそうだ。こんな真剣な顔で言うようなことじゃないんだから。


「授業の時とかはダメですけど、部活とかプライベートなら……」


「やった! やりましたよ夏海先輩!」


「これで桜も結愛姉たちとプライベートで遊ぶ約束が出来るね!」


 ゆーちゃんが首を傾げながら立花たちを見つめている。その様子に立花たちも不思議そうにゆーちゃんを見ている。


「桜? 夏海先輩? 仲良しさんなんですね!」


 俺が今まで気を使って言わなかった禁断の話題に何の躊躇いもなく触れた。一気に石化する後部座席の二人。かつてない沈黙が車内を埋め尽くした。

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