3 気持ち
「ユウタ!!」
わたしの手をにぎったのは、ユウタの手だった。
ゆっくりと瞳が開かれ、見慣れた緑色が現れる。その瞳は焦点が合わない感じで、ぼーっとしている。
「ユウタ、水飲める?」
「んー……」
わたしの声が聞こえてるのか聞こえてないのか、ユウタは寝ぼけたような声を出す。
仕方ないよね。わたしなんてゆうに5時間は気を失ってたって言うし。
あれからどれくらい経ったかはわからないけど、さすがに5時間も経ってない。体感としては2時間くらい? うーん、でもよくわからないけど。
「ファルニア……?」
「うん? なぁに?」
「ん、いるならいい……」
消え入りそうな細い声は、弱々しいというよりも寝起きって感じ。
なに言ってるんだか。
って、わたしが川に落ちてユウタに心配ばっかりかけたせいだよね。ごめんね。
緑の瞳がゆらゆらとゆれて、また閉じる。
すぐにすうすうと寝息が上がった。
「あれ? 目が覚めたかと思ったのに」
シンディーが駆け寄って来て、そばにしゃがんだ。ユウタをのぞき込んで首を傾げながら、首に手を当てて大丈夫と頷く。
その後からシーナもやって来てくれて、腰を降ろした。
「わたしもね、影に引っ張られたあと気を失ってて。フィオに聞いたら、5時間くらい意識なかったって」
「そっかー。じゃあ仕方ないね」
「うん。それより、コソコソなに話してたの? すっごく楽しそうだった」
「あぁ~。シーナからジュンとのラブラブ話を聞き出してたの。だってシーナって自分からそういうこと言わないんだもん」
うわぁ……そんなこと話してたんだ。それは楽しいわけだね。
たしかにシーナって、あんまり惚気とかしないなぁ。ジュンは自然体でもれ出てるというか、さらっと言っちゃうというか、そんな感じだけど。
「胸に秘めておくのも良いものよ」
にっこりとほほ笑んだシーナの顔には、優しさがあふれている。
なんだか、そういう風に思い合える人がいるって素敵だな。わたしにも将来そんな人が出来るといいな。
「まあ、だだもれな人も若干一名いるけどねー!」
「そうね」
あはは、ジュンったら酷い言われよう。そんなにわかりやすいのかな。
さらっと言ってる時はあるし、態度にも出てるけどその事かな。
ただもれって言うより、自然な振る舞いに見えるけど、わたしが気づいてないだけかも。
「ジュンって本当にハンサムだしいい人だし、時々羨ましいよ」
「あー、わっかるー! いやシーナを敵に回すなんて絶対嫌だけど、羨ましいのは確かだよねー」
「ふふ。大げさね」
楽しそうに細められた瞳は、それでもキラキラ輝いている。
こ、これが恋する乙女のうるんだ瞳ってやつかなあ、まぶしいっ!
「ねえ、ところで」
くすくすと品よく笑いながら、シーナがわたしの方を見る。
えっ、な、なんだろ……?
「リリアはユウタが好き? 異性として」
「は?」
えっと、シーナ?
話が飛躍しすぎてちょっとよくわからない。いや、聞かれてる事はわかるんだけど。
どうしてそうなっちゃうの!?
「えっちょっと待ってなんでそうなるの?」
「え、リリアもしかしてなんとも思ってないとか言わないよね?」
「言わないよ、好きだよ! あっでもそういうのじゃなくって! ユウタとは兄妹みたいなものだもの」
「うっそ呆れた〜」
ええ、シンディーまでなに!?
「そんなことになってるのに?」
シンディーが指差したのは、ユウタににぎられたままになっていた手。
や、やだ!! すっかり忘れてた!!
「ち、違うのこれはユウタが!」
さすがに恥ずかしくてかあっとほおが熱くなる。
違うんだけど! そういうんじゃないんだけど!
でも、そんなこと言われるとさすがに意識しないではいられないでしょ?
「も、もう。いつもわたしのこと子ども扱いするけど、こういうところユウタの方が子どもよねっ!」
そっとユウタの指をつまんで、手を外す。
あぁ〜、びっくりした!
「あぁ〜ま、確かにある意味ね?」
「ふふふ。そうね、男の子はそういうところあるわよね」
うんうん、ほんとそう!
男子っていつまで経っても子どもなとこあるんだからっ。
「でもさぁ、リリア、最初はユウタと2人っきりで旅してたわけでしょ? あたし最初、2人のこと恋人同士なんだなって思ってたんだよ」
「えぇ〜。あんなにしょっちゅう喧嘩してたのに?」
そうそう、今では笑い話だけど、ユウタと2人の旅は喧嘩の旅でもあったの。
里にいた頃もよく喧嘩してたんだよね。だけど、旅となるとお互いに疲れや不安、空腹でイライラしやすくなるでしょ?
だから、ちょっとしたことでぎゃあぎゃあ言い合ってたんだよね。
兄妹喧嘩みたいなものだから、すぐに仲直りするんだけど。
そういえば、野宿もたくさんしたな。その度に蟲を追い払ってくれたり、ご飯作ってくれたりしたっけ。
苦手な料理にチャレンジしてみたら壊滅的で、どうやったらこうなるんだって散々怒られて喧嘩になったり。
だけど、里を出るわたしに付いてきてくれたユウタには、本当に感謝してる。
「喧嘩するほどなんとかってやつじゃないかしら?」
「もうシーナまで」
シーナは絶対にわざとそんなこと言ってからかってるでしょ。
うう、でもこれが大人の余裕ってやつかも。歳は一個しか変わらないのにほんとシーナは大人っぽい。
都会で、しかもお嬢様として育ったらみんなこんな風になるんだろうか。
いや、そこは考えるのやめよう。仕方がないけど、山岳地帯育ちで垢抜けない自分がちょっと虚しくなる。
シリアー族の里は大好きだけど、それとこれとは話は別よね。
「ユウタ、優しいしなんでも出来るし、ジュンがいるから目立たないだけで絶対にいいのに。リリアって見る目ないよ〜」
「いやいや、わたしもユウタはすっごくいい奴だと思ってるってば! でも生まれた時から一緒なんだよ? なんかこう、そういうのじゃないじゃない?」
ユウタの恋人になる人は、きっと幸せだと思うよ。うん、本当に。
でもユウタ相手に恋人同士のいい雰囲気って……うう、背筋がぞわぞわする。想像出来ないっ。
一緒に歌ったりとか、そういうのはすぐに想像出来るんだけどな。
「わたし、ユウタに心配ばっかりかけてるでしょ? ユウタがいなくてもちゃんと出来るようにならなきゃとは思ってるの」
「私は、頼る時は頼ってもいいと思うけれどね」
「頼るってレベルじゃないし……」
「そう」
シーナは柔らかくほほ笑んで、それ以上はなにも言わなかった。
「もったいないなぁ〜」
「ね、そんなことよりシンディーは?」
それより、こういう話題が出たんだからわたしも聞いていいよね。ずっと気になってたし。
今こそタイミングじゃないかとシーナに目配せすると、シーナも頷きを返してくれた。
突然自分の名前を出されて驚いたのか、シンディーは首を傾げて不思議そうにしている。
「シンディーはこれまで見たところ、ユウタに惚れてる。でしょう?」
わわ、シーナ直球で聞いちゃった。
鳩が豆鉄砲を食らった顔っていうのはこういう表情なのかなっていう感じで、シンディーが目を見開く。驚いたのか混乱したのか、シンディーはすくっと立ち上がった。
かと思ったら、わたしとシーナの手を無言でつかんでグイグイ引っ張る。
「ちょ、待って待って」
シンディーに引きずられるように立ち上がると、そのままユウタから少し離れた場所まで連れて行かれてしまった。
なんか、予想以上にびっくりさせちゃったみたい。悪いこと聞いちゃったかな。
「ちょっと! ユウタに聞こえたらどうするのよッ」
「ええ、さっきはわたしにあんなこと言ったじゃない」
「それはいいの!」
シンディーったらどういう理屈なんだろうそれ。
でも、それが恋する乙女ってやつなのかな。やだ、可愛いな。
「やっぱり図星だった?」
「ううう」
「白状していいのよ? 私をごまかすなんて出来ないでしょ?」
にっこり笑ったシーナに、シンディーのほおが引きつった。
あはは、これは逃げられないね。
「わたしすっごく応援する!」
シンディーとだったらお似合いじゃない!?
ちょっとパニックになりやすいけど、わたしと違ってなんでも出来るし!
それに、家畜用の薬だって調合できるんだから、絶対に歓迎される。
里で暮らさなくても、時々薬を届けてくれるだけでどんなに助かるか。
「ユウタのお婆様は里の長でもあるんだけど、でもユウタの意見は尊重してくださる人よ」
「えっ、いやあの……」
「あれで孫には甘いから大丈夫!」
「あー、ていうか……」
シンディーは真っ赤になったまま、すいっとわたし達から目をそらす。
「そうなんだけど」
「やっぱり!? そうだったんだね!」
「で、でも違うの、確かにユウタのことは、す、好きだけど……」
歯切れの悪いシンディー。
あれ、なんか様子がおかしい?
「でももうフラれたからさ!」
「ええっ!?」
「あら」
うそ、シンディーを振っちゃうとか信じられない!
というか待って待って、好きですごめんの流れがもうあったってこと!? いつそんな事があったの!?
そんなことあったらちょっとは気まずくなりそうじゃない? でも、2人ともそんな雰囲気全くなかったよ?
「シーナ気付いてた?」
「いいえ、全く」
さすがのシーナもびっくりしたようで、目を丸くしている。
「あいつ信じられない……!」
「良いんだって! まだ好きは好きだけど、ちゃんと気持ち伝えられてスッキリしたし」
「でも」
「仲間として大切なのは変わらないし、これからもっといい出会いあるかもだし!」
シンディー!!
なんて健気で可愛いの!!
わたしが男だったら絶対にほっとかないのに。ユウタだって見る目全然ない!
「そう。がんばったのね」
シーナがにっこり笑ってシンディーの頭をなでる。
「それに、ユウタ好きな子いるって」
「えっ!?」
そうなんだ……ユウタって好きな子いるんだ、知らなかった。
誰だろう。里を出てからはシーナとシンディー以外の女の子とは出会ってないはず。
じゃあ、シリアーの里にいたんだ。
ユウタが仲良かったのは……思い浮かぶのはわたしの親友。ユウタとも仲良くて、よく一緒に遊んだ幼なじみ。
彼女は家畜を失ったけれど、畑が半分無事だったから里に残ってる。
リリアもユウタも、うちに来てくれていいのよ。そんな風に言ってくれたっけ。嬉しかったな。
実際は、彼女の家族が食べるだけで精一杯という状態だったけど。
興奮してた気持ちが少ししぼむ。
好きな子いたのに、わたしに付いて来ちゃって良かったのかな。やっぱりもっと強く残るように言えば良かった。
ユウタもわたしと同じで家畜も畑もなくなった。でも長の方はどちらも無事だったんだよね。
本当は、ユウタが里を出る必要はなかったんだ。
「まあ、リリアがお子様だってことはわかったわ」
「シーナ! 否定出来ないけどッ」
みんな恋とかしてるんだな。そう思ったら、急にそわそわした気分になる。
なんだろう、この気持ち。
「こういうのは、焦ってもいいことないのよ。リリアはお子様のままで十分」
「も、もう!」
「ふふ。そんなことより、ほら」
シーナがそう言って指差した先はユウタ。
その腕が動いて、上へと伸ばされた。なにかを探すように空を切る。
「ユウタ!」
「目が覚めたかしら? 見て来てあげて」
「う、うん!」
ありがとうシーナ。
わたしは急いでユウタの方へと足を向けた。
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