3 甘えと命の選択

 自分の意思で、他種族よりも自由自在な魔法が使えるはず。

 そのシーナの言葉を思い出したのは、わたしにとってすごくラッキーだった。


 今のわたしは、魔法を使うことに関して、特別な感情があったみたい。

 でもわたしもユウタも、生まれた時からこうで、自然に魔法は使っていたんだ。

 そう、洗濯物を乾かす時だって。


 何曲か続けて歌ったおかげで、濡れネズミからは脱出。

 ちょっとだけ湿ってる箇所がないとは言えないけど、おおむね乾かすことが出来た。

 髪もぐちゃぐちゃだったから、乾かすことが出来てほっとする。せっかくシーナがまとめてくれてたけど、わたしにはそんな技量はないから、三つ編みにしか出来なかったけど。


 でもとにかく、寒さがなくなるっていうのは、こんなに身体が軽いものなのね。

 ほかほかして、体力が戻ってくるのを感じる。

 やっと、寒さからの身体の震えも治り、なんとか普通の思考レベルが戻って来たみたい。


「あっ……!」


 そこまで来て、わたしはやっとその事に気がついたんだ。

 わたし、マッピングしてない! ってことに。


 それまで寒さがとにかく酷くて、それが1番の生命の危機だった。

 そこを脱出できたから、気づけたことではあるのだけれど。


 でもでも、これは大問題。

 わたし、川の上流に向かうのがいいなと思ったのね。だから、別れ道とかで上り道のような通路があるとそちらへと自然と進んではいたのだけれど。

 でも途中まで上り坂、それなのに途中から下り坂になったりしてね。

 ほんとにもう、どこをどう進んでいるのかちんぷんかんぷん。


 今現在の場所からマッピングしても意味ある? とは思ったけど、チャレンジしてみることにする。

 ああ、それにしてもお腹も空いて来たなぁ。今、外ではどれくらいの時間が経ってるんだろうな。それを知る術もない。


 腰のポーチから、マッピング用の紙と鉛筆を取り出そうと手を伸ばし……気づいた。

 ポーチの側にあるはずのものがない。

 わたし、片手剣ショートソードなくしてる……!


「あの時手に持ってたから……」


 そうだ、川に落ちたあの時、片手剣ショートソードは抜いていた。

 そのまま川に落ちてなくしてしまったんだ。

 今腰のベルトに付いているのは、空になった鞘だけだ。

 え、わたし魔法使う以外、どうしようもないってこと?


「うそでしょ……」


 自由自在に使えるはずって言ったって、どんな魔法を発動させればいいのかまだわかんないよ!

 それに発動だって遅いし。


 もし、もし動きの速い害獣とか、魔物に出会ったらどうすればいいの!?

 片手剣があったところで、勝てる確率なんてそんなに上がらない。けど、けどほんのちょっとでも上がるなら、そのほうがずっといい。

 どうしよう、怖い……。


 ていうか、マッピングしてて大丈夫かな。そっちに気を取られて敵に気付かないとかない?

 ありうるよね、わたしなら……。

 でもでもマッピングしてなかったら、同じ場所通ってもわからないし。そんな無駄な体力ないよ。


 ダンジョンに入ってどれくらい経ったかわからないけど、眠くなってきたらまずい。

 集中力もなくなるし、そのまま寝ないとか限界がある。

 寝てしまったらもう、目覚められないって覚悟するしかないよね。


 わたしはずいぶん体力を削ったから、眠くなるのだって早いはず。

 じゃあやっぱり余計な体力使わない方がいいかもね。

 同じ道は通らず、とにかく外へと通じる道を探すのが先だもん。


 って、古地図オールドマップはちゃんとあるよね!?


 慌ててポーチの中をあらためると、古地図オールドマップはちゃんと入っていた。

 あぁ、なくさなくて良かった。

 なぜかはわからないけれど、お母さんが遺してくれた地図だから。


 そういえば、目覚める前に不思議な夢見てたな。

 一緒にいたの、お母さんかと思ったけど違うや。お母さん、シリアー族の里から出たことないし、わたしのことファルニアって呼ばないもん。

 じゃあ誰だったんだろう、うーん、顔が思い出せない。

 あれ、でもそれを言ったらわたしも1年前まで里を出たことないしなぁ。

 街々を渡り歩く今の生活と、昔の思い出が混ざってあんな夢になったのかも。

 夢ってほんと不思議。


 マッピング用の紙と鉛筆を取り出す。その際に、片手剣ショートソードの鞘を外して地面に置いた。

 鞘しかないなら、少しでも身を軽くするために置いて行こう。

 鞘で攻撃をさばけるのは、余程の熟練者であって、わたしでは絶対にない。うん。


 紙は……良かった、ちゃんと乾いてるみたい。

 現在地を書いて、よし、ここからスタート!

 って思ったのもつかの間。


 肌をあの気持ちの悪い感触が走った。

 魔物だ!

 や、やだどうしよう!


 慌てて紙と鉛筆をポーチへ突っ込み、明かりを前方へと向ける。

 そこから現れたのは、なんていうか、なにかの冗談みたいな姿の魔物だった。


 大きな鳥のくちばし。

 ひとつ目の不自然に小さな頭。

 鱗のびっしりついた細長い首。

 鱗の間から分厚い黒い毛の生えた丸い胴体。


 そして何より気持ち悪いのが、胴から生えた4本足。

 それはまるで、人間の足のような……。


 幸い一匹だけしかいない。

 あの4本足の歩みはたどたどしい。

 で、でもこっち見てる!


 どどどどうしよう!?

 いや焦ってる場合じゃない歌わなきゃ!




「蒼い宇宙そらからこぼれ出す

 ひとつの光は輝いて

 いつか黄色い花を咲かす

 世界を見渡すことの出来る


 君との愛はいつものように

 あたたかい……」




 わたしの身体を黄色い光が包む。

 ど、どうしようどういう魔法を発動させたらいいの!?

 えっと、とにかくユウタと一緒に使った、攻撃と防御を同時に出すやつが良いよね!?


 よたよたとこっちに向かって歩いてくる魔物。

 そのひとつ目がギョロギョロと動く。


 今はわたししかいない。

 気持ち悪い、怖いと言って逃げまわっても、誰も助けてくれないし、かわりに倒してもくれない。

 わたしがやるしかないんだ!


 ああ、わたし、今までどんなに甘えてたんだろう。

 怖くても命のためにやらなくちゃいけなかった。

 それなのに、魔物どころか蟲でぴーぴー言って逃げ回るなんて。その分の危険を、他のみんなに背負わせていたなんて。


 今わたしの背には、わたしの命がある。

 今はこの命を守るために、やらなくちゃならない。

 痛いのは嫌、怖いのも嫌、だったら戦わないと!




「……ずっと「愛してる」って言って

 慈悲の心でなぐさめていて

 鼓動をあわせて瞳をとじて


 優しい歌はくり返され

 小さな愛を……」




 魔物のくちばしから、威嚇のような甲高い叫び声が出た。

 だけど、まだ放てる魔法は発動していない。


 お願い、早く! 早く発動して!


 魔物がその四つ足を一度踏ん張りこちらへ向かって駆け出す。

 うそ、早い!!


 収束する光。


 魔物の足が地面を蹴り、一気に飛びかかって来るのが見えた。

 とっさに両手で顔をかばい、祈る。それしか出来ない。

 お願い間に合って! お願い!

 神様―――!!





 挿入歌「SUN FLOWER」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054892578523/episodes/1177354054892578532

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