9 シリアー族の魔法、そして
歌が終わるか終わらないかという時。
わたしとユウタの間に、光が集まり始めた。
「今宵の月は綺麗ですか?
あなたが独りで……」
すかさず、ユウタが歌を切らさないようにまた歌い始め、わたしもそれに合わせる。
光はひときわ輝きながら、光源を形作っていく。
明かりの魔法と同じだ。
でもこれは明かりの魔法じゃない。わたしは明かりの魔法じゃなくて、さっきのシーナの魔法を再現したいって思ってるから。ユウタも。
言われてみればそうなんだ。明かりの魔法を使うときは、その魔法を使おうっていう意思があって使ってた。
里で家畜を追っていた時も、家畜を歌で誘導していた。それはそう意識して歌っていたから。絞める時に眠らせる時だってそうだ。
それが当たり前すぎて、気がついてなかっただけ。
どうか、上手くいきますように。
二人で魔法が使えますように。
祈るような気持ちで、そばにあったユウタの手をぎゅっと握ると、ユウタも力強く握り返してくれる。
大丈夫、きっと上手くいく!
「月を見上げて
わたしは歌っている
どんなにあなたを愛しているか
どうか信じていて
いつでも側にいることを
あなたがそこで輝けるよう
あなたがそこで幸せに……」
じりじりとにじり寄ってくる魔物。
そのぶよぶよの突起が揺れ、目がぎょろぎょろと動く。
魔物特有の気持ち悪さは、依然として身体の中を巡っている。
それでも、歌と光に励まされるように、気持ちが落ち着いて来る。
ユウタの声とひとつになって、境目がわからなくなるような、不思議な感覚。
光源は揺らめきながら輝きを増し、そして。
今だ! と思った瞬間にその光源が魔物へと飛んだ!
ぶわっと膨らんだ光源が魔物を包み込んだ途端に、魔物が何かに……おそらく魔法によって地面へと押しつぶされたのが見えた。
それと同時に、突起に付いた目が全て弾け、緑色の汁が飛び散る。でも、その魔物の破片は、光源の中に留められ、わたしたちへ届くことはなかった。
光の中で、目を弾けさせた魔物はどろどろに溶けていく。やっつけたんだ!
やった! 出来た!
歌いながら、ユウタと顔を見合わせて笑い合う。
シーナの使った魔法とは、見た目はちょっと違ったけれど同じことが起きたと思って良さそうだよね!
攻撃と防御を同時に発動出来たんだよね!
握り合った手にもう一度力を込め、最後の魔物へと視線を移す。
揺らめくシリアーの魔法の力。それが再び収束し始めた。
「同じ月を見上げて
わたしは歌っている
どんなにあなたを愛しているか
あなたがそこで輝け……」
目の前に輝く光源。
それがひときわ輝き、最後の魔物へと飛んだ。
魔法はさっきと同じように発動し、飛び散った魔物の破片は光から出ることなく、どろどろに溶けた本体の上へと落ちた。
「ユウタ! 出来たよ!」
「おう、よくやった!」
思わずユウタに抱きついちゃったけど、ユウタも嬉しかったんだろう、さっきみたいに引き剥がされたりはしなかった。
よしよしがんばったなと、ほんとにお母さんかお父さんみたいなことを言いながら、背中をなでてねぎらってくれる。
がんばったのはわたしだけじゃなくてユウタもだけど、嬉しいからここは褒められておこっと。
「シーナ! シーナのおかげだよ!」
ユウタから離れてシーナに駆け寄ると、彼女もにっこり笑って頷く。
「シリアーに魔法を教えられないのは、そもそもわたしたちがシリアーに出会うことが少なすぎるからだわ。一年一緒にいられたら、それなりに見えてくるものもあるわね」
「えぇ~あたし全然わかんなかった! でもすごいよ!」
シンディーの言う通り、わたしも、そしてユウタだってシリアーがどうやって魔法を使うのかよくわかってなかった。
きっと、当たり前ってそういうことなんだろうな。近すぎて、気がつかないんだ。
言われてはじめて、自分がこういう魔法を使うぞって意図して歌を歌っていたことに気がつくんだから。
「そうだな、シーナのおかげだ。俺、自分じゃ全くそんなこと気付かなかったぜ」
ユウタも同じように頷く。
そうだよね、自分のことって意外とわからないものなんだね。
「仮説だったけど、あながち間違いでもなかったみたいで良かったわ」
そう言ったシーナが説明するところによるとこういうことなんだって。
普通、魔法を使うには、自分に魔力を通す回路を開放する必要がある。回路は使う魔法の威力や種類によって違ってくるので、いちいち詠唱の文言や魔法陣の文様を変えなければいけない。
シリアー族の歌は呪文の詠唱と同じように、魔法を使う回路の開放に必要なもの。
ただ他種族と違うのは、この魔法を使うにはこの歌というようなしばりが存在しないこと。こういう魔法を発動させようという意思と歌で、適切な回路を解放できるってことみたい。
シーナの考えでは、これがシリアー族だけが持つ魔法の力だ、って。
おそらく歌を回路の開放に使うのが最も効率がいいように進化したのがシリアー族。だから、シーナのような呪文の詠唱を習得するのは難しいかもしれないんだって。
その分、発動までに時間はかかる。だけど自分の意思で、他種族よりも自由自在な魔法が使えるはずだと。
「リリアが蟲を弾いたのも、蟲に取り付かれるのは嫌だっていう気持ちが大きかったから、そういう発動の仕方をしたのだと思うわ」
へ、へえ~なるほど。
って、回路の解放かぁ。考えたこともなかったけど、魔法を使うにはそういう手順を詠唱によって行なっているということなのね。
その詠唱の代わりが、シリアー族は歌ってことなんだ。
シーナってほんと聡明だよね。たったひとつしか歳は違わないのに、すっごく大人に見える。
そうわたしが感心していると、今まで少し離れた場所で黙っていたジュンが動いた。わたしたちの輪に近づく。
「みんな、ちょっといいかな」
そのジュンの声に、わたしたちはいっせいに彼を見る。
ちょっと言いにくそうに一度口を閉じたその表情は真剣そのものだ。
そんなジュンの様子に、わたしたちも浮かれた気分を正す。
今はダンジョンの中だもんね。ちゃんと行って帰れないと、魔法が使えたって意味がなくなっちゃう。
「いないはずの
「確かに。ギルドでの事前情報になかった以上、なんか異常が起きてる可能性はあるよな」
こういう魔物の出るダンジョンは、かつて魔法戦争をしていた頃の負の遺産だ。あの頃は、今よりずっと魔法が発展していて強力だった。
そんな時代に作られたものが、なんらかの異常を起こしているのなら。
それって、とっても怖いことなんじゃない!?
「鉱石の採取ポイントまで、本当にあとちょっとなんだけどさ。俺はもう、引き返したほうがいいと思う」
そのジュンの意見に、反対する声はない。
魔物も大したことがなかったとはいえ、出ないはずの場所に出てきている。この先、大型の魔物がいないっていう保障はない。そう言ったジュンの言葉に、みんな頷いた。
「そうだな。それがいいと俺も思う」
「うん! 帰れなかったら意味ないもん! あたしも賛成!」
シンディーが大きく頷き、これまでマッピングしていた紙をジュンに差し出す。
それを受け取って、ジュンはわたしへ顔を向けた。
「シーナとリリアもいいかい?」
「ええ」
「もちろんだよ!」
ジュンの判断にはいつも助けられてる。
このダンジョンの様子がおかしいのもわかった。
その上で、目先のお金よりも命を大切にすることに、反対のしようもない。
そして、こういう命を大切にする判断が出来るのが、リーダーなんだと思う。ジュンがいなかったらわたしたち、様子がおかしいなって言いながらも、採取ポイントまで進んだかもしれない。
だって、今までの異変には、対応出来てたから。あとちょっとなら、多分、また対応出来るだろうって間違った判断をしてしまう。
「ありがとう。じゃあ、なるべく急いでここを出よう。また
「おう」
歩きだしたユウタに、女の子3人が続く。そして一番後ろにジュンが付いた。
わたしたちパーティの基本の隊列だ。
先頭と最後尾を守ってくれてるところが、我がパーティの男子のかっこいいところだな。
ジュンは、顔もかっこいいんだけど。
また、川の音が近づいてくる。
背中で聞いていた時と、川へ向かって行くときに聞こえる音ってちょっと違うから不思議。気持ち的なものかな。
ごうごうという音が増していく。でも今は、嵐の音には聞こえない。
わたし、ちょっとは役に立てるようになるかな。ううん、そうならなくっちゃ。
そう思えたのもつかの間だった。
ごうごうという川の音がいよいよ近く、川に出る直前。
またしてもあの、全身をかき回されるような不快感がわたしを襲ったんだ。
しかも、さっきよりも気持ち悪さが段違いに大きい!
「ジュン、魔物よ後ろからくるわ! 大きいかも!」
珍しく焦ったシーナの声。
見えてきたのは、おぞましい突起物の突き出た長くて太い、ぬらぬらした触手。
まずは3本、暗がりから見えてくる。
触手が3本だけってことはないだろうし、本体はまだ見えない。
大型!?
「みんな走れ、逃げるぞ!」
ジュンがとっさに下した判断で、わたしたちは踵を返す。
先頭のユウタを追って、必死に走った。
でもそのスピードはすぐに失速する。
川へ出たのだ。
この川を渡るには、細長い石橋を渡るしかない。
後ろに大型の魔物がいるこの状況で、渡るべきなんだろうか、それともここで応戦した方がいいのか。
でもすぐに、ユウタは渡る判断をしたようだ。
「気を付けて、早く渡れ!」
橋の根元でユウタが待ち構え、シーナとシンディーを通す。
わたしはユウタのところで止まった。
「ねえユウタ、歌った方がいいかな?」
「そうだな、魔法の力は必要だろう。いつでも出せるように発動させておこう 」
頷き合うわたしたち。そこにジュンが追いつき、そして触手の主もやってきた。
通路から姿を表したそいつは、グロテスクで、そして大きかった。
触手は全部で8本。その8本の触手の先に、そのまま頭らしきものが乗っかっている。
その身体はぬめぬめしていて、無数の突起物を揺らめかせている。
頭部だけでシンディーの身長くらいありそう。その頭の下の触手は、頭部の3倍ほどはあろうかという長さ。
その触手を揺らめかせ、獲物を狙うようにそれは空中で静止している。
「くそっ、狙ってやがる。歌はあとだ逃げるぞ!」
ユウタがわたしの手をひっぱり橋を渡り出す。それにジュンも続いた。
しかし、相手も黙って獲物を逃がす気はないようだ。
その巨大な触手を鞭のようにしならせ、石橋の上のわたしたちめがけて振り下ろして来た!
「くっ……!!!」
その触手を、
太さもさることながら、かなりの重量なんだろう。ジュンの顔が歪む。
あんなのが何本も来たらジュンが!
「ジュン!」
「待てリリア!」
「でもジュンが!」
振り返ってユウタの手を振り払い、
なんとかジュンを助けられないかと触手へと近づいたその時だった!
ジュンの
その触手が、わたしの身体めがけて振り降ろされたのが見えた。
まるでスローモーションのように、その光景が脳に焼き付く。
痛みは感じなかった。
衝撃が体を襲い、一瞬重力から解放されたかのように身体が浮いた。
シーナがなにか叫んだ声と、なんて言ったのかは聞こえなかったけどユウタの顔が見えた。必死な、ユウタの顔。悔しそうに何かを叫び差し出した空を切った手。その手に巻かれた包帯。その全てが遠ざかる。
眼下には濁流。ここへ落ちるんだって思う時間があったのが不思議だけれど、とにかくそう思った。
ユウタ、ごめんね。止めてくれたのに言うこと聞かなくて。バカだよね。
わたし、先に向こうに行ってるかもしれない。でもこれは、ユウタのせいじゃないから。気に病む必要ないんだから。
ユウタは、ユウタの幸せのために生きてよ。
二度目の衝撃が全身を襲う。
痛い!
全身を凍らせる冷たさがいっきに押し寄せてきて、その冷たさが全身に突き刺さるような痛みへと変わった。
「ぃたブガバグゴホゴポッ……」
驚いて痛いと言いそうになったけど、それは出来なかった。口に大量の水が押し寄せたんだ。それが全てのどに流れ込む。
苦しい!
咳き込んで吐き出そうとしても吐き出せないどころか、さらに水を飲む。
手足をばたつかせようにも、川の流れの強さに翻弄されてなにも出来ない。
それよりもわたしどうなってるの!?
苦しい、苦しいよユウタ。胸が痙攣してる。息が吸えない、苦しいよわたし死ぬんだ。
そう思ったら、一気に悔しさが滲んで来た。
嫌だ、まだわたし……嫌だよ!
たくさん歌いたかった。
歌もつくりたかった。
それで魔法が使えるようになっていつか伴侶を得て、子どもを産んで幸せな生活をしたかった。
ずっとユウタに心配されたままだった。
なんにも出来ないままだった。
もっと、もっとみんなとも一緒に冒険したかったのに。
視界は真っ暗でなにも見えない。すぐに身体の感覚もなくなった。
やっぱり、やっぱりこの川はあの日の嵐だったんだ…嵐がわたしをあっちに連れて行くのね。
ユウタ、お願い……嵐にだけは……気を付けて……。
そこでわたしの意識は暗い濁流に引き込まれるように、途切れた……。
挿入歌「アルト」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054892578523/episodes/1177354054892625712
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