第63話 次に橙堂

どう考えても商売の匂いがするチョコだ。

しかし青島がわずかに幸せそうな笑みを浮かべたので、舞は何も言わない事にする。

ビジネスだとしても二次元妹からチョコレートがもらえるのなら、それは青島にとっては幸せな事だ。


「マナちゃん手作りのハート型のチョコにマナちゃん手書きカードが封入されているんだ。それとイラストレーターさん書き下ろしバレンタインイラストもついている」


恐らくは工場生産のチョコに印刷したカードと予想できるものであっても、青島はやはり無表情であるが嬉しそうに語る。

その姿に舞は目頭が熱くなったが、本人が幸せならはそれ以上何も言わない。






■■■






次は芸能科、橙堂のところに舞は向かう。

しかし事前に連絡し、その橙堂から指定された場所は、芸能科棟の裏だった。


「よ。来たか」


棟の裏。雑草しかない薄暗い場所に、制服にコートを羽織った橙堂は立って居るだけで絵になった。


「はい。わざわざ呼び出してすみません。義理チョコです」


意地悪をよく言う橙堂に少し苦手意識がある舞は、さっそく橙堂にチョコレートを渡す。

橙堂はそんな舞に不服そうにチョコレートを受けとるが、やがてにやりと笑った。


「お前、こういう風にバラバラにチョコを渡すって事は、俺らの中に本命でもいるわけ?」


図星をつかれて舞は動揺した。舞が本命チョコを用意している事は桃山と緑野しか知らないはずだ。まさか橙堂にまで気付かれたのだろうかと考える。


「別に義理チョコなんだから皆が集まっている時に渡してもいい訳だろ。それをしないって事は、俺らの中に本命がいて、本命には義理は渡すつもりはないって事だ」

「あ……」


舞の考えはとっくに橙堂には見抜かれていたようだ。

さらに橙堂は笑う。


「それにしてもたとえ義理チョコであっても嬉しいなぁ。今から七姉妹会全員に自慢したいくらいだ」

「やめて下さい」


上機嫌な様子の橙堂の腕を掴んで舞は止める。皆に義理チョコを貰った事を自慢したら、昴が自分はチョコレートを貰っていない事に気付いてしまう。

しかし橙堂は少しだけ表情を曇らせた。


「嘘だよ。誰がそんな敵に塩送るような真似するかよ」


舞はほっとしたように息を吐く。橙堂の言葉の深い意味については気付いてもいない。


「ま、チョコレートも貰った事だしな。口止め料に黙っておいてやる」

「……それはどうもありがとうございます」


偉そうな橙堂に舞は文句を言いたくもなる。しかし橙堂の姿を見て、一つ気付く事があった。


「先輩、今日はチョコレート貰っていないんですか?」


橙堂はコートを着て通学鞄を持っている。これから帰る所だろう。しかしチョコが入っているらしき紙袋などの姿は見えない。


「チョコレートなんて貰ってねぇよ。これが今日初めて」

「えっ」


黄木と舞の時と同様に舞には意外だった。

橙堂は芸能人なのだから、チョコなんて貰って当然のはずだ。それに芸能科なら男女共にいるし、仕事の関係でも貰えるかもしれない。


「事務所がチョコレートのプレゼント禁止してるんだ。俺がチョコ受け取ったらトラック何台分にもなるだろ?」

「トラック何台分かはともかく、多いのは確かでしょうね……」


芸能人にうとい舞には具体的な量はよくわからない。しかし今日、この学校で一番チョコレートを貰うのは彼でないかと思っていた。

だが事務所の決まりによりファンは皆チョコレートを自粛していたのだろう。


「ファンからの大量のチョコなんて食えるはずないし、処分するにも保存するにも金がかかるんだよ。だからチョコレートは禁止。代わりにファンレターは受け取るけどさ」

「じゃあ私、チョコをあげちゃいけなかったんですか?」


舞は思いもよらずよらず抜け駆けしたような気分になる。本当は橙堂にチョコを渡したい女子はいっぱいいるのに、真面目なファンはそれを守っているのは不公平な話だ。


「……お前がチョコ渡したのって、芸能人の俺なの?」

「それは……違いますけど」

「あくまでチョコ禁止してんのは芸能人の俺であって、そうでない俺がお前からチョコを受け取ろうが自由なんだよ」


プライベートは別、という事らしい。

しかしこの事を橙堂ファンに知られたら袋叩きにあいかねない、と舞は絶対秘密にするしかなかった。


「俺はこれから帰るけど、お前は?帰るのなら送ってやる」

「あ、次は特進科に行くんです」

「……ふぅん、どうやら本命は俺と緑野以外か」


わずかな言葉でそれだけ気付かれてしまう。彼なら名探偵の役だってはまりそうだ。


「あとチョコ作りを教えた桃山も違うだろうしな」

「も、もうやめて下さい!推理しないで!」


最後までちくちくと橙堂は言葉でいじめ、憂さ晴らしができたかのように晴れやかな顔をして帰ったのだった。


橙堂にとって、舞の本命なんて推理しなくてもわかる事だ。





■■■





最後は特進科。勇一郎には入り口で待っていてもらっている。

さすが特進科なのか、入り口という勉強に不向きな場所で無駄に過ごす生徒はいなかった。


「勇一郎先輩、おまたせしました。寒くなかったですか?」

「今来た所ですから寒くないですよ。それよりもお疲れさまです。皆にチョコを配っていたんですね」

「……えぇ、まぁ」

「それで、本命の方は?」

「ちゃんと用意しました。明日に渡す予定です」

「それはよかった」


勇一郎は計画通りに物事が進み、思わず微笑んだ。

舞に告白するよう焚き付けたのは勇一郎だ。ちゃんと準備はしてもらわなくてはならない。




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