第56話 本命と義理

おっとりした様子でそんな所を恵は反省した。舞が恥ずかしさから体温上昇し、触れたチョコレートが溶けてしまってもいけない。


「だって、本命は義理より豪華にするものでしょう。皆と同じじゃ伝わらないでしょう? 生チョコ以外にも作る? それとも量を多くする?」

「……なんで本命が昴先輩だってわかるんですか?」

「視線を見ればわかるのよ。舞ちゃんは赤坂によく視線を向けているし、見つめている時間だって長いのだから」


そこまでの自覚は舞にはない。しかし七姉妹会で何かあればを昴を探してしまい、彼の顔色をうかがう癖のようなものはある事には気付く。


「告白はしないの?」

「……したいとは、思います。いつかは」

「赤坂はあれで不幸になりたがる所があるものね。両想いでしょうけれど告白を受け入れてくれない場合があると思うの」


それを聞いて舞は包丁の手をとめ落ち込んだ。

昴は幸せになろうとしない。もちろんそれを改めさせようと勇一郎も協力しているのだが、うまく行く保証はない。


もしかしたら不幸になりたがる昴は、舞が好意を持つと知れば避けるかもしれない。

長期戦を覚悟していた舞だが、避けられるのは悲しい。


「でも、私は応援するわ。きっと皆も」

「え……先輩達は妹の彼氏なんて、憎いはずじゃ……」


以前に一度は嘘をついたが、恵も妹の恋人を作る事をよく思わなかったはずだ。


「赤坂なら別よ。彼ならば私と自分の彼女を会わせない、なんて狭量な事を言わないでしょう?」

「そうかもしれませんが……」


赤坂なら仲間には甘く、嫉妬をしない。これからも舞と七姉妹会は友人として親しくいられる。それを思えば恵も昴ならば舞と付き合う事を許せるのだろう。


「それに、私も赤坂には幸せになる事を覚えて欲しいの。自分を不幸に追い込むなんて、あってはならない事だわ」


そして仲間として、恵は昴の幸せを願う。


「緑野も同じように心配はしていたけれど……彼はいつのまにかふっきれていたわ。後は赤坂だけなの」

「……そうですね。昴先輩にはもっと自分を大事にしてもらわないと困ります」


元から昴はなんでもできる男だ。その器用さに助けられ、生活に苦労しない程度に不幸になろうとしている。

それは親しい者からしてみれば許せない事だ。


「決めました。今度昴先輩と勇一郎先輩と出かける時があるので、その時に本命チョコを渡します」

「えっ」

「バレンタインの後になりますけど、その時が一番いいと思うんです」


まずは昴と勇一郎が和解をし、静香へのプレゼントを選ばせる。 そうすれば前に進もうとする勇一郎を見て、昴も考えを改めるかもしれない。舞はその作戦を聞いて戸惑っていたが、彼を思って前向きに決意した。


「そう、いつの間にかそんな事になっていて驚きだけど、会うというのは休日なの?」

「はい。二月十五日なんです」

「土曜日なのね。じゃあ二月十四日のバレンタインに義理チョコを配って、十五日に本命を渡す、と。生チョコなら三日は持つから、十三日の夜にまとめて作って当日に食べてもらえば大丈夫だと思うわ」


賞味期限を考え恵は助言する。

本命を渡すのを遅らせて、大事な本命チョコがいたんでしまっては意味がない。


「それとも他のものを作る練習をする?」

「……いえ、バレンタイン前日に量産して、量とラッピングで義理と本命の区別をしようかと思います。失敗はできないし」

「そうね、それがいいわ。でも、私達も赤坂も、例え失敗してもおいしくいただけるのだから、あまり気負わないようにね」

「……はい」


それでも大事な本命と、お世話になった義理のため、できればおいしいものを作りたい。その思いから舞はさらに丁寧にチョコを刻み始めた。





■■■





自室のベッドに寝そべりながら、昴は右足を動かす。もうすっかり痛みはなくなっていた。それでも勇一郎は念には念を入れ、二月十五日に出かける約束をした。当然その頃には足は完治しているだろう。


勇一郎といえば、何を考えているかわからないが仲直りをする事になった。

仲直りについては単純に嬉しいと思う。あっさりとした調子で言い出したのも、重くすれば相手に気遣わせてしまうという気遣いからだと予想できる。律儀な彼ならばあとで正式な謝罪をするだろう。


しかし、それに舞を巻き込む理由がわからない。

見たところ勇一郎は舞に好意を持っている事から、一緒に出かけるという口実を求めていてもおかしくはない。しかしやはり律儀な勇一郎は、兄を利用するような真似はしないだろう。そうなると益々わからない。


「貸した本取りに来たよー」


突然部屋の扉が開き、筑紫が現れた。白い肌やさらさらした髪など繊細そうな美形という筑紫だが、性格は意外に豪快な一面があるし慣れているせいか遠慮がない。


「本なら机の上にある。わざわざ取りにきてもらってすまないな」


筑紫という来客はすでに連絡を受けわかっていた事だ。それでも一応昴はベッドから体を起こす。


「いいよ、そのままで。赤坂は怪我人なんだし。足はもういいの?」

「あぁ、そもそも捻挫なんだから大した事はない」

「……それでも赤坂の場合、もっと大人しくするべきだと思うけどね」

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