第58話 幻影(6)

「最初から?知り合いだったの?」


 辛そうに涙を流す後輩を前に、彼の優しい顔に霧がかかったような気がした。一体どういうことだろう、一瞬で後輩への心配が薄れて彼のことで頭が一杯だった。今すぐ彼に会いたい、そう思ってしまう自分が嫌だった。


「知り合いじゃないです。あの祭りの日、店長が金魚の餌とかをホームセンターに買いに行ったときです。店長に止められていたけど、彼の連絡先聞いておいたんですよ」


「そうだったんだ、ありがとう……」


「感謝なんてしないで下さい!」


 言葉を遮断するように激しく首を振って、大きな涙が飛んできた気さえした。


「あの頃から、彼に秘密がばれて喧嘩しちゃっていたんです。だから、店長に意地悪しちゃったんです。窓から金魚掬いのお兄さんを嬉しそうに見つめる店長が、すごく嫌で。お兄さんが結婚していたり、上手く話せずに恥をかいて帰ってきて欲しいって。私はこんなに寂しいのに、店長が誰かを好きになるのが許せなかったんです。だから強引に会いに行かせたんです。本当は店長のこと大好きで応援したいのに……」


「ごめん、あなたが辛かったの気付けなくて……」


「謝らないで下さい!謝るのは私の方です。店長嬉しそうに帰ってきて、すごく寂しかった。でも、素直に応援出来なかったのが申し訳無くて、お兄さんの連絡先を聞いておいたんです。でも……。でも私は!」


 謝りたかった、それが彼女を苦しめると分かっていても。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る