8話

「ねえ、勉強はどうだった?」


「問題なかったよ。予習したところだったから」


「予習して塾に行ったの?」


 美緒は得心がいかない様子で、小首を傾げる。


 彼女の黒目に、街灯の明かりが映り込む。ブラックダイアの様に、美しい輝きだ。そんな彼女の瞳に、自分の姿が映っていることが、何処か誇らしかった。


「授業と同じで、塾でも予習が必要なんだよ。分からないことがあったら、講師にも聞けるし、より理解を深められる」


「そうなんだ、私にはよく分からないけど」


「大丈夫だよ、僕が美緒さんを教えるから」


「お手柔らかにね」


 苦虫を噛み潰したように、美緒は渋面を浮かべるが、すぐに破顔して声を出して笑う。


 サイコロの目のように、コロコロと表情が変化する。考えていることが、表に出やすいタイプなのかも知れない。


 グイグイと慧を引っ張り、美緒はライトアップされているショーウインドを見て回る。


 彼女は、慧が持っていない物を持っていた。そして、慧は彼女が持っていないものを持っている。共通点は、驚くほど少ない。だからこそ、お互いを知ろうとするし、惹かれるのかも知れない。


「ねえ、みてみて!」


 足を止めた美緒は、ショーウインドの前に慧を引っ張った。


「どうしたの?」


「これ! 綺麗なカチューシャ……」


 ウインドに指先を当て、指し示す先には、マネキンが頭につけたカチューシャがあった。カチューシャは少し大きめで、黒塗りの本体にスワロフスキーが鏤められており、ライトアップの光に照らされ、天の川のように煌めいていた。


「これ、欲しいの?」


 値段を見て、慧は小さく「げっ」と呟いた。金額は六万円。バイトもしていない高校生の慧には、貯めたお小遣いを使ったとしても、手が出せなかった。


「綺麗……」


 ウットリと、美緒は目を細めた。その横顔を見て、慧は美緒の方が綺麗だと思った。もちろん、口には出せないが、慧は飽きることなく美緒の横顔を見つめていた。


 ぷっ


 突然、美緒が笑い出した。


 横目でこちらを見ながら、「私の顔、見過ぎだから」と、力強く手を握ってくる。


「あっ、気づいていた?」


「気づくも何も、ガラスに映ってるよ?」


 指摘され、ショーウインドを見ると、慧と美緒の姿が映っている。


 妖艶な雰囲気を纏う美緒。その横に並ぶのは、制服をきっちりと着こなした年相応の青年。


 見る人が見たら、大学生と高校生の姉弟。やはり、慧と美緒は不釣り合いなカップルなのだろうか。


 何処からどう見ても、接点のない二人。こんな二人が付き合うなど、普通はないのかも知れない。


「ねえ、美緒さん、どうして美緒さんは僕を……」


「慧君、私達、お似合いだと思わない?」


 ガラスに映る姿を見ながら、美緒は慧に体を寄せ、肩に頭を乗せてくる。


「お、お似合い? そう……?」


「うん。誰がなんと言おうと、お似合いだと私は思う。私ね、慧君に告白して、本当に良かったと思ってる」


 そう言われてしまえば、慧の口から疑問を言うことは出来なかった。


「慧君は、私と付き合って後悔している?」


「いいや、まさか。付き合って良かったと本当に思ってるよ」


「良かった。本当に、良かった」


 しばらくの間、美緒は慧の肩に頭を乗せながら、光り輝くカチューシャを見つめていた。


 慧は、ショーウインドに映り込む美緒の顔を、ずっと見つめていた。

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