選ばれたのは、アニヲタでした。

まつもん

第1話 呼び出し

「それでは生徒会長の一ノ瀬さん、お願いします。」

そう司会が言うと、体育館のステージに生徒会長の一ノ瀬麗華れいかが姿を表した。


誰がどの角度から見ても超絶美少女で、黒髪ロングヘアで大人な雰囲気を醸し出している。

その堂々とした立ち振る舞いは、もはや生徒会長どころか国会議員のようであった。


そしてマイクの前で一呼吸し、言い放った。

「私がこの学校を変えてみせる!」

 体育館に、力強くも可愛らしい美声が響き渡った。



 *



 名門私立、高園たかぞの学園高等学校。

 始業式が終わり、気づけば高校2年生。

 新学期が始まろうとしているのに、俺の心と身体はまだ冬眠から目覚めていなかった。

 今日は学校が午前中で終わり早く帰れるというのに、俺のテンションは1メーターも上がっていない。タクシー運転手なら舌打ちしているだろう。


 綾瀬たかしは、あくびをしながら廊下を歩いていた。

 昨日見た深夜アニメが睡魔をいざなう。


 俺はいわゆるアニヲタだ。

 アニメが大好きで、中でも『魔法少女カレン』のカレンちゃんは俺の嫁である。

 超インドアな生粋のアニメオタクであり、将来は引きこもりになる危険性を兼ね備えたニート予備軍でもある。


 そのため、学校に趣味の合う友達はいない。

 ただ1人を除いては...

 

「たっかっし〜!」


 背後から、何者かが背中に飛び乗ってきた。

「うわっ!」足腰が鍛えられていない俺はヨロヨロとバランスを崩したが、思いのほか背中に飛び乗ってきた男の体重が軽かったため何とか倒れずに済んだ。


「なんだ康太こうたか」

「なんだとはなんだ!久しぶりに会うんだからもっと喜びたまえ!」


 山本康太は俺が学校で話す唯一の人間である。俺と同じヲタクだが、アニメではなくゲームが専門の実力派ゲームオタクである。

 いつも髪の毛はボサボサであり、ぼっちでいる俺に話しかけてくる明るくて社交的な憎めない男だ。


「なんでそんなに元気なんだよ」

 ハイテンションな康太をおんぶしたまま俺は嘆いた。


「なんでって学校が始まるからに決まっているじゃないか!しかもまた康太と同じクラスだしな!」

「俺はずっと休みがいい」

「そんなんだからいつまで経っても彼女ができないんだよ!」


 うるさい康太を背中からゆっくりと降ろし、俺は「お前に言われたくねぇよ」と捨てゼリフを吐いて逃げるように歩き出した。

「待てよ隆〜!」康太が追いかけてきたが無視して足早に教室へと向かった。


 教室に着くと俺は自分の席に座り、両腕を枕にして寝る体制になった。

 俺は休み時間はいつもこうして睡眠を取り時間を潰している。眠くないときは寝たふりをして時間が経過するのをただひたすらに待つ。

 俺はそうやって高校1年生をやり過ごしてきた。


「また寝てるよ!」

 教室に入ってきた康太が俺を見つけて言った。

 俺は無視して寝ることにした。


「それにしても生徒会長、相変わらず可愛かったな〜!」


 康太は俺の無視を無視して立て続けに言った。

 誰にも話しかけられなければ1分後にはこのまま眠っていたであろう状況であったが、康太が不思議なことを口にしたので「生徒会長?」と起き上がるように聞き返した。


「さっき体育館で演説してたじゃねぇか!隆も見てただろ?」

「まじか、立ったまま寝てたわ」

「アホ!あんな美しい生徒会長を見逃すなんて人生半分損してるぞ!」

「どんな人生だよ」


 学校行事に関心のない俺は、誰が生徒会長なのか全くもって興味がなかった。新しく2年生の女子が生徒会長になったということは小耳に挟んでいたが、俺なんかが生徒会の人間と関わることなんてこの先ないだろう。


「もう寝る」

「ダメだ!最新作の感想を聞きたまえ!」

 現実から目を背けるようにして再び寝ようとした俺を、康太が止めに入った。

 康太は最近発売された最新作のゲームソフトをやった感想を語りたいらしいが、康太がゲームの話をしだしたら日が暮れてしまうことを俺は知っているので、すぐに目を覚まして顔を起き上げた。


「トイレ」

 トイレに行って一旦この場をブレイクしよう。

 席から立ち上がってトイレに行こうとしたその時、珍しく校内アナウンスが流れた。


 ピンポンパンポーン♪


『2年A組、綾瀬隆。放課後、生徒会室へ来なさい。』


 聞いたことのあるようなないような美しい声がスピーカーから聞こえてきた。

 一瞬、時が止まった気がした。


「隆!お前呼ばれたぞ!」

「え...?」

「しかも今の生徒会長の声じゃねぇか!」

「は...?」


 訳がわからないが、なにやら俺が呼び出されたらしい。

 プチパニックを引き起こしている俺の頭に沈黙が訪れ、少しざわついている教室からは「綾瀬隆って誰?」「知らなーい」という残酷な女子トークまでもが聞こえてきた。


「綾瀬隆って俺か?」

「お前しかいねーよ!何やらかしたんだ隆!」

「何もやってねーよ」


 どういう展開なんだ。なぜ俺が呼び出されたのだろう。

 生徒会長に生徒会室に呼び出されるというこの意味不明な状況に困っていると、康太がトドメを刺してきた。


「とにかく今日の放課後、生徒会室行ってこい!」

「何でだよ」

「知らねぇけど用があるから呼ばれたんだろ!これは行くしかないぞ!絶対行け!」

「まじかよ」


 この呼び出しが俺のアニヲタ学園ライフを大きく揺るがす引き金になるとは、

 この時の俺はまだ気づいていなかった...。

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