第149話 おどかし(美久里)

「ふぅー、やっと放課後だ……」


 美久里は安堵の息をつく。

 今日も無事に授業が終わり、あとは部室に行ってみんなと遊ぶだけだ。

 部活は遊びではないはずだけれど。

 漫研はみんなでわいわい騒いでいるだけという印象が強いため、“遊ぶ”という感覚になってしまう。


 美久里は鼻歌を歌いながらスキップをして、上機嫌な様子で廊下を渡る。

 部室に向かう廊下で、不意に美久里は背後から肩をぽんぽんと叩かれた。


「だっ、だれ?」


 おそるおそる振り返る。

 するとそこには――


「きゃああああああっ!?」


 とても恐ろしい狼男の姿が。

 美久里は同じ階の廊下中に響き渡るほどの大絶叫をあげた。

 そして、なぜか手に持っていたメモ帳でパシパシ叩き続ける。


「いててててて、お、おい美久里。あたしだよ、朔良だ!」

「え!? 朔良!?」


 声を聞くと、美久里は攻撃をぴたりと止めた。

 それを好機と受け取った自称朔良の狼男は、その頭をすっぽりと取る。


「そうだよ。ま、こんなんじゃわからなくても仕方ねーか」


 その顔はまさしくいつもの朔良だった。

 顔は汗びっしょりになっているが。

 一体なにがどうなってこんなことになっているのだろう。


「え、え? なんで朔良は狼男のコスプレ? をしているの?」

「あー、驚かせようと思ってな。ちなみにこれは葉奈ちゃんの提案だぞ」

「へ、へぇ、葉奈ちゃんがね……」


 説明を聞いてもいまいちよくわからないが、とりあえず葉奈が美久里を驚かせようとしているらしい。

 ……なぜだろうか。


「これから部室行くとこだろ。あたしも着いてくぜ」

「そりゃあね。朔良も漫研の一員なんだから」

「ところでお前って結構なビビリだったりするか?」

「え? まあ、そうだね……さっきの悲鳴聞いてたよね?」


 自分で自分をビビリだというのはなんだか恥ずかしくて、美久里は遠回しにそうだと肯定した。


「じゃあ、また悲鳴をあげることになるかもな」

「……え?」

「部室に着いたぞ」


 朔良の意味深なつぶやきに、美久里は小首を傾げる。

 だが、美久里の心の準備を待たず、朔良は部室の扉を開ける。


「ばぁあ!」

「うわぁぁぁ!?」


 すると眼前に、真っ白な物体が飛び出した。

 真っ白なヒラヒラの布に黒い点が二つ、そしてギザギザとした黒い線がその下に見える。

 オバケを模した格好のようだった。


「ふぇ、なになに?」

「おどかしたかっただけっす」


 美久里が困惑していると、葉奈が布の下から顔を出した。

 なんでこんなことをしたのかわからないが、心臓に悪いからやめてほしい。

 なんて美久里が思っても、葉奈はやめてくれないだろうが。


「じゃ、今日も元気に活動するっすよー!」

「活動って言ってもいつもだべってるだけだけどな」


 葉奈と朔良は何事もなかったかのように、平然といつも通り振る舞う。

 美久里は一人だけ別の時空にいるような感覚がして、その日は一日中困惑することになった。

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