第82話 七剣神王

 ゴポリ。

 口元から血が溢れる。


(内臓が傷ついたか……な)

 片膝をついたスピードは、下唇を噛み、なんとか意識を保っていた。


 既に右腕を潰され、両足も言うことを聞かない。


 霞む目を凝らして前方を睨むと、


「おい、そっちに行ったぞ!」

「スピードさんに近づかせるな!」

事務所の仲間達が果敢に一人の怪人に向かって行くのが見えた。


「ダメだ! お前たちの手に負える相手じゃない!」

 必死に制止しようとするが、彼らの耳には届かない。


 次の瞬間、


 ズパンッ。

 果敢に駆けて行ったヒーロー達が、一斉に腹部から血を流して地面に倒れ込んだ。


 切り裂かれたのだ。

 不可視の一撃に。


 地に伏せるヒーロー達の真ん中で、祭服を纏った怪人が仁王立ちしている。


 仮面舞踏会幹部――『No.2』。


 実際、奴の攻撃は不可視という訳ではない。

 ただ、目に映らないほどに速いというだけ。


 伸縮自在の両腕を鞭のように振り回し、一瞬で相手を切り裂く。

 シンプルだが、それ故に付け入る隙が無い。


 距離を取っても切り裂かれ、懐に飛び込んでも切り裂かれる。


 奴のベースはおそらく何らかのだろう。

 表皮に触れただけで肉を裂く、刃物のような切れ味を持った木。



 その凶悪な力の前に多くのヒーロー達が倒れた。

 残りの仲間達がやられるのも時間の問題だ。


(やはり、S級怪人に単独で挑むのは無理があったか……結果的に多くの仲間を巻き込む形になってしまった……)


「君みたいに上手くいかないね、ライトニング」


 直後に、フッと視界が真っ暗になる。

 そのまま、うつ伏せで倒れ込み、数秒間意識を失っていたが、不意に遠くから聞こえてきた声で目を覚ました。


 この場にそぐわない緊張感のない会話が、少しずつ近づいて来る。


「あ、あのぉ……シロエ大尉。なんでこの部隊、隊員3人しかいないんですかね? しかも、ゼロさん付いてきてないし」

「ん? 沢山いたら管理が面倒くさいじゃない。人員なんて、必要なときだけ他の部隊から借りればいいのよ。その方が楽でしょ?」

「いや、まあ、そりゃそうですけど……嫌われますよ?」


 女性が二人。顔は上げられないが、それだけは分かる。


「というか、三枝ちゃん。なんでスーツ赤なの? 白烏隊なんだから普通白でしょ?」

「うーん、これは制作者の意向といいますか――」

「上から白で塗っちゃえば? その方がかっこよくない?」

「だーめですよ! そんなことしたら、お兄ちゃんに怒られちゃう」


 気づけば、いつの間にかヒーロー軍のサイレンが四方に木霊していた。


(――援軍が間に合ったのか。良かった)


 現在のヒーロー軍の戦力は膨大だ。一昔前より人員も練度も遙かに増している。

 そう簡単に負けることはないだろう。


(残った仲間達と協力して上手く戦ってくれればいいけど……)


 いくらS級怪人が強いとはいえ、生物である以上、活動限界はある。

 数的優位を上手く利用して疲弊させれば、十分勝機はある。


(本当は僕も一緒に戦いたいんだけど――後は任せた――)


 思いを託し、再び意識を手放した。



☆☆☆☆☆



 ズバッ! ズバッ! ズバババッ!


 No.3の手刀が連続で空を切る。

 必要最低限の動きで全ての攻撃を躱した紺色のヒーローの視線の先には、空中で旋回するダークブルーのダガーがあった。


 最初は10本以上あったダガーだが、既に3本まで数を減らしている。

 その内の1本が大きな弧を描き、背後からNo.3を強襲した。


 しかし、


バキリッ。

背中の口に受け止められ、あっさり地面に落ちる。


 直後に、大きく踏み込んだNo.3が神速の手刀を放った。

 それを紺色のヒーローがまた躱す。


 超高次元の攻防だ。

 どちらも、人間離れした反応と動きを見せている。


(だが、このままではジリ貧だぞ……)

 そんな両者の戦闘をジィーブラは遠巻きから眺めていた。


 どこかに弱点はないかと、No.3の一挙手一投足に目を光らす。


 一見、互角に見える両者の攻防だが、実際はNo.3の方が圧倒的優位だ。


 有効な攻撃手段を持たない紺色のヒーローに対して、No.3は一つ一つの攻撃が必殺の威力。

 逃げ続けるにしても限度がある。


 結局、奴の「口の壁」を攻略しなければ、勝機はないのだ。


(しかし、どうすればいい……)


 頭をフル回転させるジィーブラの目の前で、空中に浮かぶブルーダガーをNo.3が全てはたき落とした。

 そのまま、相手の懐に飛び込もうとするが、


「――ブヘッ」

 紺色のヒーローに顔面を蹴られて仰け反った。その拍子に仮面が外れて素顔が露わになる。


 素顔と言っても、頬や額、スキンヘッドの後頭部まで、びっしりと口が貼りついた異形の顔だが。


 それを見た瞬間、ジィーブラは頭に雷が落ちたような感覚に陥った。


(こいつ今、普通に蹴りを食らったか? 顔にもあれだけ口があるのに……)


 思い返せば、紺色のヒーローが初めて登場した時も、顔面への跳び蹴りを食らっていた。


 それでは、なぜ奴は顔面への攻撃だけ喰らったのか。


 その理由は至極単純で、考えるまでもない。

 仮面が邪魔して口で受け止められなかったからだ。


(つまり、そういうことか――)


 天啓を得た気分になるジィーブラの眼前で、No.3が苛立ったように体を震わせた。


 次の瞬間、


ペッ。

全身から紺色のヒーローに向かって唾を吐きかける。


 完全なる不意打ち。初見でこれを避けるのは不可能だ。


 たまらず、防御態勢に入るヒーロー。その表面でジュッと音を立てた酸が、白い煙を上げた。


 それを目眩ましに使い、No.3が肩に掴みかかる。

そのまま両腕を背中に回すと、がっちりホールドした。


『わーい、捕まえた!』

 口達が歓喜の叫びを上げる。


 ジィーブラを死の淵まで追い詰めた時と全く同じパターン。


(これはマズい!)

 咄嗟に辺りを見回し、バトルスーツシステムを起動した。


 すぐさま地面に拳を叩き付けると、道路を舗装していたレンガタイルを抜き取る。


 ちょうど仮面と同じくらいの大きさだ。


 それを脇に携え、No.3の背後まで一気に迫った。


『死ーね! 死ーね! 死ーね!』

 紺色のヒーローを締め上げて大合唱していた口のうちの何匹かが、


『なんだこいつ!?』

こちらに気づいて動きを止めるが、もう遅い。


「うをおおお!」

 ガラ空きの後頭部にタイルをあてがったジィーブラは、その上から思い切り拳を振り抜いた。


 ズガン。


『ウゲェェェ!』

 悲鳴を上げたNo.3がよろめき、紺色のヒーローが解放される。


 それと同時に手元のタイルが砕け散った。


 ジィーブラが思いついたNo.3の口壁を破る方法。


 それは――口より表面積が大きい物を間に挟んで上から殴ること。


 シンプルな方法だが、手応えは確かだ。


『貴様ー! 許さんぞー!』

『ぶち殺してやる!』

 発狂した口と共にNo.3がこちらを振り向くが、


「AIバトルスーツシステム……動きをトレース。腕一本持ってっていいよ……最適化」

今度はその背後で紺色のヒーローが足元の仮面を拾うのが見えた。


 それを後頭部にあてがい、


「うをぉら!」

ジィーブラと全く同じ要領でぶん殴る。


 しかし、音が全く違った。


ドパンッ!

激しい破裂音と共に、恐ろしい速度でNo.3が地面に叩き付けられる。

 まるで、超高層ビルの上から落下してきたみたいに。


 直後、その後頭部が陥没し、口から内臓が飛び出した。


(うっそだろ……)

 この場合の口は、怪人としての口ではない。顔の中央にある人間としての口だ。


 ピクピクと痙攣するNo.3を見下ろして、


「2:8ですね……」

紺色のヒーローが口を開く。


「は?」

 訳が分からないといった顔をするジィーブラの前で、男がヘルメットを外した。


 まだ20歳くらいに見える青年だ。戦闘の慣れ方からしてもっと上だと思ったが。


「だから、今回の戦いの貢献度。あんたが2で僕が8ってこと。おじさん、年の割になかなかやるね」

 悪びれることもなく言う青年に、ピキッとくる。


(んだこのクソガキ……俺が助けなかったら死んでたくせによ)


 お互い様だが、そこは棚に上げてはっきりと言い切った。



「いや、せめて、4:6だろ……。因みに、お前が4で俺が6な!!!」



☆☆☆☆☆



 最後に遠くで戦闘音が聞こえた気がする。


 あれから、どれだけの時間が経ったのだろう。

 数時間? いや、実際は数分しか経っていなかったように思える。


「あのぉ……生きてますか……?」


 ガサガサと肩を揺すられたスピードは、再び目を覚ました。


 ハッと顔を上げると、目の前にこちらを心配そうに見下ろす少女の顔がある。


 透明感のある可憐な少女だ。


「――天使だ」

 ポツリとこぼすスピードに、


「はい?」

不思議そうに首を傾げた少女が、背後を振り向いて大声で叫んだ。


「大尉ぃー! ここに今にも死にそうな人がいますー!」


 すると、


「えー、生存者まだいたの……? 三枝ちゃん、悪いけど、怪我人キャンプまで運んどいてくれる?」

向こうから別の足音が近づいてくる。


 少女の手を借りたスピードが、何とか上体を起こすと、全身雪のように白い女性が真横で足を止めた。


 髪もバトルスーツも真っ白。

 その姿を視界に収め、思わず息を呑む。


 それは、彼女の容姿が浮世離れしていたからじゃない。


 その手元にグチャグチャになった肉塊が握られていたからだ。


「私はもう少し戦ってくから、三枝ちゃんも戦いたくなったら後から合流して」

 大きく伸びをした女性がドサリと肉塊を地面に置く。


 それと同時に、


カランカラン。

白い物体が足元に転がってきた。


 バリバリにひび割れた仮面だ。

 その裏面を見て絶句する。


(嘘だろ……?)


 今にも崩れそうな仮面。

 その頬の部分には、仮面舞踏会幹部であることを示す『2』の文字が刻まれていた。

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