第80話 射程圏内

「へー、新米ヒーローねぇ。サイクロンの奴、俺が新人を前線に送るの嫌いって知ってるだろうによぉ」

 腕を組んだ金髪の男が不満気にブツブツと文句を言う。


 超人五帝のリーダーにして最強の男“ライトニング”。

 ぱっと見は気のいい兄ちゃんだが、一世代前には最終兵器とまで言われた男だ。

 実に油断ならない。


(とりあえず、こいつに武器を渡すのはやめておこう……)


「まあまあ、サイクロンさんもすぐそこまで来てますから。文句があるなら直接言って下さい」

 そう言った俺が踵を返して歩き出そうとするが、檻の中のライトニングは一向に付いて来ようとしない。


「どうかしました?」

 不思議に思って尋ねると、


「うーむ。栄養不足からか、足に上手く力が入らん。悪いが俺をおぶってくれないか?」

そんな言葉が返ってきた。


(あんたさっき、足で怪人の首へし折ってただろ……)

 半目になりながらも、ライトニングの体を背負い上げる。


 本人が歩けないというのだから仕方がない。

 こんな辛気くさい場所はさっさとおさらばするに限る。


「そんじゃ、行きますねぇ」

「発進!」

 ライトニングの号令と共にぬるりと走り出した。


 いっちに、いっちに、いっちに――。

 背後から聞こえてくる掛け声に合わせて無心で手足を動かす。


(重っ……てか、遠っ……)

 道半ばまで来た俺が、バトルスーツシステムを起動しようか迷っていると、


ズゴゴォー!!!

不意に通路の先から轟音が聞こえてきた。


 嫌な予感がして歩みを速める。


 そのまま真っ直ぐ進んで行くと、やがて前方に瓦礫の山が見えてきた。


(げ、壁が崩れてやがる!?)


 両側の壁が崩れ落ち、綺麗に道を塞いでいる。

 完全な行き止まりだ。


 試しに何枚か瓦礫を取り除いてみるが、一向に向こうが見えない。


(こりゃ、全部取り除くのは無理だな……)


 そんなことをすれば、地下通路ごと崩落。

 最悪、生き埋めだ。


「ライトニングさん、行き止まりです」

 分かり切った事を報告してみる。


「まあ、そうだね……」

 うーんと唸ったライトニングが辺りを見回してお手上げというように呟いた。


「一旦戻って、他の道を探すしかなさそうだね」

「ですよねぇ」


 改めて来た道を振り返り、ゲンナリとする。

 遠くに房が点のように見えた。


(うわ、この道また戻るんかい……)

 思わず目を回す俺の背中で、


「まあ、焦っても仕方ないし、気楽に行こうぜ」

 何故か楽し気なライトニング軽快に笑った。



☆☆☆☆☆



「ひひ、ひひひ――超人五帝のサイクロン。こんな大物を殺せるなんて私は幸せ者ですねぇ」

 不気味に笑ったNo.4が、逃げ道を塞ぐように部下達に手振りで示す。


 気づけば、T字路の中心で四方を仮面の男達に囲まれていた。


「全員、自分の身は自分で守れ!」

 そう言って、スパイラルが懐のブレードを引き抜く。


 直後に、スグルとオッサンも抜剣した。


 正に一触即発。


 そんな状況下で、


(俺はどーすればいいんだ?)

天井を仰いだテツは、頭を悩ませていた。


 本来、ボディーガードとしてはダマーラの後を追うのが正解だ。

 しかし、今回は同時に潜入任務という側面もある。


 自分勝手な行動をして目を付けられるのはマズい。

 今から仲間を捨てて戦線離脱するなんて言語道断だろう。


(あの時、俺も咄嗟の振りしてダマーラの後追えば良かったぜ……)


 後悔先に立たずとは正にこのこと。


 頭を抱えるテツの視線の先で、No.4のシルエットが一回り膨れ上がった。


 怪人化だ。上半身の衣服が弾け飛び、全身真っ黒の異様な怪人が現れる。


 その容姿はさながら、全身に炭を塗りたくったリス型怪人といった所だ。


(俺と同じ未確認タイプか?)

 そう思ったテツが若干の親近感を覚えかけていると、隣でペラペラとメモ帳を捲っていたスグルが大声で叫んだ。


「こ、こいつは!? ヤマアラシ型怪人です! 近づきすぎるのはマズい! スパイラルさん、逃げて!」


 突然、こちらに両腕の甲を向けるNo.4。


 次の瞬間、


ジャキンッ!

そこから無数の針が飛び出した。


 直径30センチ。射程5メートルはあろうかという極太針だ。


 同時に出現した背中の針山に貫かれて幾人もの仮面男が命を落とす。

 人の体も、通路の壁も簡単に壊すその様は、針山というよりも寧ろ剣山に近い。


「なんという威力だ……!」

 スグルの一声のお陰で、何とか後方への回避に成功したスパイラルが信じられないといった様子で呟いた。


 自身を中心とした全方位の波状攻撃。

 ヤマアラシという動物の厄介な特性をより濃くしたような恐ろしい怪人だ。


 動物界でのヤマアラシには殆ど天敵がいない。

 その最たる要因が、全身から飛び出す強固な棘。

 どんな大型獣でも容易に内蔵を貫かれてしまう為、うかつに手出しができないのだ。


 これだけ聞くと、ヤマアラシは身を守ることに特化した生き物に思えるかもしれないが、実態は違う。

 その身に収まりきらない程の凶暴性を秘めており、自ら敵の元に赴いて串刺しにする。非常に攻撃的な生き物なのだ。


 そして、明らかに目の前の怪人はその特性を引いている。


「な、仲間ごと串刺しにするとはなんちゅう奴だ!?」

 驚くオッサンを余所に、


「ボサッとしてないで攻撃しなさい。一匹たりとも逃してはなりませんよ」

一度針を引っ込めたNo.4が部下達に命令を飛ばした。


 それと同時に四方から仮面の男達が殴りかかってくる。


 敵味方入り乱れての大乱闘だ。


「ぶへ、グハ。げへ」

 視界の隅でオッサンがボコボコにされるのが見えた。


「あー、ちょっと敵が多すぎてメモ帳見る暇がな――ぷぎゃ!」

 隣でスグルもぶん殴られている。


 スパイラルはNo.4の相手で手一杯のようだ。


(仕方ないな。俺が助けるか……)


 これだけ怪人がいれば、気取られることはないだろう。

 そう判断し、バトルスーツシステムを解除した。


 替わりに、怪人としての力を僅かに解放すると、周囲の仮面をまとめてなぎ倒した。


 半怪人化。

 人間としての姿を維持したまま人間離れした力を振るう。


「おい、お前ら大丈夫か?」

 力尽くで道を切り開いたテツが歩み寄ると、


「わーん、テツさん! 助けに来てくれたんですね!」

感極まった様子のスグルが抱きついてきた。


 それを躱し、足元で泡を吹いているオッサンを肩に担ぎ上げる。


「このままここに残ってたら命があぶねぇ。さっさと逃げるぞ」


 チラリとスパイラルの方へ視線をやると、No.4をライフル銃で何とか牽制していた。


 しかし、強固な棘に阻まれて殆ど意味をなしていない。


 当のNo.4は、プラズマ弾が当たった事にすら気付いてなさそうだ。


 針の出し入れを高速で繰り返しながら、こちらに真っ直ぐ進んでくる。

 その度に壁に無数の巨大な穴が開き、通路が嫌な揺れ方をした。


(このままじゃ、通路ごと崩れて全員生き埋めになるんじゃないか……?)


 どうやら、スパイラルも同じ考えに至ったらしく、素早くその場で身を翻す。


「お前ら、俺が道を切り開くから遅れずに付いて来い! このままじゃ天井が崩落するぞ!」

 そう言うと、恐ろしい速度で来た道を引き返しだした。


 ライフル銃をブレードに持ち替え、バッサバッサと敵を切り倒していく。


 オッサンを肩に担いだテツとスグルは、遅れないようにその背に続いた。


 後ろから、


「マ゙ヂナ゙ザァ゙ァ゙ァ゙ァ゙イ゙!!!」

 低いしゃがれ声を張り上げながら狂気に染まったヤマアラシ型怪人が追いすがってくる。


 道中、串刺しになった仲間の返り血で顔が真っ赤に濡れているが、全く気にする素振りがない。


 それどころか、奴の後ろから崩落の波が轟音と共に迫っていた。


 この状況で尚も針の出し入れを行っている。


(完全に頭のネジ飛んでやがるな……)


 背後に迫る化け物に追い付かれまいと、必死に通路を駆け抜ける。


 それでも、


「ア゙ビャ゙ア゙ア゙ア゙!!! アトスコシ! アトスコシ!」

徐々に距離が詰まってきた。


 このままじゃ追いつかれる! そう思った瞬間、


「出口が見えたぞ! みんな頑張れ!」

先頭のスパイラルが大声で叫んだ。


 その言葉通り、外からの光で辺りが少しずつ明るくなる。


(このまま逃げ切れるか……?)

 そんな希望を胸に背後を振り返ると、


「アァァァトォォスコォォォシィィィ!!!」

既に後方10メートル程の位置まで化け物が迫っていた。


 白目を剥き、手足をバタつかせるように追い縋ってくる姿にどれほどの理性が残っているのか。


 出口までは残り僅か。

 だが、このままではこの化け物も一緒に外へ出ることになる。


 そんな事になれば、今度は終わりなき鬼ごっこ始まりだ。


(やはり、こいつにはここで退場してもらうか……)

 そう判断すると、


「おい、スグル。このオッサン担いで先に行け」

前を走るスグルにオッサンを無理矢理押しつける。


「テツさんは!?」

 驚くスグルを横目に、


「俺はここで奴を仕留める!」

一人その場で足を止めた。


 背後を振り向くと、明らかに満面の笑みと分かる表情を浮かべたNo.4と目が合った。


 両者の間に横たわる距離はたったの3メートル。


 直後、


「シャテイケンナイダァァァァァ!」

勝ち誇ったように吠えた化け物の腕から無数の針が放たれた。


 しかし、それと同時にテツが右手の指を打ち鳴らす。


 バチン――。


 乾いた音と共に溢れるように広がる閃光。


 人の姿から放たれたプラズマ衝撃波が一瞬で相手を呑み込んだ。


 グニャリ。

 棘の先から歪んだ化け物の体が、やがて形を保てなくなり、泥のように溶け落ちる。


「近づき過ぎだ馬鹿が。こっちもとっくに射程圏内だ……」


 その死に様を見届けたテツが洞穴を出た瞬間、激しい音を立てて地下通路が崩れ落ちた。



☆☆☆☆☆



 コツリ。コツリ。

 足音が辺りに反響する。


 周りは一面湿り気のあるコンクリートの壁だ。


「本当にこのまま行けば外に出られるんですか?」

 疑問に思った俺が尋ねると、


「あったり前だろ? 閉じ込められたら下水道を使って逃げろ。これが脱獄映画の基本だ」

背中のライトニングが楽観的に呟いた。


(いや、そりゃ映画の話だろ……)


 もうこいつ捨てようかな? と、俺が迷い始めた時、


「ん? あれは……」

目の前に上へと続く青い階段が現れた。


 その先を見ると、どう見てもマンホールという蓋が載っている。


「おっしゃ! 出口だ!」

「ふぉー! だから俺の言った通りだろ?」

 柄にも無くはしゃいだ俺達が階段を上り、蓋を開けると、こちらを見下ろす幾つもの仮面と目が合った。


(どういう状況???)

 お互い状況が飲み込めず、固まる。


 キョロキョロと辺りを見回し、ようやく状況を理解した。


(やべ、なんか敵陣のど真ん中に出てきちまった……)


 直後に、仮面の一人が焦ったように声を上げる。


「ひ、人質のライトニングだ! 今すぐ取り戻せ!」

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