第70話 スクラップ

「へー、西園寺さんも逆指名受けたんだ。どこの部隊?」


 一般科目“美術”の授業中。

 教室の隅に腰掛けたサツキは、できるだけ表情筋を動かさないようにして尋ねた。

 正面ではそんなサツキの様子をユナとアオイが鉛筆でデッサンしている。


「黒薔薇隊。王岸の奴と一緒よ。最悪……」

「おお、サツキも西園寺さんも七剣の所なんだ。凄いね!」


 手元を見たままのユナがパチパチと拍手した。


「いいじゃん、王岸くん。優しいし」

「どこが? 強さしか取り柄のない奴よ。無口で無愛想だし」

「いや、自分も一緒じゃん」

 直後に、


ブオンッ!

恐ろしい速度でアオイの手元から消しゴムが投擲された。

 それをすんでの所で躱す。


「デッサン中に動かないで」

「無茶言わないでよね……」


 テンポよく言い合う二人を見て、


「おー、二人とも仲良いね。なんか意外かも」

感心したようにユナが頷いた。


 そして、良いこと思いついたとばかりに言う。


「そうだ! もうすぐ中間テストだから三人で勉強会しない?」

「勉強会?」

「そ! 放課後、誰かの家に集まってみんなで一緒に勉強するの!」

「へー、結構面白そうかも……」


 ユナの提案にアオイが意外と乗り気だ。


「しっかたないなー。そういうことなら、私の家に来ていいよ? ちょうど今お兄ちゃん出張中だし」

 やれやれと首を振ったサツキが、ドンと胸を叩いて応じると、


「三枝さんのお兄さんって、あのバトルスーツ作った人でしょ? 普段は何の仕事してるの?」

興味津々といった様子でアオイが尋ねてきた。


 うーん。

 少し考えて答える。


「毎朝、スーツを着て出かけるから営業マンかな?」

「なんで疑問形なのよ……」


 呆れ顔のアオイを横目に、天井を仰いだ。


(そういえば、お兄ちゃんって何の仕事してるんだろう? いつ訊いてもはぐらかされちゃうんだよねぇ)



☆☆☆☆☆



「うーむ、それにしても酷い状態だな……」


 ジッ、ジッ、ジッ。

 携帯式レーザーカッターを使用し、床に広げたバトルスーツを修復する。


 ここは、ビッグバン事務所の最奥にあるオッサンの私室。

 手が空いた俺は、入所時に支給されたおんぼろバトルスーツの改造に励んでいた。


 今回の任務中に自分自身で戦うつもりはないが、万が一の時にこんなポンコツでは身も守れない。


(想定するべき最大の敵はギャラクシー4か? それとも内通者の怪人か?)

 うーんと頭を悩ませるが、特別答えは出ない。

 どちらにせよ、かなり大きな力が必要なのは確かだ。


 改めて足元を見ると、錆びたライフルやひび割れたブレード、千切れた手足のパーツが無数に転がっている。

 俺が廃品倉庫から持ってきた物だ。


 隣にはベースとなる銀色のバトルスーツ。

 部隊に予算がないからか、かなり痛んだ中古品だ。

 しかも、他人仕様のカタパルト式。

 まるで使い物にならない。


 一言で言うなら――ゴミ。今、目の前にゴミの山が広がっている。


「隊長……もう少しまともな武器ないですかね?」

 俺の質問に、


「知らん! 必要なら自分で上に文句言え!」

デスクでふんぞり返ったオッサンが投げやりに答えた。


(なんて役に立たないオヤジなんだ……)


 仕方なく手元のガラクタに視線を落とす。

 どうやら、今あるもので何とかするしかないようだ。


 やれやれと首を振り、意を決したように呟いた。


「しゃーない。こうなったら――このガラクタで誰も見たことがないようなバトルスーツを作ってやるか」



☆☆☆☆☆



 翌日、俺とテツは相も変わらず『プライベート接近大作戦』を実施していた。


 向かいの通りにあるパチンコ店の窓辺の席に、マッシュルームヘアーにサングラスというインテリヤクザのような風貌の男が腰掛けている。


 彼の名はヒーロー“ジィーブラ”。

 今をときめくギャラクシー4の一人だ。


「また朝からパチンコか。毎日毎日よくやるな……」

「全くだ」

 テツの言葉に同意し、深々とため息を吐く。


 ここ数日、俺とテツでジィーブラの動向を見張ってきたが、全く仕事をする気配がない。毎日、朝から晩までパチンコ。

 堕落している。完全に堕落している。


 そして、恐ろしいのは――堕落しているのがジィーブラだけではないこと。


 スパイラルと親睦を深めた俺たちは、その後、効率化を計るために残るメンバー3人の同時攻略を始めた。


 その結果、分かったことはただ一つ。

 全員が怠惰で破滅的な生活を送っているということ。


 ジィーブラはパチンコ中毒。

 小柄な童顔男“スピード”は散財。

 妖艶なグラマラス美女“プリティーウーマン”は毎晩男漁り。


 そもそも、スパイラル以外は事務所に顔出しすらしていない。


(こいつら、ほんとどうなっとんじゃ!!!)


「ティガーの事前情報によると、ギャラクシー4は定期的にデカい依頼をこなす。そろそろ次の依頼を受けてもいい頃だが……」

 難しい顔をして呟くテツを引き連れて向かいのパチンコ店に入る。

 すると、


「おーい。ダマオ、テツ、こっちだ」

目ざとくこちらの姿を見つけたジィーブラに早速声を掛けられた。


 手招きされ、隣の席に腰掛ける。

 既に何度も顔を合わせ、打ち解け済みだ。


「今日の玉の出はどうっすか?」

「んー、ぼちぼちってところかな。これからの調子次第って感じだ」


 そう言ったジィーブラが、機嫌良さそうに話を続けた。


「それよりも、スパイラルの奴に聞いたぜー? お前ら遂にB級怪人を倒したらしいな。流石だぜー」

「ジィーブラさんのアドバイスがあったからですよ。事前にトカゲ型怪人の弱点は鼻だって教えてくれたじゃないですか」


「へへ、そう言ってくれると嬉しいね-。ほら、お祝いに玉分けてやるよ。ほら、テツも」


 満面の笑みのジィーブラが俺たちに玉を分けようとしていると、


ブー、ブー。

そのポケットで電話が鳴った。


「んだよ。せっかく楽しく話してんのに」

 煩わしげに舌打ちしたジィーブラがスマホを取り出す。

 そのまま怠そうな態度で応じた。


「もしもし――ああ――ああ――分かった。遅れず行くよ」

 それだけ言い、すぐに電話を切ってしまう。


 相当嫌な話のようだ。


 直後に、

「だりぃ~。いや、本当にだりぃ〜」

いかにも何の電話だったか訊いて欲しいといった様子で椅子にもたれた。


 ここで訊かない理由もない。


「なんの電話だったんですか?」

 俺が尋ねると、待ってましたとばかりにジィーブラが姿勢を正す。

 そして、心底がっかりしたという口調で言った。



「ダマオ、テツ、聞いてくれよ。スパイラルの奴がさ――明日、急遽仕事が入ったって言うんだぜ? 勘弁して欲しいよな」

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