302話 準備完了

 今日も仕事が終わってから自宅に戻って、思いっきりため息を吐き出し、飯食ってスマホを弄りつつ、ごろごろしていたら転寝して、慌てて起きたら風呂入る。あー、配信で食っていけるようになりてえなあ。そんな事は無理だってのは分かってんだけど、ポンコツピンク、私の事で結構儲けてるんだからちょっとくらい上前を私にくれてもいいのにな。


 そういう訳で本日のT2Wタイム。やることやって、後はゆったりプライベートな時間を楽しむ=ゲームタイムって訳なんだけどさ。

 現状で言えば結局オーラ関係のモンスターが出てきたのがイベントなのかどうなのかは全くもって分かってないし、ギルドレベルは上がってないし、装備は新調出ていないし、自分でも分かるくらいに何にも進展がない。こんなないない尽くしってのは一番理解してるから改めて言うほどではないのだが。


「とりあえず約束していた料理を受け取りにいって、ゴリマッチョの所行って装備の進捗確認、えーっと後は何かあったかな」


 いつも通りの白い転移の輪を出しながらログイン完了。

 いつものクランハウスにやってきて、これまたいつも通りのログアウトしていた間の売上、在庫の報告を貰って目を通して、ついでに私がいない間の来客を聞いて……あー、大変。誰だよ、こんな風に逐一説明して、報告しろって言ったのは。


「アカメ様です」


 うん、まあ、知ってるって、ぼそぼそ言っていた事を拾って返事をするんじゃーない、全く。


「クランメンバーバイパー様より、アタッチメント開発の相談をしたいとの伝言があります。またクランショップに来店された方が、耐性料理の試食についても。最後に薫様から防具の代金が30万Z、クランハウスの方へと受け取りに来い、と仰っていました」

「人気者は辛いなあ……先にトカゲの用事済ませて、ゴリマッチョの所、最後に料理かな、これでようやくギルドレベルを上げられるようになるって、先がなげーわ」


 ついでにギルドの資金もうちょっと引き出しておこうっと。うちのクラン資金もかなり潤沢と言うか、稼ぎまくって今や総資産15,201,310Z也。まあどうせゲーム資金ってのは使ってなんぼだし、そのうち思いっきり散財して資金からにでもしてやるかな。とりあえずアタッチメント開発の話しに行くか、開発資金は腐るほどあるわけだし。



「ログイン遅いな」

「仕事から帰って色々やったらこんなもんだって」

「何か案はあるのか?」

「仕事の合間に考えていたんだけど、本体は弄らずにプラスαってのを考えて言ったら、この辺弄りたいわよね」


 作業台の上に自分のCHを置いてから持ち手の部分をこつこつと叩く。

 一応ハンドガードは付いているが、金属の持ち手でいかついモデルのままだ。


「で、どうするんだ?」

「とりあえずゴムや皮を張れるなら張ってグリップを良くしたいんだよね、当たり前だけど握りが良くなればハンドリングも良くなる」

「パーツごとに変えるのは難しいと思うけど、やってみるか」

「いやパーツごとじゃなくて、追加って感じかな……既存の場所に張り付けられればいいかなって」


 そう言いながらグリップ部分をなぞって此処を弄れないかと言いながら、片手は顎に、もう片手は何度もグリップをなぞりながら考える。


「布を巻いて防音、滑り止めってのもあるし、それはいいかもしれんけどどう張り付ける?」

「店ににかわって売ってただろ、あれを使えば行けると思う。とりあえず研究費は渡すから試作してみよう、所謂保持力アップのカスタマイズってのが狙いだし」

「なるほど……とは言えボスのその銃借りてあれこれ試行錯誤なんて出来ないし、研究の銃を一式揃えて代わる代わる使ってみたいんだが」

「それは構わないけど、トカゲのギルドレベル幾つだっけ?」

「5だな、それでも一式は揃えられるから問題ないさ」


 あんまり私と大差が無いって事は私が金出した方が良いな。

 とりあえず待ってろと言ってから、ガンナーギルドに行って試作研究用の銃を何本か買ってとんぼ返り。で、トカゲが試行錯誤している作業台にがちゃがちゃと買ってきた銃を広げる。


「俺たちも悪いんだろうけど、最近金遣い荒くないか?」

「遠慮されて貯める必要なんてないでしょ、使いこむとうちの秘書に怒られるけどな」


 けらけら笑いながらライフル2丁、拳銃3丁、ショットガン2丁をしっかりきっちりと並べてみる。良いよなあ、本体を中心に拡張系パーツや装備を並べるあれ、浪漫と言うか単純に情報量が好きだわ。

 とりあえず買ってきた拳銃、オートマチックとリボルバーついでに単発式、ライフルはボルトアクションが2本、ショットガンは水平2連のソードオフとポンプ式。

 どれもこれも初期に手に入る銃ばっかりなので今のレベル帯じゃ完全に足手まといと言うか力不足なので幾ら弄りまくっても問題ない。


「だからっていくら使ったんだよ、これ」

「ひ・み・つ♪」

「あんまり無駄遣いするなよ」

「研究費をケチったら良い物は出来ないのよ、あと材料費はこれ」


 ピンっと音を立ててトカゲに硬貨データを投げると、それを掴んで確認。そうすると共にため息を大きめに吐き出してインベントリに仕舞い込む。


「50万かよ」

「足りんかった?」

「……貰った金額に合わせて黒字化しろって事だろ、分かってる分かってる」


 別にそう言う事じゃないんだけど……何か私が金を使ったらそれ以上に儲けてクラン資金に入れろって流れになっている気がする。結構忘れられているけど、クランショップに登録した物が売れたとき、100%こっちに全部入る訳ではなく、取り分はしっかり貰ってるからこその売上なんだけどなあ。


「それじゃあ任せてもいい?」

「ったく……職人泣かせのボスだな……ログアウト前には作っとくわ」

「うちの職人は勤勉だわー」


 そういう訳で相変わらず基本方針を決めてからは丸投げなので後は金の続く限り頑張ってもらいたい。金は出すから成果を出せって結構乱暴な気がするけど、しょうがないね。






「ほらほら、アカメちゃん、全部脱いで」

「はいはい、言われなくてもやるって」


 防具を全部外してTシャツ短パンサンダル姿の初期姿になってから新しい防具を受け取る。前回と同じような発注って訳ではないので、結構高くついた気がするが、必要経費だからしょうがない。


「……って言うか一回脱ぐ必要ないよね?」


 何のことやらとはぐらかしながら渡してきた防具をさっさと着ろと言うのでメニューの装備画面に当てはめていく。プリセット登録出来て、発動条件が指パッチンとかで切り替え何て事が出来たら楽しいんだろうけど、残念ながらそういう機能はないのでぽちぽち変更。


「インナーとスーツ、ブーツにグローブって、本当に一式揃えてきたのね」

「男物なんてあんまり作らないから、新鮮なのよぉ?」


 まあ、最近はスーツの上に宇宙猫T着てるからあんまり関係ないと言えば関係ないんだけどね。


「私としては性能があれば見た目気にしないしな」

「良いモデルなんだし、気にしたらあっという間に有名人よぉ?」

「そう言うのが好きな奴に任せたら良いのよ」


 インナーはぴったりと体に張り付くコンプレッションシャツのような物の上下、体のライン出過ぎじゃない、これ?


「見えないからいいけど、もう少しなかったわけ?」


 体のモデルは弄ってないけど、結構でかいんだな私の胸。リアルでもこんなにねえってのに。

 まあ、こういう装備は嫌いじゃないけど、やっぱ自分自身ってのは何か気恥ずかしいわ。


「いいじゃない、似合うわよぉ?」

「まったく……」


 スーツはいつも通りのビジネススーツ……と違って、いつもよりもきっちりとしている。しっかりとしたパールホワイトのワイシャツ、クリムゾンレッドのネクタイに、マースブラックのスーツ。


「バーコードハゲの殺し屋でも参考にしたんか」

「ああいうのは誰が見てもかっこいいし、その顔や体にはぴったりじゃない?」

「しっかり皮手袋も黒にしおって……流石に靴はコンバットブーツだけど」


 前とあまり変わらないけど、足先に鉄板入ってるからやろうと思えば蹴り倒せるレベルにはなっている。こういう地味な所の改良を惜しまないってのはいい職人の証だな。

 何度かその場で軽くジャンプしてブーツの具合を確かめ、手に馴染ませるようにぐぱぐぱと手を握ってみたり、ガンベルトを巻いてからCHを早抜きからの構え、投げ物ポーチに手を突っ込んでしゅぱっと前に出してみたり、1つずつ今やれる動作を確認。


「いい仕事するわねー、ほんと」


 投げなかった手裏剣や苦無を仕舞い、指でCHをくるくると回してからガンベルトにすとんと提げて一息。

 そんなところをゴリマッチョのクランショップの一角でやっていたので、クランメンバーもこっちの様子を見て、感嘆の声を漏らしているのがちらりと見える。なので、そっちに向けて軽くウィンクしてやると、黄色い声が溢れる。


「あんまりうちの子誘惑しちゃだめよぉ?」

「金髪エルフ一人貰ったからもう要らないって」


 50万Z分の硬貨データを出すとそれを手渡しつつ、体をぐりぐりと動かして、今までと違う部分をさらに確かめていく。


「細かいところ直すときはまた言ってちょうだい?」

「ああ、ありがとう」


 自然に素直に礼を言ったら言ったできょとんとしやがる。

 

「明日は雨かしらねぇ♪」

「さーてと、んじゃ、またなんかあったらよろしこ」

「はいはーい♪今度はしっかりメイクもしていい?」


 分かった分かったと生返事をし、色々と細かい後処理を済ませていると結構時間を食っていることに気が付く。

 出来る事なら今日中には死霊を倒してギルドレベルを10にしたい……って思ったけど、どう攻撃を通すかをまだ考えてなかったわ、八兵衛八兵衛。とりあえずそんな事を考えつつ、ゴリマッチョの所を後に。





 で、ようやく色々済ませて料理露店の所へとやってくる。

 別にいつ行くとか、どの時間にってのは何にも話していないのでこっちから探すしか方法が無いってのは失敗したな、また食べ歩きしながら探すとするか。


「美味い物は美味いでいいんだけど、バフ目的じゃなくて此処に来てるの絶対いるわ」


 適当に見つけたホットドッグを食べながらまた散策。

 そういえばうちで作っている酒もこういう料理に調味料として使われているって事もないのかな?焼酎、ウィスキー、ワインと果実酒も作ってるって言うし、料理酒扱いしているのもあると思うんだよなあ……日本酒も作り始めてるって言うし、結構種類と売り上げを伸ばしているらしい。


「そういえば1本どれくらいで売ってんのかしらないのよねぇ……じゃんじゃか蒸留してアルコールを作りまくってるの知ったら卒倒するやつとかいそう」


 当たり前だが、飲物も結構充実している。流石にコーラや炭酸類はないのでフルーツ系のジュースが多い。果実酒も作ってるんだからアルコール抜きゃいいだけだし、それもそうか。よく分からない変な果物もあるわけだが、だいたいリアルに存在している果物っぽい味って書いてあるからそこは安心。


「中々色々あるもんだなあ」


 手頃な露店のメニューを見て選択するたびに、そのメニューの概要と説明が並んで出てくるのでそれをざっと確認して閉じて、また別の露店にいって開いてを繰り返す。

 開かなきゃ分からないって部分で言えばちょっと楽しいんだけど、この作業を永遠と繰り返すって話になるとかなり億劫になるわ。目当ての物を見つけたけど、価格がちょっと高いから別の所を回っているうちにどの辺にあったか忘れるなんて事もあったっけか。


「うちの金髪エルフみたいに、ゲーム内でレシピ開発しているような本職の連中もいるかもしれんなあ」


 シミュ系ゲームに近い所もあるのでリアルの方に生かすためってのもあるかも。何でもかんでもできるゲームって特徴だからこその利点だろう。


「お、やっぱ酒が並んでるじゃん……結構種類あるなあ……」

「やあ、お好きなお酒はあるかい?」

「んー、大体うちで作ってるからいらんかなあ」


 マイハウスでもクランハウスでも髭親父ががんがん作って味を良くしているっていうから、一通りの物は言えば手に入る、なので今見ている理由ってのがそれ以外の珍しい酒があるかなーって所で、残念ながらこの露店じゃ私の欲求は満たせない。


「作ってるって酒造クランの関係者?」

「いや、うちで作ってるのがいるから、酒造クランは入ってないじゃないかな、うちのクラン員だし」


 メニューを見て改めて料理アイテムとして酒を確認するのだが、飲み過ぎると酩酊するって書いてあるな。ふらふらと真っすぐ歩けない状態にでもなるんか。


「ちなみにどんなお酒作ってるか分かるかい?」

「ジャガイモ酒だったかな、今は蒸留器3機使って色々作ってるみたいだけど」

「……蒸留器?」

「そー、クランハウスの地下一室全部使って蒸留しまくってウイスキーだが作ってんのよ」


 購入確定しなければ手元でどんなアイテムがあるか確認できるって結構便利だよなあ。酒瓶ってポーション容器と同じで使い捨てみたいだけど、種類によって色ガラスになったり、形が変わったり……ってのはないので、よくあるガラス容器に入ってるだけなので変わり映えはしないのだが。


「うちじゃあ酒に関して言えば武器の材料だし、こんなに消費しないってのもあんのよ」

「ぶ、武器って、どう?」

「そりゃあ、火炎瓶よ火炎瓶、よく燃えるのよね、良い酒って」


 お、これいいかも。とりあえず1本の酒、普通の焼酎のようだがちょっとばかり値が張り、品質の高い物なのでそれを1本購入。それから鼻歌交じりに露店を後にし、例のMREの店に向かう。


「……な、何者なんだろう、あの人……」






「待った?」

「いらっしゃい」


 結局あちこち露店を回って楽しみながらやってきてそれなりに時間を掛けてからようやく見つける。露店だけ設置して放置するって思ったが、そんな事も無く昨日と変わらない露店位置にいてくれたのは助かった。


「で、例のブツは?」

「その言い方、やめて欲しいな」


 そういうと露店のテーブルの上に包みに覆われた物が差し出される。

 怪しさ満点な包みを開けて中を確認すると、薄いオレンジ色のしたブロック状になった塊が出てくるので、手袋を外し小指でカリカリと削って口に運ぶ。


「アイテム画面で確認するんじゃないのか」

「ぶぇー……よくもまあこんなまずいもん作れるわ」


 効能の前に味見をしたが、これは中々にまずい。この間の形容しがたい奴よりはまともな味だが、ここまで不味い物を作れるってある意味才能だな。


「で、効果は……各種状態異常耐性中か……これ以上の物って無理なの?」

「ある事はあるが、もっと不味い」

「じゃあそっち頂戴?」


 薄オレンジ色のブロックを返すと代わりに出てくるのは黒色のブロック塊。これでいきなり白い塊出されるよりはましだが、結構覚悟しないと食べられない造形と色すぎじゃね?

 さっきと同じように何度か、かりかりと小指で削って口に運ぶ。と、共に悶える程の苦みが襲ってくるのでさっき購入した酒で口の中を上書きしていく。


「げほ、えほっ、えほっ……!」

「やはり効能を上げると不味くなる」

「にっがぁ……焦げの塊じゃん、もう」

「耐性は付いたか?」


 酒で流し込んだから酒のバフ効果で上書きされてんだよ、こっちは。ちょっと削ってあの苦さだって言うんだからもう料理って言うか漢方だよ漢方、センブリを思い出したわ。


「咄嗟に酒で上書きしたっての!ったく……料理じゃなくて薬だと思って水ありだったらまだ許容できるってどーなのよ、料理プレイヤーとして」

「まあ、サブ職だからな」


 そう言う事は先に言って置けよ、マジで。だから派手なパフォーマンスじゃなくて圧力鍋にぶち込んで圧縮してたのか。とにかく効果のあるものをねじ込みましたって効率重視な点はすごい賛同できるけど、もうちょっとマシな味にはしてほしかった。


「まあ、いいわ……とりあえず20個くれ」

「……本気か?」

「で、幾らよ」

「1個10Z」

「焦げの塊って思うと高い気がするわ」

「ちなみにショップの売値は1Zだ」

「焦げっていうかゴミだな、もう」

「我ながらそう思う」


 自覚をもって不味い物だって分かってんのかい、こいつは。

 ……まあ、何にせよこれで死霊対策は出来たわけだし、属性はどうにかこうにかして立ち回れば大丈夫だろうよ。

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