異世界症候群

Pawn

世界を車窓から。

「あと一駅」というのは、何ともやり過ごすのに困る。再度ゲームを起動するには短すぎる。1度夢中になって降りるのを忘れてしまったから間違いない。かと言ってぼーっとするには長すぎる。こんなときには、進行方向の景色を見るに限る。先頭車両の特権だ。駅を出て、すぐにトンネルに入る。このトンネルを出たら、じきに僕の降りる駅だ。暗いトンネルの先に見える小さな光が徐々に近づいてくる。近づ…いや、ちょっと待て。早過ぎる。そしてあんなに蛍光グリーンなわけがない。運転手さん…は、えっと、なんで落ち着いてるの?防音ガラスの向こうで動く唇は「ちっ、またかよ」と不満そうだ。いや、そうじゃなくて。


周りの客はスマホに集中していて気付いていない。慌てている僕がおかしい奴みたいだ。電車は光に包み込まれる。揺れは少ない。普通に電車に乗っているときと同じくらいの振動だ。そして、光が晴れた瞬間、先頭車両から見えたのは


「ま、魔王城!?」


見下ろす形で目の前に出現した、邪悪さ全開のサグラダファミリア的巨大建造物が「魔王城」だと分かったことに首をひねる暇もなく、ゲームでも最近見ないようなベタなデザインの魔族が空中の電車に向けて特攻してくる。そして聞こえる、防音ガラス越しの運転手さんの怒号。


「つぅぅらぁぁぁぬぅぅぅぅけぇぇぇぇぇッ!」


他の客がスマホゲームに興じ続ける中、車体が金色に輝き出す。血も骨も残さず塵と消えていく特攻魔族たち。電車はそのまま魔王城の最上階らしきフロアに突入する。電車のフロントガラスに傷一つつかないまま、目の前に現れたのは


「げ、魔王!?」


両手を広げ、待っていたぞ勇者!みたいなことを言っているように見える魔王。止まらない電車。咆哮する運転手さん。


グシャッ。

「魔王轢いたぁぁッ!?」


驚きの声をあげる僕を乗せて、魔王城を1階まで貫き、破壊していく電車。新幹線なら画になったかもしれないけれど、この車両はただの四角い在来線。地下フロアまで貫いて、いよいよ地面に衝突かと思った瞬間に、電車は再び蛍光グリーンの光に包まれる。


近くの客が顔を上げる。同じタイミングで車内アナウンス。次の駅名、僕の降りる駅。先頭車両はいままさに、トンネルを抜けるところだ。


「あと一駅」というのは何をするにも半端な長さの時間だ。僕には景色を眺めることしかできない。そう、運転手が電車ごと異世界に喚び出されて、そのまま世界を1つ救う、壮大な景色を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る