第87話 運命を狂わす手紙
ーーー その日の夜 ーーー
「よろしかったのですか?」
「仕方がないでしょ、このお屋敷には置いておけないけど、無一文ので放り出す訳にもいかないのだから」
このまま野垂れ死になんて事になれば後味が悪いし、ヘタに街中で騒がれても私の評判にも関わってしまう。
それにこのアクアにはアージェント領で暮らしていた人たちも大勢いるのだ。もしそんな人たちが叔母やエレオノーラの顔を覚えており、家や想い出を失った怒りを覚えていたのなら、今度こそ本当に問題が起こってしまう恐れすらあるのだ。
「それにね、叔母が言っていた茶会には多少の打算もあるのよ」
「打算……ですか?」
「えぇ」
私が目指しているのは、アクアの美しい景色や海の幸が味わえるようなリゾート化。それには一人でも多くの人に来てもらい、アクアの良さを感じて広めてもらう事が重要なのだ。
そのために宿泊施設や乗馬などが楽しめる施設を用意したのだから、来てもらわない事には始まらない。
「なるほど、ミルフィオーレから来られるとなると宿泊は必須。そこでこの地の事をアピールできれば、王都へ帰られた時に噂になると」
「そういう事よ。観光地と言っても相手は貴族や商家になるでしょうから、ミルフィオーレ王国に噂を広めるにはまたとない好機なのよ」
この事を叔母に話せばややこしい事になりそうだが、言葉巧みに出来たばかりの宿泊施設やコテージに案内し、さりげなくお茶会の合間に観光や乗馬なんかを楽しんで頂ければ、こちらとしても宣伝としてのメリットが十分にある。
「あと問題なのは屋敷に閉じ込める叔母達の事だけれど……」
「そうですね。閉じ込めると言っても本当に閉じ込める訳にはいきませんので、精々行動を管理すると言ったところでしょうか?」
「そうね、それしかないわね」
あのお屋敷から街までは其れなりの距離があるので、叔母達なら必ず馬車を使うはず。
行商や訪問販売なんかも本人が直接手配する訳ではないので、その前の段階で止めておけばある程度の管理はできるだろう。
後は必要最低限の生活保障と、買い物などの監視体制を引いておけば、いずれつまらないと言って母国に帰ってくれるのではないだろうか。
「この際叔母が連れて来た三人のメイド達も、こちらで雇って懐柔しておいた方がいいわね」
今日のような出来事を考えると、三人のメイドもこちら側に引き込んでおいたほうがいいだろう。
あのメイド達もこの先どうなるか不安を抱いているようだったし、お給料や生活の保障をしておけばこちらに靡いてくれるはず。
少々叔母達の面倒を押し付けてしまう事に罪悪感は感じるが、そこはこちらのメイドとの入れ替わりや、休暇を挟みながらも頑張ってもらうしか他にない。
最悪は日替わり交代なんかで何とかなるだろう。
一通りハーベストとの打ち合わせが終わった頃、アイネから急ぎの手紙が届いたと知らせを受ける。
「リネア様、夜分遅くにすみません、たった今急ぎでこのような手紙が」
「手紙?」
アイネから差し出されるままに手紙を受けとり、誰からなのかと裏の蝋印のマークを確かめる。
「えっ!? これって……」
「トライライト公国のエムブレムですね。しかも鹿のツノがございませんのどうやら公妃様からの手紙かと」
横から手紙の蝋印を確かめながら、ハーベストが教えてくれる。
このトライライト連合国家のエムブレムは動物を模った物が多い。その中でも鹿をモチーフにしたエムブレはトワイライト公国のみで、さらに型どられた鹿がメスの絵なので、この手紙の差出人はトワイライト公国の公妃様という事になる。
ちなみにメルヴェール改め、新生ミルフィオーレ王国は花がモチーフにされたエムブレムが多く使われている。
「でもなんで? 私、公妃様どころか公王様にすら会った事がないのよ?」
一応このアクアもトワイライト連合国家の一つなので、年に一度開催される生誕祭に出席を促されているが、前領主様はご高齢だったのと、昨年は前領主様の喪が明けていないという理由で、ここ数年随分とご無沙汰となっていると聞いている。
一応昨年は私から理由を添えてお断りのお手紙出させていただているので、礼儀としては間違っていないだろう。
「その点に関しましては私では何とも」
まぁそうよね。幾らハーベストが優秀だとはいえ、ここは母国ではないのだ。この国の事情など、私以上に分かっていないだろう。
「とりあえず中身を確かめましょ」
机に備えられたペン立てから、ペーパー用のナイフを取り出し中身を確かめる。
そこに書かれていたのは公妃様からの出頭命令だった。
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