第48話 アレク再び
バタバタバタバタ、ガチャ。
「リネア、メルヴェール王国が内乱に入ったと言うのは本当なのか!?」
商会関連での打ち合わせ中、息を切らせながら大慌ての様子で部屋へ飛び込んできたのは、現在商会のお手伝いをしてもらっているアプリコット家次期ご当主様であるヴィル。
その様子を隣で見ていたヴィスタが叱りつける姿は、私にとっては暖かな日常とも言えるのだが、流石に打ち合わせ中に乱入してくるのは勘弁してもらいたい。
「もう、バカヴィル! 今はアレクさんと打ち合わせ中の! もうちょっと周りを見てから行動してって何時も言ってるでしょ!」
「うっ、ご、ごめん、打ち合わせ中だったなんて知らなくて……」
双子とはいえ、さすがしっかり者のお姉ちゃん。逆にヴィルは叱りつけられるヴィスタに対し、すっかりと縮こまってしまう。
ヴィル自身も悪気あったわけでもないし、打ち合わせ中の相手も幸い私たちとは知らない仲ではないので、そっとフォローを入れつつヴィスタを宥める。
少々聞かれたくない話ではあったが、まぁ相手はアレク一人なのでそれ程気にする必要もないだろう。
「ごめんねヴィル、その話はちょっと待ってもらえるかしら?」
「あ、うん。僕の方こそホントにごめん」
ヴィルも流石にアレクの前ではマズイとでも思ったのだろう。
私たちはそれぞれメルヴェール王国出身だが、アレクは生まれも育ちもこのトワイライトだと聞いている。しかもまだ内乱になったという噂話も流れていない状況の為、今このタイミングで知られるのはあまりいい事でもないだろう。
アレクには後でそれとなくフォローしておこうと心の中で決め、引き続き打ち合わせの内容を詰めていく。
「それじゃアレク、鮮魚関係の取引はこんな感じでどうかしら?」
「そうですね、輸送の距離や人員の手配などを考えてもこのぐらいは必要かと。ただ、そのまま空になった馬車を戻すのも芸がございませんので、何かアクアや近隣の街などで有益な品を運ばせていかがでしょうか?」
アレクの指摘を受け、素早く頭の中で計算する。
言われてみればアクア産の品を送り届ける事ばかり考えていたので、帰りの馬車の事がすっぽりと抜け落ちていたことに気づかされる。
現在アクアから出荷しているのはこの村で生産される各種の生鮮品と、私が発案した数々の調味料。一方仕入れているのは調味料や保冷馬車に必要な品材で、それぞれ馬車自体の使用用途が異なっているため、帰りの事がすっぽりと抜け落ちていたが、よくよく考えてみれば保冷馬車に積んでいる氷さえ取り除けば、普通の荷馬車としても十分使えるし、そのまま現地で実る果実類を運ばせたっていい。
「確かにそうよね、帰りの馬車を遊ばせておくには勿体ないわ」
前世にあった輸送トラックも、行きと帰りでそれぞれ別の荷物を運ぶと聞いた事がる。
これがただの宅配ならば今のままでもいいのだが、何も輸出のみに特化する必要もなく、大陸内部で仕入れた品を一旦アクア商会で買い上げ、その後近隣の街やメルヴェール王国向けに輸出しても利益は上げられる。
それぞれどの街で何が必要で、どのような品を求めているのかを調べ上げないといけないが、検討してみる価値は十分にあると言えるだろう。
「ふぅ、それじゃ今日の打ち合わせはこんなところかしら」
「そうですね。空き馬車の件は僕方で有益な品を上げてみますので、後日資料をお持ちしますね」
「ありがとうアレク。その件の調査はお願いするわ」
打ち合わせがひと段落ついたところでソファーの背に凭れながらホッと一息。
アレクには敬語は必要ないとは言っているのだが、雇い主と雇われ者の立場という点から、どうしても敬語をやめてくれない。
「それにしてもアレクさんが来てくれたおかげで随分仕事が楽になったよね」
「ホントそうね、私たちじゃ商売のノウハウなんて全く分からないもの」
「こちらも無理しておねがいしているですから、お二人からそう言ってもらえるのは助かります」
今年の始め頃、再び私の前に姿を現したアレク。
こちらから提供した肥料の成果も順調のようで、その結果報告とヘリオドールとの取引がどうなったのを、確認がてらにやってきたのだという。
そんな折、アレクが目にしたのが現在生産体制を整えたアクア商会オリジナルの調味料。ここに来て再び驚きを見せた彼だったのだが、私が次なる事業を模索しているのを知り、期間限定ではあるがここで学ばしてほしいと懇願されてしまったのだ。
まぁ、新参者の商会としてはアレクがもつ行商の知識や人脈は魅力的だったし、製造方法や運営状況など何時迄も隠し通せるものでもないので、お互いのメリット、デメリットを考えた上で彼の採用を受け入れさせてもらった。
「そういえばゼストさんってどうされてるの? 一緒に旅の商人をしているのよね?」
「えぇ、ゼストとは昔から一緒に行商の仕事をしているんです。ただ今はお互いやるべきことがあって別行動をとっていますが、いずれは一緒に貧しい人たちを多く救えたらと頑張っているんですよ」
どうやらアレクとゼストさんは、この国で不当な扱いを受けている生産農家さんたちを救おうと、仲間内の商人さん達と各地を回っていろんな知識や技術をかき集めているのだという。
「すべての地がそうだとは言いませんが、強引な値引きや取引などで苦しむ人たちは多くいます。もちろん安く買えることで助かっている人たちも大勢いますが、元となる生産者たちに活気がなければ、いずれ何処かで破綻してしまうでしょう。そうなる前になんとかしなければと僕やゼスト、同じ思いを持った人たちが各地で動き回っているんです」
どこの世界でも不条理な扱いを受けている人は多いことだろう。それも階級社会がすべてのこの世界では、どうしてもお金の偏りができてしまう。
これが大きな街で、文字の読み書きでも出来れば多少は良い仕事にありつけるのだろうが、一度地方へと足をむけると、たちまち生活の水準が一気に落ちてしまう。
かくゆうこのアクアの地も、以前は似たような状況だったらしのだが、一時的に国境沿いの宿場町として栄えた為、簡単な読み書きができる様に学校が設立されたと聞いている。
そう考えればヴィスタのお父様がこのアクアの地を勧めてくださったのは、ある意味正しかったのだと今更ながらに感謝の気持ちが湧き上がってくる。
「そういう事なら私も協力させてもらうわ。みんなが平等に笑えるようなそんな暮らし、実現は難しいかもしれないけれどアレクやゼストさん達の努力は決して無駄ではないはずよ。
ただ私にとっての一番はあくまでもアクアの地であり、この村で暮らしている人々だから、いざ天秤にかけられたら間違いなくこちらを優先させてもらうわ。もちろん他を蹴落として、なんて考えはないけれどね」
「それは当然の答えだと思います。僕も及ばずならが協力はさせていただくつもりですし、この地が不利になるような行為はするつもりもありません」
つまりは私はアレクの人脈や商人としての知識を学び、アレクは私から未知なる技法やアイデアを学び取る。
そしていずれそれらが発展しあい、何処かで協力すること出来ればこの上ないパートーナーになれるかもしれない。
それが結果的に多くの人たちの為になるのだから。
「こちらからもよろしくお願いするわ」
「僕のほうこそよろしくお願いします」
こうして臨時的ではあるが、私は頼もしい協力者を得るのだった。
……その日の夜、アクアの地
コンコン。
「ゼスト? どうしたんだい、こんな遅い時間に」
「アレクシス様、至急ご報告したいことが」
アクア商会での仕事を終え、仮家へと帰って本日学んだ内容をまとめていると、そこへ別行動をしていたはずのゼストが訪ねてきた。
「至急? 公国でまた何か問題でも?」
僕に関わる問題といえば、正直山のように思い当たる節は存在する。
しかもその大半が義兄や義母がらみだと聞かされると、いい加減ウンザリしてしまうのだが、どうやら今回の連絡はそれらとは一切関係がないのだという。
「隣国のメルヴェール王国が内乱に突入しました」
「……そう、それじゃやっぱり……」
今日の打ち合わせ途中に耳にしたあの言葉。
俄かには信じられなかったがヴィルさんの焦った姿とリネアの表情、とても演技だとは思っていなかったが、まさか本当に内乱になっていたとは……。
「アレクシス様、やっぱりとは?」
一瞬一連の内容を話すべきかと躊躇するも、下手に隠し切ると今度は僕がゼストに怪しまれてしまう。
幼少の頃より共にいる彼だけれど、それが全て純粋な友情や信頼といった理由でない事も知っている。
もちろん彼との十数年の付き合いは決して上っ面だけでない事も分かってはいるが、彼にも彼の立場があるのだし、自身の父親への報告を怠れないのもまた事実。
何と言っても僕にとって彼の父は、義母の兄にあたる方なのだから……。
「……実は今日商会でね、似たような話を少し耳にしたんだ」
「商会でですか!? まさかそんな事が……」
ゼストにすればまさに寝耳に水の状態なのだろう。
如何にこのアクアの地がメルヴェール王国隣接しているとはいえ、ゼストが持つ情報網より早いわけがない。
しかもそれが領主ではなく一商会の臨時代表だと知れば、その驚きはまさに驚愕のレベルであろう。
「僕も最初は自分の耳を疑ったんだけど、どうやら何処からか情報が流れてきたんだろうね。それとなく聞いてみたけど余りしつこく尋ねると怪しまれてしまうから、当たり障りのない程度しか話を聞けなかったよ」
これはゼストには話せないが、今回ゼストが持ってきた話以上の内容をリネアは知っていそうな雰囲気だった。その事をあえてゼストに言う必要もないだろうし、彼女を落とし入れることは僕にとっても本意ではない。
彼女が言ったあの言葉、『みんなが平等に笑えるようなそんな暮らし』あの言葉に僕はほんの僅かだけれど救われたのだ。
上っ面だけなら誰にでも言える、だけど彼女は現実を見据え、今ではない未来への為に協力してくれると言ってくれた。未来への投資、容易いようで難しいこの言葉の重みを彼女は知っているのだ。
「そうですか……しかし一体何処からその情報を……」
自分で言ってしまった結果だけど、ゼストがリネアを警戒してしまうのは本意ではない。
ここは当たり障りのないフォローを入れておいたほうがいいだろう。
「……多分だけどアプリコット領からじゃないかな」
「アプリコット領ですか?」
「アクア商会はアプリコット領と懇意にしているし、領地も渓谷を挟んだけの隣同士。それに今日は月末って事で集金の際にでもそんな話を耳にしたんじゃないかなぁ?」
「……確かに。連合国家の中で、メルヴェール王国と一番懇意な関係を築いているのは恐らくアクア商会でしょうから、そんな話を耳にしても不思議ではありませんね。戦火の飛び火が降り注いでもいけないでしょうし、あのリネア様なら確かになんらかの情報網を持っていたとしても不思議ではないのかも……」
なにやらブツブツと自分に言い聞かせるような素振りを見せるゼスト。
僕もそうだが、ゼストがリネアを高く評価している事はよく知っているし、ヘリオドールの領主や、多くの商会会長たちが口を揃えて彼女を褒めているのだから、その考えはあながち間違ってもいないのだろう。
「わかりました。引き続きこの情報は最優先で報告に参ります」
「うん、お願いするよ」
なぜリネアが隣国の事情に詳しいのかは分からずじまいなのだが、この地を戦火に巻き込みたくないという思いは間違いなく存在しているはず。
今は彼女とゼストの情報に期待し、再び机に向かうのだった。
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