第45話 三つの難問

 母国でもあるメルヴェール王が亡くって数日、本来なら外交関係や他国への対策がとられてから公式に発表されるのだが、まるで事前に用意されていたかのような広まりにより、僅か数日のうちにはこのアクアの地にも届くことになった。




「はぁ……まったく、ガーネット様からの問題も解決出来ていないというのに、このタイミングで母国がらみの問題に頭を悩ますなんて思ってもいなかったわ」

 一枚の手紙を前に、私の口からため息とともに愚痴が溢れる。

 

 私が現在頭を悩ませている三つの難問。

 一つ、昨年末にヘリオドールの領主様であるガーネット様から相談された、クルード山脈の街道問題。

 一つ、先日アプリコット伯爵から頼まれた、メルヴェール王国で起こっている騒動の問題。

 そして今日、私の前に三つ目の問題が突きつけられた。


「申し訳ございませんリネア様」

 私の愚痴に対して謝罪してきたのは、手紙を届けにきた一人の男性。

 訪ねてきた男性を一目見るなり私は急遽商会の仕事を切り上げ、自宅でもある1階の食堂に皆んなを集め、緊急の話し合いの場を設けさせてもらった。

 時間が時間なのでリアはまだ学校から帰っては来ていないが、私の付き人兼家族もあるノヴィアと、最近頼りっぱなしのヴィスタとヴィル、そして私の契約精霊でもあるアクアとペットのタマ、そして今回訪ねて来た一人の男性を含めた総勢5人と2匹が集まった。


「別に貴方が謝る事でもないわよハーベスト」

「いえ、我が主人からの書状を届けに来たとはいえ、内容が余りにも痛烈なものですので」

 今回訪ねてきたのはアージェント家を代表する筆頭執事でもあり、私と妹のリアが大変御世話になったハーベスト本人。

 リアがいれば懐かしさの余り飛びつくだろうこの場面も、当人が持って来た内容が内容だけに、今回ばかりはこの場にいなかった事に感謝したい。


「それでリネアちゃん、お手紙の内容にはなんて書いてあったの?」

 隣に座るヴィスタが、私の様子を見て心配そうに尋ねてくる。


「えっとね、今メルヴェール王国が最悪な事態になっている事は皆んなも知っているでしょ? そんな中、事もあろうに叔父が私を連れ戻そうとしているのよ」

 ハーベストが持ってきた問題。あえて言わずとも、なんとなく想像出来る人は多いだろう。

 手紙の送り主はアージェント家の現当主。そして私は婚約が決まっていたのにも関わらず、妹のリアと一緒に屋敷を飛び出しこのアクアの地へまで逃げのびた。


 私だっていつまでも居場所を気づかれないなんて思ってもいなかったし、いずれはこんな日も来るのではと、ある程度の覚悟もしていた。だけど今このタイミングでやってくるのは少々どころか、今すぐ帰ってくださいと本気で追い返したい。

 おそらくハーベストを直々に遣わした理由は、私がハーベストに頭が上がらないところや、無駄に義理人情が強い私の性格を利用し、ただで追い返す事が出来ないとの目算があってのことだろう。


 まったく、伯爵家に戻ってくるか賠償金を払うかの二択だなんて、しがない定食屋の小娘になんて無茶ぶりの要求をだしてくるのか。


「賠償金?」

「そう、屋敷に戻らなければ賠償金を用意しろって書いてあるのよ」

 手紙に書かれていた内容、『今すぐ屋敷に戻り私の言う通りに従うか、もしくは逃げだした事で破断した賠償金と、お前と妹を育てるのにかかった生活費を、まとめて支払うかの好きな方を選べ』と書かれていた。


「それってリネアちゃんの嫁ぎ先が決まっていたのに、逃げ出したってアレのことだよね? 相手が確か70歳ぐらいのお爺さんだとかいう……」

「たぶん言ってることはそれのことでしょうけど、恐らく違うわね」

「違う?」

「えぇ」

 この文面から読み取ると、『花嫁が逃げ出したことによる違約金』と考えるのが普通かもしれないが、今回の場合は叔父と70歳にもなるご老人とが勝手に進めた話で、先方の息子夫婦さんは余り乗り気ではなかったんだと聞いている。

 まぁ、常識的に考えれば自分の子供と同じような歳の子が、70歳を越える父親の愛人になろうとしているのだ。いかに平民の常識が通用しない貴族社会とはいえ、流石に許容できる範囲ではないだろう。

 仮にも奴隷制度が認められていない正規の王国。嫁ぎ先が愛人の席とはいえ、書類上は第二夫妻という立場になるわけだし、双方の同意が得られた結果の正式な婚姻。

 例え愛人相手に財産はやらん! などと婚姻前に約束を交わしていたとしても、最終的に当人が駄々を捏ねれば、世間体を考えても無視できる内容で無くなってくる。

 貴族とは妙に見栄を張り、プライドの塊とも言える種族なので、お金を出す出さないでケチな噂が広まってしまう。

 つまり口ではなんだかんだと言っていたとしても、内心は私が逃げ出したことに安堵し、下手に違約金を支払えと迫れば『それじゃ別の親族の娘を』、なんて話になっては元も子もない。

 なので恐らく相手先からはお金の話は出ていないのでは? と私は考えている。


「私の希望的観測も入っちゃってるけど、まぁ大体はこんな話になってるんじゃいの?」

「……申し訳ございませんが、私の一存ではお答え出来兼ねません」

 なんとも言いにくそうに、顔をしかめながらハーベストが答える。

 まぁそうよね。ハーベストの立場からすれば仕えるべき主を優先するべきであって、赤の他人となった私の問いかけに答える義務はない。

 だけどその表情からも私の回答はあながち間違ってもいないのだろう。

 本来のハーベストならば感情を表情には出さないはずなのに、あえて出てしまったというのは、私に対して多少の負い目を感じてくれているという事なのだろう。


「まぁいいわ。でもこれだけは聞かせて、私がこの地に居るって気づかれたのはいつの頃かしら?」

「新年を開けてからでございます」

「新年? 思っていたより随分遅かったわね」

 私はてっきり早い段階で居場所を突き止め、どうするかを思案していたのだと思ってた。

 もしかすると娘と王子との婚姻で手が回らなかっただけかもしれないが、あまりにも情報収集が遅すぎる。これはひょっとして相当資金繰りに困っているという事なのだろうか?


「私ども使用人はリネア様からの手紙でご存在なのは把握しておりましたが、所在に関しては敢えて触れないように計らっておりました。ですが私の留守中にリネア様の居場所を売りに来た者がおり、対応したメイドではその場で対応できなかったのでございます」

 ハーベストの話では、伯爵家に出入りする者がこっそりと叔父へ情報を売りつけに来たのだという。

 アージェント家に出入りしている者ならば、その家の娘が飛び出した事ぐらい耳にしているだろうし、商人ならば何かの拍子に私の噂を耳にしていても不思議ではない。

 しかもハーベストが不在だったという不運も相まって、私の居場所が叔父の耳に入ってしまったという事なのだろう。


「ごめんなさい、別に皆んなを疑ったつもりはないのだけれど、気づかれてしまったタイミングが少し気になってしまって」

 私にとって今は細かなことにも警戒するべき状態。ハーベストが私に嘘を言う理由もないので、おそらく本当に今というタイミングだったのだろう。

 私の定食家はそれなりの人気店だったし、商会の立ち上げやら旅の商人さん達との遣り取りやらで、それなりに顔も名前も知れ渡っている。

 なのでてっきり私の居場所は既に気づかれており、完全放置なのかと勝手に思い込んでいたのだが、どうやらその考えは間違えであったようだ。


「それでどうするの? リネアちゃん。まさか自分一人が戻ればいいとか考えてないよね?」

「それは絶対ダメだって。破談になった婚姻はもう再燃しないだろうけど、貴族と繋がりを持ちたい人間なんていっぱいいるんだ。下手をすると以前より辛い現実が待っているかもしれないんだよ」

 さすが私の数少ない友人。いざ私自身を天秤に掛けられた場合、私がどちらに傾くかを完全に見向かれてしまっている。

 確かに今の私に大金を支払える力なんてないし、動き出したばかりの商会には借入金しか残っていない。

 叔父がいったい幾ら支払えと言っているのかは知らないけれど、とてもじゃないが今の私には支払える方法はないだろう。


「心配してくれてありがとう、でも大丈夫よ」

「大丈夫って、どうするつもりなんだよ? 今のリネアじゃお金なんて用意できないだろう?」

「なんだったらお父様にお願いしてお金を用意してもらおうか?」

「二人とも、気持ちは嬉しいけれど落ち着いて」

 ヴィスタもヴィルも私が置かれていた状況をよく知っているので、親身になって心配してくれているのだろう。

 だけど幾らなんでも他家のお家騒動に、アプリコット伯爵からお金を借りるわけにもいかない。


「それじゃどうするの?」

「そうね。簡潔に言うと何もしないわ」

「何もしない?」

「えぇ、例えお金を用意したところで叔父の事だから味をしめて第二、第三の請求をしてくるでしょうし、私が戻ったら今度はリアを連れ戻して利用されるだけ。そんなどちらも最悪なシナリオが目に見えているのに、素直に従うつもりなんて今の私には無いわ」

 私の考えでは今のアージェント家の家計は火の車なのではないだろうか。

 もともと私がいた時でも資金繰りには困っていたようだし、お父様亡くなった理由だって元を辿れば、アージェント領で管理していた鉱山の採掘量が減った事による事故死だ。

 これでもメルヴェール王国が現在直面している問題も私は把握しているので、どこも融資をしてくれる相手がいなかったのだろう。


「でもそれじゃ、アージェント伯爵様は納得しないんじゃないの?」

「勿論しないわよ。それどころか私に足元を見られて怒り狂うでしょうね」

 プライドの高い叔父の事だ。

 飼い犬程度に思っていた私に二度も噛まれたら、その感情は相当怒りに溢れる事だろう。


「ハーベスト、貴方には悪いけれど叔父様の要望には答えられないわ。今の私には守らなければならない物がいっぱいあるの。だからこの様な馬鹿げた要望に応えるつもり全くないわ」

 恐らくハーベストを直接使わせば私はが従うとでも踏んでいたのだろうが、生憎今の私は昔の弱い自分ではない。

 ただ心配なのがハーベストやお屋敷で働いている皆んなの事なのだが……


「それを聞いて安心いたしました。立派になられましたね、リネア様」

「えぇ、お屋敷にいた頃に怖い執事さんからしっかりと教育を受けていたからね」

 ふふふと、ようやくお互いの蟠りが消えた事で笑みを交わし合う。

 ハーベストの事だから私がどれだけ成長したかを見たかったのかもしれない。

 これでこの問題が解決したわけではないが、私が今いる場所は言わば外国。如何に伯爵の爵位を持っていようがこの地にまでは届かないし、強引に連れ戻そうとすれば国際問題にも発展する。

 それがわかっていたからこそ、他国へと逃げ出したのだ。これを利用する手はないだろう。


 いずれ叔父との問題も決着を付けなければならないが、いま解決すべきは二つの難問。

 幸いと言うべきか、ハーベストがこの地に尋ねて来てくれたお陰で、問題の一つに光明が見えるが、それでもこの地を危険に晒す事には違いない。

 果たして私にこの問題が解決出来るかどうかなのだが、引き受けてしまった以上は全力を尽くししか方法はないだろう。

 私はフッと一息を吐き、あたらめて皆んなに向かい合う。


「それで此処からが皆んなに相談したいことなんだけど……」

 そして私はこの場に皆んなを呼んだ本当の理由を説明する。

 私が今もっとも頭を悩ましている二つ目の問題の一つ、メルヴェール王国から謀反の疑いで逃亡した公爵一家の事を。

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