15話:ファーヴニル
管理局、更衣室前の通路。
「似合ってるよアヤト!」
「そうかあ? なんか偉そうじゃないかこれ」
「そんな事はありません! あるとすればアヤトさんの態度が大きいだけです」
執行騎士の上下黒の制服に着替えた僕の姿を見て、グリンとユーリが声を上げた。
この制服、着心地も良く耐刃耐火その他諸々はダイバースーツと比較にならないほど高いので、出来ればルインダイバーに戻っても使わせていただきたいところだ。
「……おーい、そっちも早く出てこい」
しばらく経っても出て来ないので隣の更衣室に僕は声を掛けた。
「あ、いや……なんか恥ずかしくて……」
おずおずと更衣室から出てきたのはユーリと同じ女性用の執行騎士の制服を着たナナだった。
「ナナさん可愛いですよ! 凛々しさもあって素敵です!」
「まあまあね!」
「二人ともありがとう……」
管理局で最新の治療を受けたナナはすぐに目を覚まし、事の顛末を聞くと迷わず僕とアキヒトさんが立てた作戦に志願した。一応極秘任務という事なので、参加するナナも一時的に執行騎士になったのだが……。
どうやら僕の知らない間にユーリやグリンとすっかり仲良くなっていたようだ。思えば【アルビオン】は男臭いチームで、同年代(グリンが何歳なのかは謎だが精神年齢的にという意味で)の同性はいなかった。
「うっし、じゃあ改めて作戦を説明するぞ」
「ブリーフィングはさっきアキヒトさんと済ませましたけど?」
ユーリが首を傾げて不思議そうにそう返してきたので、僕はグリンへと視線を向けた。
「グリン、説明してくれるか?」
「うん。あのね、あの作戦はね、確かに有効ではあるんだけど……実は破綻するかもしれない可能性が潜んでいるの」
「破綻……? 奴はファーヴニル……北欧神話の竜で、それを倒したという聖剣をアヤトが再現すれば……勝てる。ではないの?」
ナナが事前に受けていたブリーフィング内容を復唱してくれた。そう、大枠はそれで合っている。
ファーヴニル。北欧神話に出てくる竜であり、英雄シグルズによって屠られた。その際にシグルズが持っていた剣が、
「グラムは1度折れているんだけど、その後英雄シグルズの養父によって鍛え直されているの。その養父の名が
「アツシ達を助けてくれた人だね。なるほど、アヤトをシグルズに置き換えれば物語は成立し――グラムは再現できる。これに何の問題があるの?」
そう、ここまで完璧なのだ。レギンに出会い、レギンからファーヴニル討伐を依頼をされる。そしてファーヴニルに出会い、最初は敗北する。シグルズの場合、その後何度か挑戦し、最後はレギンにグラムを鍛え直してもらい、見事ファーヴニルを討伐するのだが、この過程はおそらく飛ばしても問題ないだろう。
レギンにファーヴニル討伐を頼まれた僕が、一度ファーヴニルに負け、次はグラムを手にして再戦する。
この流れであればまず間違いなくグラムは再現できると思うし、勝てるだろう。
「問題は……あいつが
「どういう事ですか? そんな話はアキヒトさんから聞いていません」
「不確定様子だからね。作戦に入れられる類いの物でないし、そもそもその確率も低い。誤差の範囲内とアキヒトさんは捉えたんだろうね」
ま、そこは僕が若干そういう風に誘導した感はある。
「話を聞く限り、ファーヴニルであるとほぼ断言できる気がするんだけど……」
ナナがそう思うのも無理はない。だけど、後からグリンの話を聞いて僕は色々と違和感を覚えたのだ。
「……ファーヴニル。その姿は後世にはあまり伝わっていないが、竜である事は確かだ。だけど……僕らが戦ったあいつは――
「確かに……言われてみれば」
直接相対したナナは納得といったばかりに頷いた。
「だからね、ファーヴニルの概念は絶対に含んでいるはずなんだけど……伝承体ってのはその伝承に近い姿で具現化されるはずだから、多分、あのファーヴニルは
「なるほど……それをアキヒトさんは不確定要素だが誤差だと切り捨てて、アヤト君は危惧してるって事ね」
ユーリの言葉に僕は頷いた。
「その通り。ファーヴニルが交じっている以上はグラムを再現する事は出来るし、おそらく何かしらのダメージは与えられると思う。だけど、これまでみたいに一撃で屠る……という訳にはいかない気がするんだ。もう一押し……何かが必要なんだ。それを探りたい」
「アヤト……それを分かっていてなぜ進言しなかったの? 作戦が破綻する可能性があるならば共有すべきでは?」
ま、そうなんだけどね。アキヒトさんにその事についてはあえて僕は何も言わなかった。
「結局さ、この作戦に参加するのは僕達だけだ。で、あれば……手札は隠しておきたいと思ってね」
簡単に言えばこうだ。もし僕が危惧している事をアキヒトさんに言えば、当然それに体する対処法を聞かれるだろう。そうなれば、僕は【
勿論ベースの部分については既に説明はしているが、全部ではない。
それならば、あえてそこはスルーして、こうして身内だけに話しておけばリスクは減る。
「……私がアキヒトさんに報告すれば一緒では?」
「そこはまあ、ほら、友達だと思って見逃してよユーリ」
「友達ではありません!!」
「じゃあ、同僚としてさ」
「貴方は一時的に執行騎士として扱うだけで、私の同僚でもないですよ!」
「ははは、まあすんなりグラムで倒せたらラッキー。もし無理だったら撤退、ぐらいの気持ちでいてよ」
「はあ……報告をどうするかは別として、探るとは?」
「ぶっちゃけグリンとアスカロンの知識で、大体の予測は付いているんだけど……それが当たってる場合は……割と不味いんだよねえ……あるやり方を除いては打つ手無しになりそう」
「えええ!?」
ま、いずれにせよ、結局戦ってみないと分からないって事だ。
「というわけで、ユーリ、ナナ、それにグリン。ぼちぼち行こうか」
僕は、なるべく気楽そうにそう言いつつも気持ちは引き締めた。まだ真実かは分からないが、あいつは師匠の仇かもしれない。
絶対に次は負けないという決意と覚悟を持って、僕達は再びウメダダンジョンへと潜ったのだった。
☆☆☆
【宝物庫】B2F
まるで、深層への降り口を守るかのように、ファーヴニルが待ち構えていた。
「……来たか」
「まあね。やられっぱなしは性に合わないもんで」
僕は肩をすくめながら、【
「次は……負けない」
ナナが【光鱗】の柄を抜き、光刃を展開。青白い刃が伸びる。
「援護は任せてください……ですがアヤトさん」
「あーアレについてはとりあえず気にしなくていいよ。そういう事態にならないに越した事は無いんだから」
「分かりました」
ユーリが【
「あたしもしっかりと見ておくよ!」
グリンが僕の腰の警報器から顔だけ出して、ファーヴニルを睨む。
「うっし、じゃあファーヴニル討伐、やりますか!」
「なんか軽いですね……もっとこう緊迫感ある言葉は……」
ユーリがため息をついた。僕は思わず笑ってしまう。ナナも笑っていた。
「ふふふ……アヤト、ようやく肩を並べて戦えるね」
「待たせたよほんと」
「気にしなくいい。さあ――行こう」
僕とナナは顔を見合わせて頷き合うと同時に、地面を蹴った。
「さあ、見せてくれ。貴様らの輝きを!」
ファーヴニルが大剣が構え、僕らを迎え撃った。
激戦が――始まる。
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