7話:ASCALONの少女
「ぐ、グレムリン!? なぜこんな所に!!」
「ややこしいから君は黙っててくれ!」
グリンの存在に気づいた少女がわめき立てると同時、ムカデがまた丸まった体勢になった。
「まずい、尻尾がまた来るぞ!」
「アヤト、聞いて! あのムカデが俵藤太の大百足退治ゆかりのムカデだとすると、確かに八幡大菩薩の加護のある矢でないと倒せないんだけど……俵藤太はその大百足を退治した褒美に龍神からとある剣を授かっているの!」
「それだと、その剣とやらで大百足の退治自体はしてないじゃないか!」
大百足を退治した剣があるという話なら分かるが、それを行ったが故の褒美では意味がない。僕はそう思った。
「そう!
グリンの言葉を僕は疑う気はなかった。尻尾を放たれたら、どっちにしろ僕もこの少女もミンチになって終わりだ。
「あああ!! 尻尾が来ます! 何とかしてくださいルインダイバー!!」
「一か八かだ! グリン、教えてくれ!
「それは――」
ムカデから放たれた尻尾が迫る。
僕は耳元で囁かれたその名前を聞いて、全てを理解した。
なるほど、確かに因果が逆転している。
だけど、そう、確かにこれならば――
なぜならば、その剣の名前は――
「“再現せよ――【
クラウ・ソラスが青い光に包まれ、姿を変化させた。それは、太刀と呼ばれるこの島国特有の剣であり、80cm近くあるその緩く反りの入った片刃の刀身が、怪しく光っている。
柄も太刀のそれに変わっており、僕はそれを軽く握るとまるでそうすべきと分かっていたかのように、
ただそれだけで、目の前に迫ったムカデの尻尾は手応えもなく切断され、斬り飛ばされた尻尾が空中で消失。
「うそ……なぜその剣を……」
呆然と僕を見つめる少女を尻目に僕は地面を蹴った。牙を開けて僕を襲おうとするムカデの額へと、僕は疾走した勢いを乗せ――
「“射貫け”――【
青い光を纏う突きを放った。
「ピギャア……」
突きが額へと刺さった瞬間にムカデは苦悶の声を上げ、消失。
普通のコアより一際大きく輝くコアだけがその場に残った。
「ありえない……
少女は僕の持つその太刀を見て、ただですら大きい蒼い瞳を見開いていた。
「……回帰せよ」
僕の言葉と共に、剣は柄だけに戻った。とりあえずムカデのコアは拾って、バックパックの専用ケースに仕舞った。
さて……ムカデを倒せたのは良いものの……グリンは見られたし、何より【
「よし、逃げるぞグリン」
「へ?」
僕が走ろうと構えた瞬間に、銃声。
僕の足下で床が弾けた。
「う、動くなルインダイバー! しれっとムカデのコアを回収しましたが、それは
僕はゆっくりと手を挙げて、振り返った。
おいおい、めちゃくちゃ言ってるぞこの子。
赤い髪に青い瞳。この国の出身ではない事は分かる。
顔は整っており、美少女と呼んで差し支えない見た目だ。背はさして高くないが、胸は大きい。いや決して僕は巨乳派ではないのだけれど、目が惹かれてしまう。
「ムカデを倒したのは僕だからコアの所有権は僕にある。感謝しろとは言わないけど、流石に銃を向けるのはどうなんだい? あと、グレムリンと剣について話すつもりはない」
僕の言葉に少女が険しい表情を浮かべた。
「……抵抗はオススメしません。その場合、最悪、
今、僕はこの状況で一番聞きたくない言葉を耳にしてしまった。
管理執行妨害。
それをこの上下黒の制服姿の少女が発する意味。
それは。
「私は、異海遺跡および旧文明管理局特務機関所属特務執行部隊【Agent Sanction Command and Laureate Oath Number Ⅱ】の第三執行騎士のユーリ・ギオルグ。貴方を
僕は即座にこの場から逃げ出す事も抵抗する事も諦めた。
その少女――ユーリの発した単語の全てが予想を上回る最悪で、僕はやはり自分のツイてなさに絶望するのだった。
管理局――
そこに属する者は執行騎士と呼ばれ、奴らはマモノを狩るのではなく――
だが、僕と同じか年下っぽいこの少女が、アスカロンの執行騎士だと?
馬鹿馬鹿しい。ただのハッタリだ。
そう思う人もいるかもしれない。
だけど、そうじゃない。
その名を騙る事すらも禁忌とされているアスカロンの執行騎士を平然と名乗るこの少女はきっと――本物だ。
そんな僕の気持ちをユーリは正しく察したのか、銃を下ろして、歩み寄ってきた。
「グリン、隠れてろ」
「アヤト! 逃げないと!」
「無駄だよ。それは今考えうる、最悪の手だ」
「……理解いただけて幸いです」
こうして僕は――ユーリ・ギオルグに逮捕されたのだった。
☆☆☆
「で? もしかしてウメダまで歩いていくつもり?」
「口を閉じなさい罪人! 仕方ないのです! 乗ってきた奴のコアドライブをさっきのムカデに壊されたんですから!」
僕は手錠で拘束され、【
どうやらユーリはこのまま徒歩でウメダにある管理局へと向かうらしい。
「いや、別に良いんだけどさ。せめて、モリグチで一旦休憩にしない? 手錠したままって歩きづらいんだよね」
「私も疲れました……って、ダメです! このまま夜通し歩きますよ!」
一瞬、本音が出たな。もしかしてこの子、結構チョロい?
「でもさー、このまま歩いてたらモリグチとウメダの間の高速を、一番人が多い時間に通る事になると思うけど? 目立つんじゃない? 執行騎士ってそんな簡単に姿を晒していいんだっけ?」
「むむむ……確かに……じゃあペースを早めましょう!」
「いや、だから、手錠あったら歩きにくいしこれ以上は無理だって」
まあ嘘なんだけどね。
「むう……」
少女の小さな背中が丸くなる。何やら考えている様子だ。
「まずいんじゃないの? そのコアドライブとやらを壊した上に公衆の面前で執行騎士が歩いて逮捕者を護送してるって上司にばれたら……」
僕の言葉を聞いた途端に身体をビクつかせたユーリ。当てずっぽうだが、割と良い線をいっているな。
「ぜ、絶対に怒られます!」
「でしょ? であれば今晩はモリグチで一晩過ごして、明日、人のいない時間に通るのはどう? 勿論見た目でバレないように変装して。手錠を外しさえしてくれたら、僕だって協力するさ。逃げる気はこれっぽっちもないからね。なんせ僕は管理局に行こうとウメダを目指して歩いていたぐらいだ」
「さっきは逃げようって言っていましたが……ですが、確かに嘘は言っていないですね」
ユーリが僕の目を覗き込んだ。その可愛らしい顔が目前に迫り、良い匂いがした。
まあ、嘘は付いていない。嘘は。
「執行騎士相手に嘘を付くほど僕は馬鹿じゃないさ」
「……そういえば、名前と所属を聞いていませんでした」
「アヤト・アマナギだ。所属つっても今はソロダイバーでね」
「アヤト・アマナギ……まさか【アルビオン】の?」
ちっ、知っていたか。まあAランクぐらいになると数が限られてくるので、執行騎士も目を光らせていたのだろう。
「元、【アルビオン】だよ。今は何の関係もない」
「リーダーが追放されたという情報は既に入手していましたが……」
「そうだろ? もしさっきの剣やグレムリンとの関係があったらチームを抜ける訳がない。全部僕がソロダイバーになってから手に入れた物だ。それについて、不審な点があったから僕はわざわざ自分から管理局に報告しようと思ったのさ。なんて善良なダイバーなんだろう!」
「なるほど……多少胡散臭いですが……筋は通っていますね。では、モリグチまでの道中暇ですから、その詳細や不審な点を話してください」
「へいへい。あれは【太陽の塔】の最奥で――」
僕は微妙に話をぼかしながら、事の流れを説明した。そうして話しているうちに日は暮れ、夜になった。もう少し歩けばモリグチジャンクション街だ。
「コウモリ女……人語を理解しそれを発した上に、
案の定、ユーリはそこに引っかかった。その様子を見るに、何かしらの事情を知っていそうだ。
「その通りだ。あんなマモノ、僕は初めて見たよ」
「……覚えていたらで結構です。そのマモノについて、
……。やはり、ユーリはあのコウモリ女の正体を知っている。
「ああ。だけど内容は覚えていない。あのコウモリ女とはあの大回廊で初めて出会ったけど、それが初見ではないのは確かだ。であればおそらく……夢で出会ったんだろうね」
「アヤトさん。貴方は……おそらく自身で考えているよりずっと……厄介な事に巻き込まれています。生きてアレから逃げ延びたのは……奇跡です」
今のこの状況も十分に厄介なんだけどね……。
「ま、それは同意するよ。グリンのおかげだよ」
「……そうですか。アヤトさん、やはりモリグチで留まるのは止めて、ウメダをまっすぐ目指します」
ユーリはなぜか、僕の手錠を外してくれた。そしてなんと【
「えっと……どういう事?」
「……私自身の身を守る為にそれが最善と判断しました。貴方は間違いなく――【
おっと、聞いた事のない単語が出てきたぞ。【
しかも、その言葉がユーリから発せられた瞬間に腰の警報装置で動きを感じた。おそらくグリンの知っている単語なのだろう。
「……おそらく、また何かしらの襲撃があると予想し、私一人では対処できない場面を想定した時……貴方を拘束したままでいるより、こうして自由にした方が結果生き残れる可能性が高いと判断しました」
ふむ。確かにその通りだ。だけど……待ってくれ。またあんな奴が襲ってくるって事か?
「高速の上だぞ? 異海の中やダンジョン内ならともかく……」
「現にあのムカデは高速上でも襲ってきました」
「確かに」
少女は走りますよ、と言って進むスピードを上げた。僕もその後を付いていく。
流石、執行騎士だけあり、かなり速いペースで進んでも息一つ切れていない。チラチラこちらを見てくるので、一応こちらのペースを意識してくれているようだ。
僕としては襲撃があるかもしれないと分かった以上は、ちんたら進む気はない。それに今は夜の為あまり往来がないが、日が昇れば、ウメダを目指す人で高速は混み出す。そんなところにあんな奴らが襲撃してきたら――最悪だ。
「もう少し、速くしてもいいぞ」
「では――」
更にユーリは加速する。僕も負けじと付いていく。
あっという間にモリグチジャンクションを通り過ぎ僕らは南東へと方角を変えた。
ここからでも、ウメダ天空街が光っているのが見える。
「何事もなければいいですが……」
「そういう事は口にしない方がいいぞユーリ」
「なぜですか?」
僕は、腰の警報器の振動を感じると共に【
「そういうセリフを言っちゃうと大体悪い方向へと進むからだよ!」
前方の高速の両端から、黒いモヤが這い上がってくるのを視認して僕はクラウ・ソラスを発動。
同じくそれに気付いたユーリが声を上げた。
「マモノです! ゴブリンに、コボルト――インプまでいます! アヤトさん、手伝ってください!」
「言われなくても手伝うさ!」
マモノの群れに向かって、ユーリがゴツくて黒い拳銃型固有武装を抜いた。
「“隊列を為せ――【
ユーリのその化け物みたいにデカい拳銃が放つ十字型のマズルフラッシュによって、戦闘の火蓋を切られたのだった。
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