第10話 毒公女 その二



 もうこうなったら自分の感覚を信じるしかない。


 龍郎は退魔の剣を手に、悪魔にかけよる。獣人はあわてふためいた。


「龍郎さん! 僕を殺すの? 僕は青蘭だよ。わからないの?」

「わかるよ。青蘭のことは。たとえ、どんな姿でも」

「じゃあ、僕が青蘭だってわかるよね?」


 龍郎は問答無用で醜い悪魔の脳天に刃を打ちこむ。ギャッと短い悲鳴をあげ、悪魔は焼けくずれながら裂けていった。


「おまえは青蘭じゃない。それは、ひとめでわかった」


 だから、いったいなんのつもりで、そんな見えすいた嘘をつくのか戸惑ったのだ。

 けっきょく真意はわからないが、それも計略の一部なのかもしれない。


「龍郎さん! よかった。龍郎さんがだまされるんじゃないかって心配したよ」

「うん……」


 青蘭が腕を組んでくるので、ならんで二人、歩きだす。

 とにかく、この変な場所から逃げださないと。

 フォラスはもう去ったようだ。まだ聞きたいことはあったが、いちおう目的は果たした。あとは一刻も早く、この危険な魔界から脱出することだ。しかし……。


「どっちが出口なんだろう?」

「さあ。わかんない」


 しかたなく、出口を探してさまよった。

 しばらく進むと、すぐにさっきのような二足歩行の獣型の悪魔が数匹、こっちへむかってきた。


「龍郎さん。やっつけて!」

「うん」


 剣をすばやく左右に十文字にふって、すれちがいざまに二匹は倒した。

 退魔の剣の発する光は、悪魔の動きをにぶらせる。一瞬かたまっているすきに切りつけるのは、わけもない。


 だが、最後の一匹が、またアレを言いだした。


「龍郎さん。僕が青蘭だよ。なんでわかってくれないの? 僕を殺さないで」


 まったく、なんだというのだろうか?

 意味不明だが、龍郎はこれもあっさり、一刀両断する。そんなことが五、六回くりかえされた。


 やがて、少し広い場所に出た。

 ドクドクと肉壁が脈打っている。

 中央には大きな血の池があった。

 強烈な酸の匂いを発している。

 そのせいで、ほかの匂いがわからなくなる。


 奥のほうで、わあわあと声が聞こえる。見ると、十数人の悪魔が集まっている。獣毛に覆われた低級な悪魔が、同じく一匹の獣毛の悪魔をかこんでイジメているのだ。

 イジメられている悪魔はほかより少し小柄で、ちぎれて残りわずかになってはいるが、青蘭が着ていたロココ調の下着の残骸をまとっている。

 そして輪になった悪魔たちに押さえつけられ、体の大きな悪魔の下敷きになっている。体の大きな悪魔は小さな悪魔の両足のあいだで、恍惚としてヨダレをたらしている。何をしているかは一目瞭然だ。


「た……龍郎さん。助けて……」と、小さな悪魔があえいだ。

 愉楽にうめきながら、それに抗おうとしている。


 カッとなって、龍郎はかけよった。

 ここでも剣を片手に乱戦だ。

 輪になっている悪魔を次々に殺していく。悪魔殺しと言われてもしかたない。じっさい、数えきれないほど悪魔を殺した。


 数分後には、仲間たちから凌辱を受けていた悪魔以外、すべて血の海に沈んでいた。


「龍郎さん。早く、その悪魔も倒してよ。下着なんかつけて、僕になったつもり? 気分が悪い」


 ぐったりしている小柄な悪魔を指さして、青蘭が言う。


 龍郎は血のしたたる刃をにぎりしめて、うなずく。


「悪魔はみんな殺す。でも、その前に一つだけ聞かせてくれ」

「何?」


 龍郎は青蘭の美しいおもてをながめる。


「君は、誰だ?」


 つかのま、龍郎は青蘭と見つめあった。


「龍郎さん。何を言ってるの? 僕は青蘭だよ」

「言ったろ。おれは青蘭のことは、ひとめでわかる。おれのなかにある苦痛の玉が、青蘭のなかにある快楽の玉と反応するからだ。君からは快楽の玉の鼓動が聞こえない」


 それに、フォラスは去りぎわにこんなことを言っていた。

 彼女はその人がもっとも美しいと思う姿で現れる、と。

 龍郎がこの世で一番に美しいと思う姿。それは、青蘭だ。一般的には、アスモデウスのころのほうが、より麗しいと言われるだろうが、龍郎には今のこの黒髪の人間の青蘭のほうが数倍、魅力的に思える。


 だとしたら、“彼女”とやらが龍郎の前に現れるとき、それは青蘭の姿であるはずだ。


 青蘭は冷たい目をして、無言で立ちつくしている。


 龍郎は地面に打ちすてられた小柄な悪魔のもとへかけよった。

 やはり、そうだ。

 まちがいない。

 姿は獣人だが、快楽の玉の反応がある。これは、青蘭だ。


 抱きおこすと、血の匂いがした。ズルッと獣毛が動いた。よりわけると、裂けめがあり、なかから血まみれの青蘭が現れた。

 悪魔たちは仲間の皮を剥ぎ、それで青蘭の全身をすっぽり包んでいたのだ。つまり、悪魔の着ぐるみを着せられていた。


「青蘭。大丈夫か?」

「……龍郎さん」


 すがりついて泣く青蘭の肩を、そっと抱く。

 また守れなかった。

 不甲斐ない。


「ごめ……なさい。僕、抵抗したよ?」

「いいんだ。もういい」


 龍郎はシャツの袖をちぎって、青蘭の顔をふいた。血の汚れをふきとると、泣きぬれた白皙が現れる。

 紅潮した頰は、背徳の悦楽にひたった証。でも、それは体内にある快楽の玉のせい。青蘭が悪いわけではない。

 わかっているが、悔しい。


 こんな状況を作った偽者の青蘭を、龍郎はにらんだ。


「言え! おまえは何者だ? なぜ、こんなことをする?」


 偽者の青蘭のおもてに、いびつな笑みが浮かびあがる。

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