愚者の証明

東郷 珠

食人鬼の正義

 初めて人を食べたのは、いつだったか?


 なんでそんな事を聞くの?

 意味がわからないよ。

 え~っと確か、九歳になったばっかりの日だよ。

 包丁で刺したのは、夜だよ。

 それで、あいつを食べたんだよ。


 なぜ食べたのか?

 それを聞いて、どうするの?

 すごくお腹が減っていたんだよ。 

 

 あいつがどういう奴だったかなんて、わからないよ。

 しょうがないな、思い出すからちょっと待ってて。


 ☆ ☆ ☆


 たぶんあいつは、世の中に必要が無い奴なんだ。

 大人は仕事をするんでしょ?

 他の家の大人は、仕事をしてるもん。


 だけど、あいつは違った。昼間からお酒を飲んでた。

 お酒が切れると、僕を殴った。

 そして、外に出てお酒を持って帰って来た。

 

 僕だって知ってるよ。

 仕事をしなければ、お金は貰えないんだ。

 あいつは、仕事をしてないから、お金を持ってないはずなんだ。

 でも出掛けると、どこからかお酒を持ってくる。

 そして、またお酒を飲んでは、僕をひたすらに殴る。


 僕はずっと、お腹が空いてた。

 毎日の様に殴られて、部屋の隅に転がされてた。

 

 たぶん、おかあさんが生きていた頃は、普通の生活をしてたと思う。

 幼稚園に通った事は、ぼんやり覚えてる。

 その時は、おかあさんが手を引いてくれた。

 途中までは、小学校にも通っていたよ。


 勉強も、おかあさんの作った料理の味も、全く覚えてない。

 でも多分、楽しかったんだと思う。


 その頃のあいつを、思い出す事は出来ないよ。

 休みの日くらいしか、顔を合わす事が無いから。

 だけど、その時のあいつは、世の中に居る普通の父親だったと思う。


 公園で遊んだ記憶が残ってる。

 両親と僕の三人で、キャンプに行った思い出も少し残ってる。

 あいつが変わったのは、おかあさんが死んでからかもしれない。


 突然、おかあさんが死んだ。

 それからあいつは、仕事に行かなくなった。

 お酒を飲み始めた。そして僕を殴り始めた。

 それから僕は、お腹ずっとお腹が減ってた。


 隣のおねえさんを食べた理由?

 それは簡単だよ、美味しそうだったから。それ以外に理由は有る?

 

 おねえさんは時々、僕にご飯をくれたんだ。

 もちろん、あいつが居ない時にだよ。

 その時は大抵、抱きしめてくれるんだ。

 なんだか、あったかくなるんだ。


 それに、おねえさんは、いい匂いがしてたんだ。

 すごくいい匂いで、おっぱいが柔らかかったんだ。

 だから、食べたんだ。

 

 仕方ないよ。

 だって、おねえさんは見ちゃったんだし。

 細切れになったあいつを。


 美味しそう以外に理由があるって?

 何を言ってんの?


 おにいさんを食べた理由は、何となくだよ。

 おねえさんは、柔らかいから。

 おにいさんは、おねえさんと違うのかなって、思っただけだよ。


 いいじゃん、ずっとお腹が減ってたんだし。

 おにいさんも、おねえさんも、両方美味しかったよ。

 あいつより、ずっと美味しかった。


 あいつは、不味かった。

 死んでるはずなのに、なんだかお酒の匂いがするんだ。

 すごく臭いんだよ。

 

 解放って、なんのこと?

 さっきから、何が聞きたいの?

 あぁ、そういう事か。


 わかる?

 そりゃ、殴られれば痛いよ。

 それよりも、お腹が減ってたんだよ。


 嘘ばっか、まだそんなこと言ってんの?

 大人はずるいよね。

 適当なこと言ってれば、子供を丸め込めると思ってんだからさ。

 僕が助けてって言ったら、助けてくれたの?

 どうせ、何もしてくれないでしょ?

 だから、殺して食べるしかないじゃん。


 だってみんな、鶏とか牛を殺して食べるでしょ?

 僕が、あいつやおねえさん達を食べるのは、悪い事なの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る