第290話『墜ちる!』

魔法少女マヂカ


290『墜ちる!』語り手:マヂカ 





 飛行機の中でクマさんを見つけ、主翼の端っこまで追いかけたのが夢の中。


 そして、いま、クマさんに続いて空中を落下しているのは現実。


 ファントムは夢と現実を巧妙に入れ替える魔法の力があるんだ。


 飛行石を持たないわたしは、このまま落下して、地面か海面に激突して壁に叩きつけられたトマトのように破裂粉砕されてしまう。数千メートル、ひょっとしたら一万メートルを超える高度は、魔法少女の回避能力を絶望的に超えている。


 いっそ体を丸めて落下速度を速め流星のように燃え尽きてしまおうか。それとも大の字に体を開いて速度を落とし、ギリギリまで運命に逆らって、万に一つの奇跡に掛けてみようか……。


 刹那の逡巡のあと、わたしは、制服のボタンを外し左右の裾を掴んで空気を含ませた。


 ボワ


 空気を孕んで、目に見えて落下速度が落ちてくる。


 しかし、とてもパラシュートほどの揚力はない。せいぜい十秒ほど命を長らえるだけだろう。


 せめて、クマさんをロストした方角を見据えて、そこを目がけて旋回しながら墜ちて行こう。




―― その根性だけは褒めてやろう ――




 頭の中で声がした……と思いきや、旋回の中心にポチョムキンが浮かび出た。


 女帝を偲ばせる甲冑姿だ。悔しいが姿がいい……そうか、ロシア王室や貴族は事あるごとにドイツやオーストリアの血が入っていたな、それを煎じ詰めればこういう成りになるんだ。


「ここは舞鶴の沖合、お前がアリヨールを沈めた怨みの海だ。海に激突して、アリヨール終焉の地を護る魚どもの餌になるがいい!」


「言ってろ、姿を現したのが運のつき。道連れに、その首叩き落としてやる!」


 シャラン!


 風切丸を実体化させ、正眼に構えると、ポチョムキンを目がけ大上段に振りかぶる。


 ズワ


 一瞬で、ポチョムキンの姿が手の届かない高さに上昇する。


「バカめが、太刀を抜いて滑空姿勢を止めてしまえば落下速度が増すだけであろうが!」


 くそ、飛行石さえあれば……やむなく、風切丸を収めて滑空姿勢に戻るが、落ちた落差は取り戻せず、ポチョムキンは上空から降りてきて、数メートルの高さから睥睨する。


 たかが数メートル。


 しかし、飛行石を持たない今は、この数メートルを超えられない。いや、同じ高さに居たとしても、風切丸を抜かないとしても、戦闘姿勢をとった瞬間に、わたしは数十メートルを降下してしまう。


 千年を超えようかという魔法少女マヂカの活躍も、これでおしまいか……せめて、せめて、消滅のその瞬間まで敵を睨み据えてやろう……!


「おお、怖い怖い、目力だけはな……しかし目力だけでは、このポチョムキンは殺せぬぞぉ」


「くそ……」


 ビュビュン!!


 その時、目の前を二つの影が過って、その風力で舞い上げられ、わたしの体は十メートルほどのアドバンテージを取り戻した。


 


※ 主な登場人物


渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員

要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員

藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 

野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員

安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長 アキバのメイドクィーン(バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン一世)

来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令

渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る

ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員

ガーゴイル        ブリンダの使い魔

サム(サマンサ)     霊雁島の第七艦隊の魔法少女

ソーリャ         ロシアの魔法少女

孫悟嬢          中国の魔法少女


※ この章の登場人物


高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 

春日         高坂家のメイド長

田中         高坂家の執事長

虎沢クマ       霧子お付きのメイド

松本         高坂家の運転手 

新畑         インバネスの男

箕作健人       請願巡査

ファントム      時空を超えたお尋ね者

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る