第183話『通学のお供はクマさん』
魔法少女マヂカ・183
『通学のお供はクマさん』語り手:マヂカ
なぜか渋谷に出て青山通りを北西に進んでいる。
高坂家のある原宿から青山の女子学習院に向かうには、後に141号線になる道を通れば真っ直ぐだ。
三角形の一辺を通れば済むところを、わざわざ二辺通って遠回りをしている。
「あちらが宮城の方角よ」
霧子が左の車窓を指す。
「あ……」
ちょっとショック。
渋谷から表参道の交差点に向かう道はきれいに整備されているけど、並木に彩られる表通りの向こうには、あかぎれがパックリ割れたように震災の爪痕が垣間見られる。
焼け焦げて柱の残骸だけになった家々、真っ黒な骸骨のような電柱や立ち木たち、そういう街の残骸の中でも健気に立ち働く街の人たち。
霧子は宮城の方角を示して、そういう震災の痕を見せたいんだ。原宿から真っ直ぐ進めば、そういう街の残骸の中を通らなければならない。
松本運転手は、そういう悲惨な景色を避けて行くように言われているんだろう。
助手席に座っているお付きのメイド(まだ名前を聞いていない)は、ちょっと肩に力を入れてまっすぐ前を向いている。我々が震災の傷跡を見ていることに屈託がある様子だ。彼女も、そういう景色を見せないように言われているのだろう。
「あ、忘れておりました」
メイドがわざとらしく声をあげる。
「なにかしら、クマさん?」
「クマさん!?」
ノンコが素っ頓狂な声をあげる。
「あら、紹介していなかったわね。彼女は登下校のお付きをしてくれるクマさん」
「お嬢様、使用人に敬称は不要です。どうか、クマとか虎沢とかの呼び捨てにしてくださいまし」
「わたしの主義なの、女性の使用人には『さん』を付けます」
「は、はあ、でも人の目がございますから」
「分かってる、部外者の前では心得るけど、身内の中では、そのようにします。クマさんを困らせるためじゃないから」
「は、はい、恐れ入ります」
「虎沢クマというのが彼女の本姓なんだけど、わたしは主義から敬称を付けているの。真智香さんも典子さんも倣ってくださると嬉しいわ」
「わたしも、そのほうがいい(^▽^)/」
ノンコが明るく手を挙げる。
「あ、はい。真智香さまも典子さまもよろしくお見知りおきくださいませ」
「それで、クマさんは何を思い出したのかしら?」
「はい、殿様から今週のお小遣いを預かってまいりました」
「え、ほんと!?」
「はい、霧子さまがご登校を再開されるとお聞きになって、それならば念願のお小遣制にしようと仰せになって、お預かりして参りました。はい、車中で失礼いたします」
クマさんは高坂家の紋の入ったポチ袋を三つ出した。
「え、わたしたちにも?」
「はい、お嬢様と同じ条件で過ごしていただきたいというお気持ちでございます」
「うれしいなあ(⌒∇⌒)、いくら入ってんのかなあ(o^―^o)」
「おい、はしたない……」
「五十銭でございます。今週は三日しかございませんので半分ですが、これからは月曜日に一円をお渡しすることになっております。それから、これがお小遣い帳で、週末には殿様にご報告していただくことになっております」
「わかったわ」
そう言うと、霧子は通学カバンに帳面とポチ袋を仕舞うので、わたしたちも、それに倣う。
「一円……」
貨幣価値の分かっていないノンコは寂しそうに呟く。
クマさんの陰謀で、震災の傷跡には、それ以上に気をとられることなく学校に着いた。
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