第143話『ツン』


魔法少女マヂカ・143


『ツン』語り手:友里   





 東京どころか江戸という時代をも遡った武蔵野と呼ぶのがふさわしい原始の景色が広がっている。



 木、たぶん広葉樹。小学校の理科だったかで習った名称。そのごっついのが、渋谷のスクランブルかという感じで生えまくっていて、いま歩いている獣道みたいなのが見えていなければ、どこに踏み出していいか見当もつかないようなところなんだよ。


 なんとか歩けているのはマヂカのお蔭。


 マヂカはは魔法少女だから、こういうところも平気なんだ。八百年だか千年だか生きてるから、東京が武蔵野だったころも知ってるはずだからね、頼りにしてるんだよ。


「武蔵野は、もう少し優しかったよ」


「ほんと?」


「コナラ、クヌギ、ヤマザクラ、ケヤキ、ツバキ、クスノキ、どれを見ても五割り増しくらいに大きい。下草も、みんな柳の木ほどの背の高さ。これじゃ、まるでジャングルだ」


「そうなの?」


「道があるだけましだけど、制服で来たのは失敗だったわね」


 そうなんだ、神田明神にジャーマンポテトをお供えに行くだけの用事だと思っていたからね。


「魔法で、戦闘服とかに出来ないの?」


「できるけど、ここで魔法を使ったら敵の思うつぼって気がする。なんか誘導されてるような気がするんだ。ちょっと様子を見よう」


「だんだん、ジャングルが深くなってくるみたい……」


 喋っているうちに木々の丈が倍近くなってきたような気がする。




 ズシーーーン ズシーーーン




 突然地響きがして、マヂカと二人飛び上がってしまう。


 バサバサバサ


 周囲の草むらから鳥たちが飛び上がって……ちがう、バッタとかの虫たちだ! みんな鳩かカラスほどに大きい!


 ズシーーーン! ズシーーーン!


「わわわわわわ(;゚Д゚)」


 ドドドドドドドドドド!


 今度は牛でも駆けてくるんじゃないかというような地響き、ズシーンに比べれば小さいけど、馬力がある分、恐ろしい。


「脇に避けるぞ!」


 間近と二人、茂みに身を隠す。


 すると、ドドドという地響きはタタタタタタという可愛らしいものに変わり、茂みを挟んだ路上に犬が現れた。


 犬はヒクヒク鼻を動かすと、数秒で、わたしたちを見つけて吠えかけた。


 ワン、ワンワン、ワン!


 見つかった!


 ちょっと待って!


 マヂカの声に上げかけた腰を下ろす。


「おお、ここに居いもしたか」


 向こうの草むらから、猟銃を手にツンツルテンの着物を着た巨漢が現れた。いや、巨漢と言ってもお相撲さんほどで、さっきの地響きの主とは思えない。犬は、巨漢に寄り添って、大人しくお座りをしている


「隠れんでんよか、出ておいやんせ」


 犬の首輪に紐をかけ、左手をゆるりと腰に当てた立ち姿は見覚えがある。


 小学校の遠足で見た……西郷さん?




「いかにも、西郷でごわんど。わいどんは、マヂカどんと友里どんな?」


 鹿児島弁のようだけど、なんとか分かる。


「うん、そうだけど、なんで西郷さんが?」


「将門どんが人を寄越した気配がしもしたもんで、探しておりもした。むげ、むぜおごじょっじゃ!」


 えーーと、分からない(;^_^A


「ちょしもた! 薩摩の言葉は分かりもはんな……この武蔵野は人外の野原だからね、普通では、とても進めない。だから、助言をしに来たんだ」


「西郷さんが助言?」


「さっきの大きな地響きは?」


「あれは、この儂じゃ。地響きに聞こえたのは恐れる心があるからじゃ。ここは無用に恐れると、見るもの聞くものが無用に大きくなって、しまいには呑み込まれてしまう。どうだい、深呼吸して、周りを見てごらん」


 スーーーーハーーーーー  スーーーーハーーーーー


 深呼吸すると、みるみる木々も茂みも小さくなっていき、周囲の景色が開けてきた。


 見渡す限り武蔵野の原生林かと思っていたら、遠く近くに集落や街らしいものも見かけられる。第一印象ほどには怖いところではないような気がしてくる。


「安心しすぎるのも禁物じゃ。恐れも侮りもせずに進んでいきなさい。儂が付いていくわけにはいかんが、このツンを貸してあげよう」


「「ツン?」」 


「この犬の名前だよ。ツンが居れば、どんなものもあるがままの姿に見せてくれる。餌は、おはんらが退治する妖怪どもの妖気で十分。おいは、あの上野の丘に居っで、用が済んだところで放ってくれればよか。そいじゃ、ツン、頼みもしたぞ」


 ワン!


 二人と一匹の旅になった。


 


 



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