第2話『渡辺真智香を認識 安倍晴美の場合』

魔法少女マヂカ・002


『渡辺真智香を認識 安倍晴美の場合』 



 今週いっぱいでお役御免だ。



 仕方がない、任期一か月の非常勤講師なんだから。

 えーと、残り時間は二時間ずつ……と思っていたら、B組が最後の授業だ。

 進路部の要請で金曜の授業を進路説明会に明け渡したんだ。

 非常勤講師と言う立場上「はい」と言わざるを得ない。

 もっとも、非常勤講師なんだから授業進度をきっちり揃えて正職さんに引き継ぐ義務もないんだけどね。


「B組は、ここまでしか進んでいません」と返事しておけば済む話だ。


 でも、性分なんだ。仕事はきっちり済ませたい。

 きっちり済ませて次の学校……決まってるわけじゃないけど、都立高校は200校以上ある。国語・地歴・公民・保健体育と四つも免許持ってりゃ、どこかに口はあるだろう。産休、病休、介護休暇、正職の先生たちには様々な特権がある。その特権行使のお蔭でわたしたち講師の口があるんだもんね。


 教案のプランノートを開く。


 えーと……仕方がない、今日の板書はプリントで済ませよう。中島敦の山月記だ、要点をチャチャっと済ませて「孤高な自尊心とか才能」のプラスマイナスを楽しく話してやろう。個人的には中島敦は嫌いだけどね。


 博学才穎(はくがくさいえい、読みの問題で必ず出す)とか「卑吏に甘んずるを潔しとせず」とか、反吐が出る。おまけに、境遇に拗ねまくって虎に変身するなんてさ、虎をバカにしてません? タイガースファンが黙ってないと思う、大阪とかで山月記を教える自信ないねえ……ぶつぶつ言ってるうちにプリントができあがり。早いこと印刷して昼ご飯食べなきゃ。授業するってのは力仕事だからね、食べなきゃやってらんねえ。


 国語準備室を出て印刷室に急ぐ。


 階段を下りて二階の廊下に差しかかったところで生徒とニアミス。


 ウワッ!


 そいつは、そのまま二階への階段を駆け上がっていく。B組の要海友里だ。


 成績は真ん中。日暮里高校で真ん中だから東京全体じゃ中の上。ルックスもスタイルもイケてるんだけど、自分では平凡だと思ってるだろう。自分の事を平凡か、それ以下と思うことを心の安全弁にしている。石橋をたたいて苦笑いするタイプ。壊しもしなければ渡ろうともしない。人生損するぞ、気が付いたら魔法少女厄年マヂカ! なんだぞ。


 でも、要海友里はノンコ(野々村典子)と清美(藤本清美)とお友だちで昼は三人揃って食堂のはず……てか、そんなことを覚えてる非常勤講師ってどーよ?


 正職になったら、ずいぶんお役に立つと思うんだけど、もう連続ウン回落ちまくってる採用試験。


 

 起立 礼 着席


 ちゃんと始業の挨拶をやってくれる。

 さっさと教室入れえええ! などと怒鳴らなくて済む。いい学校だよポリコウ(日暮里高校の略称)」はさ。

 チャッチャと出席取って授業に入る。

 と言っても、出席点呼をないがしろにはしない。

 受け持ちクラスの座席表は揃えている。自慢じゃないけど、受け持ってる生徒は、座席込みで全部覚えてる。

 それだけで分かるんだけど、空席になってるところは必ず呼名点呼する。出欠と言うのは場合によっては学年末の当落に影響する。ミスは許されないのだ、いざという時に「正確にとってました!」と言い切るために手は抜かない。


 で、あれ?


 窓際の席が一つ多い上に見たことのない生徒が座っている。

 出席簿に貼ってある座席表をチラ見。

 そこには渡辺真智香と書いてある。

 なんちゅうか……同性で、ずっと大人のわたしが見てもドキッとするような美少女だ!

 人は美しいものを見ると瞳孔が開きっぱなしになる。

 目がスースーする、きっと開きっぱなしの瞳孔のせいだ。

 でも不審は不審。あなた、前からいたっけ?

 いつもなら聞く。ごくたまによそのクラスとか学年とか、時によっては他校生が混じっていることがある。制服さえ着ていれば不審には思われない。ほかの生徒もめんどうに巻き込まれるのはやだから、たいていポーカーフェイス。


 あんた誰?


 喉まで出かかったんだけど、あえて聞かない。だって、この一時間でB組はおしまいだから。山月記終わらなきゃいけないから。


 授業を終えて、職員室で聞いてみる。

「B組の渡辺真智香……」

「ああ、今日はいっそう美人に磨きがかかってましたねえ」


 今日は?


「入学以来、学年一、いや、ポリコウ一番でしょうねえ」


 入学以来?


 職員室に備え付けのクラスの集合写真と個人写真を確認する。


 2年B組36番 渡辺真智香


 教室で見たのと同じベッピンぶりで写っている。

 念のため、自家製の座席表を再確認……ちゃんと、窓側最後尾の席に渡辺真智香の名前があった。


 だめだ、今日は早く帰って寝よう。


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