ブラッディ・ローズ ~亡国の失われた秘宝~

紫月音湖*竜騎士様~コミカライズ進行中

第1章 新米白魔道士現る!

第1話 新米白魔道士

 ラスレイア大陸。

 様々な種族が住まうこの大陸には、大きく分けて四つの国がある。


 ひとつは人間が治めるルウェイン。

 ひとつは獣人が治めるウルズ。

 ひとつはエルフが治めるリアファル。

 ひとつは神魔しんまが治めるルナティルス。


 十年前にルナティルスで反乱が起きた後も、各国はそれなりに互いを牽制しつつ、危うい均衡を保ってきた。その結果、今まで特に大きな争いなどは起きていない。


 しかし。

 その平穏は、一人の少女の怒鳴り声で破られようとしていた。



 ***



「どうしてダメなのよ!」


 大陸を占める四つの国が交わる国境地帯に、どの国にも属さない大きな街がある。国境だけあって飛び交う情報量も多く、すれ違う者も旅人や冒険者が大半を占めている。種族に限っても多種多様で、一言で言えば賑やか、あるいは騒々しい街と言う印象が強い。


 街の名はベルズ。別名「冒険者の街」とも呼ばれるこの場所には、その名の通り大陸で一番大きい冒険者ギルドがあった。勿論ここが本部である。


 先程の少女の怒号は、このギルドの奥から聞こえてきたようだ。カウンター越しにギルドマスターを睨み上げているのは、栗色の髪をしたひとりの少女。白い魔道士の服を着た彼女の目の前では、ギルドマスターがうんざりとした表情を浮かべていた。


「ダメなもんはダメなんだよ。お前さんにこなせる任務はひとつもない」


 大柄のギルドマスターは獣人だ。頭は狼で、惜しげもなく晒された上半身はまるで格闘家かと思うほど、立派な筋肉がムキムキしている。

 ギルドマスターをはじめて見た者は、少なからずこの厳つい容姿に尻込みすることが多い。それが女性であるならなおさらだ。けれどもその凄みのある眼光も、この少女には意味を成さないようだった。


「勝手に決め付けないでよ。だいたい今日初めて会ったのに、どうしてそんなことがわかるのよ!」


「わかるんだよ」


 少女の訴えなど物ともせず、狼頭のギルドマスターが一枚の紙切れを取り出した。それはさっき、少女が彼に渡した身分証明書だ。


「レフィス=ヴァレリア、十七歳。得意分野、白魔法。しかも独学」


「偉いでしょ」


「阿呆。大体白魔法だけで、どうやって敵と戦うんだ? 見たところ仲間なんていないようだしな。おまけに独学ってのが怪しいんだ。ちゃんと魔法の基礎できてんのか?」


「失礼ね! 仲間なんて後から見つければいいじゃない。それに冒険者の最初のランクはコーラルだって聞いてるし、そんな初心者に危険な仕事は回さないはずでしょ? 実力は後から伸ばすの!」


 一瞬もっともらしい発言に頷きそうになったギルドマスターだったが、慌てて首を振り姿勢を正すと、手にしていた紙切れをレフィスの目の前にずいっと突き返した。


「実力の伸びない冒険者を雇うほど、俺は優しかねーんだよ。それにお前さん、勘違いしてねぇか? 確かに冒険初心者ランクはコーラルだが、俺はお前さんをコーラルにした覚えはないぞ」


「え?」


「誰がコーラルっつった? お前さんの今の能力じゃ、おまけしてもストーンだ」


 その単語に、それまで騒がしかったギルド内が一気に静まり返った。酒を飲み大声を上げていた獣人も、仲間と次の冒険の計画を立てていたエルフも、そこにいた全員が一斉にカウンターの二人へと視線を向ける。


「……ストーンって」


 わなわなと震える唇から、小石みたいな声がこぼれ落ちた。


「ストーンって……ただの石っころじゃないのー!!」


 冒険者たちはギルドに登録すると同時に、自分の能力に見合ったランク付けをされる。一番上からダイヤモンド、クリスタル、エメラルド、サファイア、コーラル。ダイヤモンドとクリスタルのランクを持つ者は少なく、一般的にエメラルドとサファイアのランクが多い。今もこのギルド内にいる冒険者たちのほとんどが、エメラルドかサファイアだ。


 そしてこの五つのランクの他に、ストーンというものがある。それはコーラルにも満たないランク外で、いわゆる「あなた、冒険者に向いてませんよ。おやめなさい」と言う、非常に稀な称号のことである。


「悪いこた言わねぇ。お前さん、冒険者諦めな」


「嫌」


 ここまで言っても引き下がらない頑固さに、さすがのギルドマスターもくたびれた表情を浮かべてがっくりと項垂れてしまった。


「お願い、マスター! 何でもいいから仕事ちょうだい。完璧にやり遂げられなかったら……そしたら諦めるから!」


「そう言われてもなぁ」


 渋るギルドマスターからは、もうレフィスから解放されたい気持ちがありありと滲み出ている。もしかしたらあと少し粘ればいけるかもしれない。そう思って、土下座でもしようかと後退したレフィスの背中が、どんっ――と何かにぶつかった。


「ひゃ!」


 間抜けな声を上げて振り返ると、いつの間にか真後ろに見知らぬ若い男が立っていた。

 黒いマントに映える白い肌。細く繊細な輝きを纏う金髪と紫紺の瞳。思わず見惚れるほどの美しい顔立ちは一瞬エルフかと思ったが、短髪の隙間からのぞく耳がそうではないことを告げている。


 一目見て、彼を美しいと思った。思わず息をするのも忘れて見惚れていると……。


「邪魔だ。どけ」


 レフィスの想像とまるで違う、冷たく無感情な声がした。


「それにうるさい。ここはお前だけのギルドじゃないことくらい、わかってると思ったが」


 簡潔に、淡々と告げられる言葉も、美しい顔で言われれば破壊力が半端ない。レフィスは、思わず声を詰まらせてしまうほどのダメージを喰らってしまった。それでも何とか表情には出さないようにして、精一杯キツめに男を睨んでみせる。


「何なのよっ」


「うるさい。さっき言ったことをもう忘れたのか?」


「うっ」


 またしても言葉に詰まる。その間に男はカウンターに近付くと、奥のギルドマスターへと話しかけていた。


「フレズヴェール。何か依頼はあるか?」


「あぁ、ユリシス。いいところに来たな。魔物退治の依頼があるんだが」


 そう言って、ギルドマスターのフレズヴェールがカウンターの上に一枚の依頼書を置いた。封蝋はしていないが、依頼書は丸まったままで中身が見えない。それを開くこともせず、ユリシスと呼ばれた男が気乗りしない表情を浮かべた。


「もっと報酬のいい依頼はないのか?」


「他に手の空いている奴らがいなくてな。受けてくれるなら報酬は一割増ししてやるぞ。どうだ?」


「そう言って、ライリだけは二割増しか? あいつも報酬の分だけちゃんと動いてくれれば言うことないんだがな」


 すぐそばにいるレフィスを無視して、男とフレズヴェールが会話をはじめている。まるで自分がのけ者にされているような気がして、レフィスは思わずカウンターの上に身を乗り出してしまった。


「ちょっと、割り込むなんて非常識よ! 私が先なのっ」


「お前は依頼を受けられないんだろ? ランク外のストーンなんて、いまどき稀だな」


「受けるわよ! さっきちゃんとマスターと約束したもの。ねっ!」


 縋るような眼差しの奥に、かすかな脅迫めいた光がないこともない。レフィスのつたない攻撃などフレズヴェールには一切通じないだろうが、いいかげん終わりの見えないやりとりに辟易していた部分もあったのだろう。ふぅっと長い溜息をひとつこぼすと、フレズヴェールは奥の引き出しから丸められた一枚の依頼書を取りだした。そして、中身も確認しないままレフィスへと投げて寄越す。


「ほら、依頼。かなり危険だが、完璧にこなせよ」


「ありがとう! マスター、大好き!」


 さっきまでの不満も忘れて、レフィスが満面の笑みを浮かべて依頼書を掴み取った。勢いがつきすぎて、ちょっとだけグシャッと潰れたことは気にしない。 


「絶対やり遂げて見せるから。待っててね、マスター!」


 受け取った依頼書にキスをして、レフィスが突風の如く飛び出していく。静まり返ったギルド内は、まるで嵐が過ぎ去った後のようだ。


「何なんだ、あいつは……」


「新米魔道士だとよ。仲間もいない、白魔法しか使えない。冒険者には向いてないって、言ったんだけどな」


「でも今、依頼書を渡してなかったか?」


 不思議そうに訊ねたユリシスを見て、フレズヴェールがにやりと意味深に笑う。


「あぁ、あれはただのお使いメモだ。卵やら肉やら、買ってきて欲しいものが書いてある。本当はバイトにでも行かせようかと思ってたんだがな」


「買い物リストかよ」


「軽くあしらわれたと思って、もう来ないだろ」


「そう見えるか? 俺はまた来るような気がするぞ」


「そん時はまた買い物リスト渡してやるよ。それはそうと、この依頼受けてくれるか?」


 仕方ないと溜息をひとつこぼしてから、ユリシスがテーブルに置かれたままだった依頼書を手に取った。


「雪花の森に無人の古城があるだろ。そこに最近、魔物がやたらと集まりだしてな。数はざっと三十。集まりだした原因は不明だが、とりあえず集まった魔物を全滅させれば何か分かるかもしれないな」


「いい加減だな」


 言いながら依頼書を開いたユリシスの眉間がぴくりと動いて、皺を作ったまま固まった。


「……おい。依頼内容は古城の魔物退治だったよな?」


「そうだ。お前さんたちなら朝飯前だろ」


「これがその魔物退治の依頼書か?」


 内容が見えるように、ユリシスが依頼書をひらりとフレズヴェールの方へ翻した。

 森の奥にひっそりと聳え建つ古城。その闇に潜む魔物退治を記したはずの依頼書には、なぜかこう書かれていた。


『ミトゥルの卵十個。レーメインの葉を一束。リュリュの実を二袋。ゼラリカのモモ肉(あれば左側)。よく冷えたロダを三本。靴の修理が終わったそうだから、それも受け取ってくること。領収書も忘れずに。花屋のアリスには笑顔を向けろ』


「……」


「……」


 数分後。

 ギルドの奥から聞こえたのは、フレズヴェールの身を捩るような切ない唸り声だった。



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