純真-6
「……おかえりなさい」
深夜、重い体を引きずるように部屋に戻ると、アーシュラは眠らずに彼を待っていた。
囁くような甘い声に、のろりと目を上げる。部屋を見廻すと、疲れ果てたのか、ゲオルグが長椅子のクッションに埋もれるように眠っていた。事情を何も知らない彼が、突然あんな目に遭わされたのだ。無理もない話だ。
「…………」
何か、説明をしなければいけないと思った。
アドルフが死んだこと。ツヴァイが後を追ったこと。そして――今日の惨劇の原因を作ったのが、自分であったかもしれないこと。
「アーシュラ……」
お喋りはもともと得意ではなかったけれど、何も言葉が浮かんでこない。ドアの前に立ち尽くすエリンに、純白のドレスを身につけたままのアーシュラは歩み寄り、そして、いたわるように抱きしめた。
「……エリン、いいのよ」
花嫁衣装の裾は汚れ、ところどころ破れてしまっている。
「アーシュラ、私は……」
幼子をあやすように、やさしく背中を撫でる手に、導かれるように言葉が口をついて出た。
「……あの夜、コルティスの屋敷で、彼の息子を手にかけました」
あれは主の命ではなかった。罪があるのは迂闊な自分だ。
「皇子の……友人でした。だから……」
あなたは悪くない。何も。
こんなことになってから告白することになるくらいなら、はじめに話しておけばよかった。本当にばかだ。
「……いいのよ」
アーシュラの声はしんと澄んでいる。
「誰かひとりだけ悪いのだと、考えるのはやめましょう。わたくしたちは、まだ生きているのだから。進まなければいけないわ」
言って、柔らかくエリンを抱いていた腕に急に力が込められ、次の瞬間フッと力が抜けて、彼女の身体が崩れ落ちる。
慌てて受け止めるエリンに、アーシュラは縋りつく。
「眠りたいの。一緒にいて。お前がいれば大丈夫だから」
泣かず、怯えず、嘆かず、怒らず。あらゆる激情が出口を失って、細い体の中で暴れているのだ。
恐ろしい。その激しさが彼女を内側から壊してしまうような気がする。
「……全部、明日にしましょう」
アーシュラは凪いだ目で、喘ぐように言った。
その夜、姿を消した瀕死の双子が、衛兵に捕縛されることは無かった。そして、彼らの他に侵入者が居た痕跡も見つからなかった。ベネディクトと共に長く城で暮らした彼らといえど、あの状態のまま二人きりで逃げきれるとは思いがたい。
――――おそらくは、城内に内通者がいるのだと思われた。
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