覚悟-3
「エリンの馬鹿!」
言葉と同時に思い切り投げつけられたクッションが、淡々と主の着替えの準備をするエリンの頭に命中する。エリンは一瞬動きを止めて、それから黙って床に落ちたそれを拾い上げた。そして、そのまま元に戻そうとした態度が気に食わなかったらしく、アーシュラは戻されたクッションを手に戻すと再び従者に攻撃を加えるのだった。
「どうしてわたくし達の邪魔をするの!?」
「邪魔などしておりません」
次々投げつけられる柔らかいものたちを避けようとせず、エリンはいつも通りの調子で言った。アーシュラは怖い顔で彼を睨む。
「わたくしの夢を叶えてくれるって、言ったのに!」
「……叶ったでしょう?」
「叶ったわ! 叶ったけど……!!」
少女は喚いた。
「どうしてよ。どうして、あの時みたいに……」
秋は深まり、二人が会える午後の時間はどんどん短くなっている。恋人と少しでも長く一緒に居たいという彼女の願いが、ごく自然で当たり前のものであることは、エリンにだって理解できた。
だけど、だからこそ、今はゲオルグをこの部屋に入れるわけにはいかないのだ。
「……あなたの体調はまだ安定していない。それに、今後のことを考えるなら、できるだけ慎重に――」
「どうしてお前がそういうことを言うのよ!」
怒りの収まらないらしい少女は、投げつけられたものを静かに拾うエリンの肩をギュッと掴んで、こちらを向けと引っ張る。エリンの方が小さかった幼い頃と違って、今はもう、随分と背の高くなった彼の肩は、小柄なアーシュラからは少し遠い。それに、細くて頼りなくも見えるエリンの後ろ姿は、意外なほど力強くて、彼女が精いっぱい力を込めて引っ張っても叩いてもびくともしない。
「ご自分のお立場を考えてください」
恋愛とは、かくも人を盲目にするものなのか。エリンは嘆息した。
彼の主は、本来は我が儘だけれど聡明で、特に、自分以外の者に対しては、特に強い義務感を持って気遣いをする少女だ。それなのに。
「考えてるわよ。知ってるわ……だけど、一緒にいたいのよ。おかしい?」
「おかしいとは申しておりません」
「だったら――」
「分からないはずはないでしょう、アーシュラ。あなたとの関係が広く知られれば、カルサス様は今まで通りではいられない」
エリンは少し悲しげに目を細めた。あまり、主に意地悪を言いたくはないのだ。彼女が怒るならまだしも、落ち込ませるようなことを、本当は口にしたくない。
「今は陛下も何もおっしゃいませんが、お許し頂けなくなるようなことがあれば、お会いになることすら……」
「もういいわっ!」
ひ弱な拳が彼の胸を打った。
「アーシュラ……」
「分かってるって言ってるでしょう……もう消えて。お前なんて嫌いよ……か、顔も、見たくないんだから……」
皇女は俯いて、剣の方を見ずに言った。
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