剣のつとめ-5
日は昇り、空を横切り、やがて沈んだ。
アーシュラはベッドから一歩も外に出られないままだった。
エリンは結局、その日は部屋でじっとして過ごした。退屈と感じることも出来ない時間を無為に過ごし、隣室から医者達の気配が消えたのは、夜になってからのことである。少年は、主の様子を窺うため、そっとバルコニーに出た。ふたつの部屋はドアの他に、バルコニーでも繋がっている。静かになった部屋では、きっと彼女は眠っているに違いない。ドアを開けて万一にも起こしたくはなかった。
涼しい夕風が頬を撫でる。不安な気持ちを抱えたまま、そっと彼女の部屋を覗きこんだ。ベッドサイドには点滴がぶら下がっていて、薄暗い中、何かの機械が不気味な光を放っている。
皇女は、大きなベッドの真ん中に、糸の切れた操り人形のように力なく横たわっていた。元気な日には黄金に輝く長い髪も、今は色褪せ、青白い顔には疲れと苦痛の跡が貼り付いている。
しかし、それでも全体として、少女は安らかに眠っているように見えた。薄い胸が微かに上下するのを確認して、エリンはホッと安堵する。バルコニーに、白い大きな鳥が舞い降りたのは、そんな刹那のことであった。
「何をコソコソと、覗き見ているのですか」
たっぷりとした白の衣が、夜風を受けてゆっくりと、翼のようにたなびいている。大鳥は師だった。
「陛下に頼まれましてね、姫のご様子を伺いに参りました」
剣は外壁を通路に、城のどこにでも現れる。そして、例外的に、全ての部屋に無断で立ち入ることを許されていた。
「どうやら、落ち着かれたようですね」
「……はい」
「エリン、部屋にお入りなさい。姫のお側にいるべきです」
「……ですが、体調の悪い時は……殿下は、僕がお部屋に居ることを嫌がられるのです」
自分だって、アーシュラの隣に付き添いたいのだ。そんな台詞の代わりに言った。弟子の情けない顔を見て、ツヴァイは少し可笑しそうな顔をして言った。
「お馬鹿ですねえ。そんな我が儘に付き合う必要はありませんよ」
「えっ?」
意外な言葉に、エリンは目を丸くする。
「剣は身も心も主に捧げます。その代わり、主は決して、剣を拒むことは許されないのです」
「そ……なのですか?」
「そうですとも。私だって、アドルフがそんなことを言ったって、聞きません」
「先生も?」
「当然です。主が恋しくない剣などいませんから」
ツヴァイは厳しいけれど、穏やかで、時々優しい。親子ほども年の離れた、多くの者が畏れ敬う皇帝陛下と、二人の時は友のように仲が良いことも、実は知っている。何だか、掴みどころのない人だなと、エリンは思っていた。
「では、私は戻ります。エリン、くれぐれも、ひとりでいるものではありませんよ」
言いながら、トントンと壁の装飾を軽やかに渡って、ツヴァイはあっという間に何処かへ行ってしまった。師を追いかけた目線の先の夜空には、雲間から覗いたばかりの満月。こんなに明るかったかな、と、エリンは思った。今日は昼間ずっと重苦しい気持ちでいたから、目の前に開けた鮮やかな月が余計眩しく感じられる。師の言葉が耳の奥で繰り返され、おずおずと姫の部屋の窓に手をかけた。鍵はかかっていなかった。
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